正統相伝頌正統相傳頌
1正統相伝頌
正統相傳頌
正統が次々に伝わることを讃える歌(正統相傳頌)。
2正統を継いでわが皇帝に奉る
盤天地人巢與燧, 三皇五帝兼夏商周, 秦漢魏司馬晉, 劉宋蕭齊衍梁陳覇先陳, 楊堅隋神高皇帝李淵唐, 五代趙宋完顔金, 正統相傳奉 我皇.
盤古と天皇・地皇・人皇と有巣と燧人、 三皇五帝に夏・商・周を兼ね、 秦・漢・魏と司馬氏の晋、 劉氏の宋・蕭氏の斉・蕭衍の梁・陳覇先の陳、 楊堅の隋・神堯皇帝李淵の唐、 五代と趙氏の宋と完顔氏の金 — 正統が次々に伝わってわが皇帝に奉られた。
夾注 4
自盤古至於此, 正統之國, 凡三十四, 其君合二百五十二也. 女主有三, 女媧呂后則天是也. 史臣曰, “夏之有窮, 漢之新室, 唐之虎周, 皆於朋盛之國桑間暴起, 强立位號, 故不別稱國, 合於本國. 至若虎周之臨年, 自斷國復號唐, 無間然矣.”
盤古からここまで正統の国は合わせて三十四、その君主は合わせて二百五十二である。女主(じょしゅ)が三人あり、女媧と呂后と則天がそれである。史臣が言うには「夏の有窮氏、漢の新室、唐の武周(底本は虎周)は、いずれも盛りの国の桑の間から突然起こって位号を無理に立てたので、別に国として称さず本国に合わせた。武周の末年に至ってみずから国を断ち唐の号を回復したので、とがめるところがない」という。
或難曰, “劉宋與托跋魏竝立, 而魏立天子旌旗, 何出魏, 而以宋登於五統乎?” 史臣答, “魏雖立天子旌旗, 暴起雲中, 王戎狄而已. 宋則受晉禪, 王於華夏, 雖與魏勢均力等, 稱爲南北史, 至於名器, 豈可暇也?” 曰, “然則楊隋斷宇文周而立元, 金國敗遼軍立元, 玆非傍傳與?” 答, “彼二國, 初雖自傍傳而起, 隋平陳陳, 金克趙宋, 得其正脈, 而卒能一統天下, 烏可謂之傍傳乎?”.
ある人が難じて言うには「劉氏の宋と拓跋氏の魏が並び立ち、魏は天子の旌旗まで立てたのに、どうして魏を外して宋を五統に載せるのか」。史臣が答えるには「魏は天子の旌旗を立てたとはいえ、雲中で突然起こって戎狄の王になったにすぎない。宋は晋の禅譲を受けて華夏に王となったのだから、魏と勢いが釣り合って南史・北史と称されるとしても、名器に至ってはどうして比べられようか」。また「それでは楊氏の隋は宇文氏の周を断って立ち、金国は遼の軍を破って立ったのだから、これは傍系から伝わったものではないか」と言うと、答えるには「その二国は初めは傍から起こったが、隋は陳を平定し金は趙氏の宋に勝ってその正しい脈を得、ついに天下を統一したのだから、どうして傍系の伝えといえようか」という。
神高皇帝 — 底本は「神高」であるが「神堯」の誤りと見る。唐の高祖李淵の諡である。― 訳者
奉我皇 — 元の皇帝をいう。― 訳者
3上巻の終わり
帝王韻紀 上卷 終.
帝王韻紀 上巻 終わり。