檀君 — 前朝鮮初誰開國啓風雲
1釈帝の孫である檀君
初誰開國啓風雲, 釋帝之孫名檀君.
はじめに誰が国を開いて風と雲を分けたのか、 釈帝(しゃくてい、天の神)の孫、名は檀君である。
夾注 2
本紀曰, ‘上帝桓因, 有庶子, 曰雄云云. 謂曰, “下至三危太白, 弘益人間歟.” 故雄, 受天符印三箇, 率鬼三千, 而降太白山頂神檀樹下, 是謂檀雄天王也云云.’ 令孫女飮藥, 成人身, 與檀樹神婚而生男, 名檀君. 據朝鮮之域, 爲王. 故尸羅, 高禮, 南北沃沮, 東北扶餘, 穢與貊, 皆檀君之壽也. 理一千三十八年, 入阿斯達山, 爲神, 不死故也.
『本紀』に言う。「上帝桓因に庶子があり、雄(ゆう)という。おっしゃるには〈下って三危太白に至り、広く人間を利することができよう〉と。そこで雄は天符印三個を受け、鬼三千を率いて太白山の頂の神檀樹の下に降りた。これを檀雄天王という云々。」孫娘に薬を飲ませて人の身とし、檀樹の神と婚して男子を生み、名を檀君とした。朝鮮の地に拠って王となった。それゆえ尸羅(新羅)・高礼(高句麗)・南北の沃沮・東北の扶余・穢と貊は、みな檀君の子孫である。一千三十八年を治めてから阿斯達山に入って神となったので、死ななかったのである。
皆檀君之壽也 — 底本は「壽」であるが、そのままでは意味が通らないので「子孫」と読んだ。― 訳者
2堯帝と並んで戊辰の年に
竝與帝高興戊辰, 經虞歷夏居中宸.
堯帝と並んで戊辰の年に起こり、 舜帝を経て夏の世まで君の座にあった。
3阿斯達に入って神となる
於殷虎丁八乙未, 入阿斯達山爲神.
殷の武丁八年の乙未の年に、 阿斯達山に入って神となった。
夾注 1
今九月山也, 一名弓忽, 又名三危, 祠堂猶在.
今の九月山である。別の名は弓忽、また別の名は三危で、祠堂が今もある。
4一千二十八年の国
享國一千二十八, 無奈變化傳桓因.
国を享けたのは一千二十八年であり、 その変化が桓因から伝わったものであることをどうしようか。
5一百六十四年の後
却後一百六十四, 仁人聊復開君臣
それから一百六十四年の後に、 仁の人がまた君臣の国を開いた。
夾注 1
一作, 爾後一百六十四, 雖有父子, 無君臣.
別の本には「その後一百六十四年、父子はあっても君臣はなかった」とある。