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元宗と忠烈王元臨十六年, 林衍中廢置

帝王韻紀(帝王の歴史を韻文で記した書) 帝王韻紀 · 李承休(イ・スンヒュ) · 1287年(高麗・忠烈王13年) · 段落 15 · 漢字 197字 · 朗読 0.8分

帝王韻紀(帝王の歴史を韻文で記した書) 下巻 盤古から金まで、檀君から高麗まで — 東西二つの歴史を歌に編んだ叙事詩。「遼東に別に一つの天地がある」と述べて韓国の歴史を中国と並べて立て、檀君を朝鮮半島のすべての国の始祖として歌った最初の歴史書の一つである。著者が自ら付けた夾注197個が併せて収められている。

1林衍が廃し立てる

元臨十六年, 林衍中廢置.

元宗が臨御されて十六年、 林衍がその間に王を廃し、また立てた。

夾注 3

諱從衣從直, 元年己未, 在上國卽位. 配臣, 金起孫.

諱は衣偏に直と書く字(禃)である。元年の己未年に上国(元)で即位された。配享の臣は金起孫である。

事在己巳六月二十一日.

この事は己巳年六月二十一日にあった。

元臨十六年 — 元は元宗と読んだ。王の名に治めた年数を続けるこの書の組み立てに合い、上の夾注が元宗の諱と元年を明らかにしている。「元が臨んでから十六年」と読む道もある。 ― 訳者

2東宮時代の忠烈王

是時今陛下, 春宮挺英偉.

このとき今の陛下(忠烈王)が、 東宮として英偉に抜きん出ておられた。

3鴨緑江で返した旗

往聘於中朝, 國美揚遐邇, 還及鴨江頭, 風表傾天耳, 遣人 遍推求, 尋得告奏使, 返旆告 天皇, 肅肅承兵衛.

中朝(元)へ妻を迎えに赴かれると、 国の美しさが遠近に知れ渡ったが、 帰る途中、鴨緑江のほとりに至って、 国が覆ったという報せが耳に入ると、 人を遣わして広く探し求めさせ、 告奏使を尋ね当てられ、 旗を返して天皇(元の世祖)に申し上げ、 粛々と兵の護衛を受けられた。

夾注 3

別將金富允, 上朝使佐一名等, 七人.

別将の金富允と、上朝使(朝廷に上る使者)の補佐一名など、七人である。

左司諫郭汝弼等.

左司諫の郭汝弼などである。

風表傾天耳 — 林衍が王を廃し立てた変事を道中で伝え聞いた箇所として読んだ。風表を「風采が天子の耳を傾けさせた」と読む道もある。 ― 訳者

4元宗が復位する

徵問亂所由, 元廟復神器.

乱の起こった理由を問い詰め、 元廟(元宗)に神器を戻した。

夾注 1

以是年十一月二十三日, 而復位.

この年の十一月二十三日に復位された。

5巡遊で現れた功

勢似再乾坤, 事未論脣齒, 晉霸在巡遊, 舜功彰歷試.

形勢は天地を再び立てたようであったが、 事は唇と歯の間を論ずるまでもなく、 晋の文公の覇業は巡り歩くことにあり、 舜帝の功は数々の試みで現れた。

6公主を迎えられる

尋承釐降寵, 盛矣賓王利.

やがて公主を降される寵愛を受けられ、 盛大であることよ、王を賓客として待遇する利は。

7東宮の孝

躬行居震孝, 膺受當离祉.

自ら東宮としての孝を行われ、 离の卦に当たる福を受けられた。

8風雲を開く

密勿啓風雲, 憂勤闡經緯.

力を尽くして風雲の機会を開かれ、 憂え勤めて経と緯を押し広げられた。

9天の妹と皇帝の外孫

天妹理宮闈, 帝孫作儲貳.

天の妹(斉国大長公主)が宮中を治め、 皇帝の外孫(忠宣王)が世子となられた。

10祖業が再び輝く

祖業更輝光, 皇恩遠漸漬.

祖先の業が再び輝き、 皇帝の恩恵が遠くまで染み渡った。

11康哉の歌

靑史頌康哉, 蒼生歌樂只.

青史は「康らかなるかな」を讃え、 蒼生は「楽しきかな」を歌う。

12億万年の祝願

惟願億萬年, 長守富與貴.

ただ願うのは億万年にわたり、 富と貴を長く守られることである。

13仁の国がいくつあろうか

梁唐晉漢周, 宋金皆失轡, 歷遠御群民, 仁邦能有幾.

梁・唐・晋・漢・周と 宋・金はみな手綱を失ったが、 長くにわたり民を治めた 仁の国がいくつあろうか。

14なぜ五言で結ぶのか

自慶逢明時, 臣承休謹記.

明るい時に逢ったことを自ら慶び、 臣の承休が謹んで記す。

夾注 1

此詩, 皆以前主之末年, 爲後主之元年. 或難曰, “子之編修帝王韻紀, 皆以七言敍事, 而至於本朝, 則用五言者何也? 其有指乎?” 答, “且詩之作, 始於五言, 而終於七言者也. 今夫制作之意, 始起於本朝, 故終之以所起之始, 蓋夫子修春秋之志也.”

この詩はすべて前の君主の末年を後の君主の元年としている。ある人が問い詰めて言った、「あなたは『帝王韻紀』を編むにあたり、すべて七言で事を述べているが、本朝に至って五言を用いたのはなぜか。指し示すところがあるのか」。答えて言った、「およそ詩を作ることは五言に始まり、七言に終わった。今この制作の意図は本朝で初めて起こったのだから、起こった初め(五言)で結んだのである。おおむね孔子が『春秋』を修めた意である」。

15下巻 終わり

帝王韻紀 下卷 終.

『帝王韻紀』下巻 終わり。