いにしえの文 › 金鰲新話(金鰲山で書かれた新しい話)

醉遊浮碧亭記

金鰲新話(金鰲山で書かれた新しい話) 金鰲新話 · 金時習(キム・シスプ) · 1465〜1470年頃 · 段落 25 · 漢字 2,926字 · 朗読 11.7分

金鰲新話(金鰲山で書かれた新しい話) 韓国で最も古い漢文小説であり、この書架に入る最初の朝鮮の書である。金時習が世を背いて慶州の金鰲山に隠れ住みながら著した。五編はどれも生きている人と死んだ者、この世とあの世が出会う話である — 仏と樗蒲を投げて妻を得たところ、倭寇に殺された魂であり(萬福寺樗蒲記)、垣を越えて結んだ縁が紅巾賊に断たれ、魂となって帰ってきて(李生窺牆伝)、浮碧楼で出会った女は箕子の娘だと言い、衛満に国を失ったことを語る(醉遊浮碧亭記)。南炎浮洲志は儒者が閻羅王と向かい合って座り、鬼神と輪廻をめぐって論じ、龍宮赴宴録は龍王の宴に呼ばれて上棟文を作る。五編の主人公はいずれも官途を閉ざされた士であり、彼らを認めてくれる者はあの世にしかいない。

平壤,古朝鮮國也。周武王克商,訪箕子,陣洪範九疇之法,武王封于此地,而不臣也。其勝地,則錦繡山,鳳凰臺,綾羅島,麒麟窟,朝天石,楸南墟,皆古跡,而永明寺浮碧亭,其一也。永明寺,卽東明王九梯宮也。在郭外東北卄里,俯瞰長江,遠矚平原,一望無際,眞勝境也。畵舸商舶,晩泊于大同門外之柳磯,留則必泝流而上,縱觀于此,極歡而旋。亭之南,有鍊石層梯,左曰靑雲梯,右曰白雲梯,刻之于石,立華柱,以爲好事者玩。

平壌は古い朝鮮の国である。周の武王が商を破って箕子を訪ねると、箕子は「洪範九疇」の法を述べた。武王はこの地に封じて臣としなかった。

そのすぐれた所は錦繡山・鳳凰台・綾羅島・麒麟窟・朝天石・楸南墟で、どれも古い跡であり、永明寺の浮碧亭もその一つである。

永明寺は東明王の九梯宮である。城の外の東北二十里にあって長い川を見おろし、遠く平原を望んで、ひと目に果てがなく、まことにすぐれた境である。

絵を描いた舟や商いの船が日暮れに大同門の外の柳の磯に泊まるが、とどまる者は必ず流れをさかのぼってここで思うままに眺め、歓びを尽くしてから帰る。

亭の南に石を練り上げた層の階段があって、左を青雲梯、右を白雲梯といい、石に刻んで華柱を立てて、事好きな人たちに見せている。

天順初,松京有富室洪生,年少美姿容,有風度,又善屬文。値中秋望,與同伴,抱布貿絲于箕城,泊舟艤岸。城中名娼,皆出闉闍,而目成焉。城中有故友李生,設宴以慰生,酣醉回舟,夜凉無寐,忽憶張繼楓橋夜泊之詩,不勝淸興,乘小艇,載月打槳而上,期興盡而返,至則浮碧亭下也。繫纜蘆叢,躡梯而登,憑軒一望,朗吟淸嘯,時月色如海,波光如練,雁呌汀沙,鶴驚松露,凜然如登淸虛紫府也。顧視故都,烟籠粉堞,浪打孤城,有麥秀殷墟之歎,乃作詩六首曰:

天順の初め、松京に富んだ家の洪生がいた。年が若く顔かたちが美しく、風格があって、そのうえ文を作るのが巧みであった。

中秋の望の日を迎え、仲間たちとともに布を抱えて箕城へ糸を買いに行き、舟を泊めて岸に繋いだ。城のなかの名高い妓はみな城門の外に出てきて、目で心を通わせた。

城のなかに昔の友の李生がいて、宴を設けて洪生を慰めた。したたか酔って舟に帰ったが、夜が涼しくて眠れなかった。ふいに張継の「楓橋夜泊」の詩が思い出され、清らかな興を抑えきれず、小舟に乗って月を載せ、櫂を打って上がり、興が尽きたら帰ろうとした。着いてみると浮碧亭の下であった。

葦のむらに綱をつなぎ、階段を踏んで上がり、欄に寄りかかってひと目眺め、朗々と吟じ清らかに嘯いた。そのとき月の色は海のようで、波の光は練った絹のようで、雁が汀の砂で鳴き、鶴が松の露に驚いて、りんとして清虚の紫の府に上がったようであった。

古い都を振り返ると、煙が白い城壁を包み、波が孤城を打っていて、「麦の穂が殷の廃墟に伸びる」という嘆きがあった。そこで詩六首を作った。

不堪吟上浿江亭,嗚咽江流腸斷聲。故國已銷龍虎氣,荒城猶帶鳳凰形。汀沙月白迷歸雁,庭草烟收點露螢。風景蕭條人事換,寒山寺裏聽鐘鳴。

耐えきれずに浿江の亭に上がって吟ずれば むせんで流れる川の水が腸を断つ音を立てる。 古い国はもう龍と虎の気が消え 荒れた城はまだ鳳凰の形を帯びている。 汀の砂に月が白くて帰る雁が道に迷い 庭の草に煙が収まって露の螢が点々とめぐる。 風景は寂しく人の事は入れ替わって 寒山寺のなかで鐘の鳴るのを聞く。

帝宮秋草冷凄凄,回磴雲遮徑轉迷。妓館故基荒薺合,女墻殘月夜烏啼。風流勝事成塵土,寂寞空城蔓蒺藜。唯有江波依舊咽,滔滔流向海門西。

帝の宮に秋の草が冷えて寂しく めぐる石段を雲が遮って道はますますおぼろだ。 妓の館の古い跡には荒れた薺が茂り 城壁に残る月に夜の烏が鳴く。 風流だったよい事は塵と土になり 寂しい空の城には蒺藜が蔓を伸ばす。 ただ川の波だけが昔のままむせんで とうとうと流れて海の門の西へ向かう。

浿江之水碧於藍,千古興亡恨不堪。金井水枯垂薜荔,石壇苔蝕擁檉楠。異鄕風月詩千首,故國情懷酒半酣。月白依軒眠不得,夜深香桂落毿毿。

浿江の水は藍よりも碧く 千古の興亡を恨んで耐えきれない。 金の井は水が枯れて薜荔が垂れ 石の壇は苔が食んで檉と楠を抱く。 異郷の風と月に詩は千首 故国の情懐に酒は半ば回る。 月が白くて欄に寄りかかり眠れないまま 夜が更けて香る桂がほろほろと散る。

中秋月色正嬋娟,一望孤城一悵然。箕子廟庭喬木老,檀君祠壁女蘿緣。英雄寂寞今何在,草樹依稀問幾年。唯有昔時端正月,淸光流彩照衣邊。

中秋の月の色はまことに美しいのに 孤城をひと目眺めればいっそう物悲しい。 箕子の廟の庭には高い木が老い 檀君の祠の壁には女蘿が絡む。 英雄は寂しく、いまどこにいるのか 草と木はおぼろで、幾年になるかと問う。 ただ昔のあの端正な月だけが 清らかな光を流して衣の端を照らす。

月出東山烏鵲飛,夜深寒露襲人衣。千年文物衣冠盡,萬古山河城郭非。聖帝朝天今不返,閑談落世竟誰依。金轝麟馬無行迹,輦路草荒僧獨歸。

月が東の山に出て烏と鵲が飛び 夜が更けて冷たい露が人の衣に染みる。 千年の文物も衣冠も尽き 万古の山と河に城郭は昔のものでない。 聖なる帝は天に朝して今も帰らず のんびりした話が世に落ちても、ついに誰に寄ろう。 金の輿と麟の馬には行った跡もなく 輦の道は草が荒れて僧が独り帰る。

庭草秋寒玉露凋,靑雲橋對白雲橋。隋家士卒隨鳴瀨,帝子精靈化怨蜩。馳道烟埋香輦絶,行宮松偃暮鐘搖。登高作賦誰同賞,月白風淸興未消。

庭の草が秋の寒さに玉の露で萎れ 青雲橋が白雲橋と向かい合う。 隋の兵は鳴る瀬に従って去り 帝の子の精霊は怨む蜩になった。 馳道に煙が埋もれて香る輦は絶え 行宮の松が伏して夕の鐘が揺れる。 高きに上がって賦を作っても誰とともに賞でよう 月が白く風が清らかで興は消えない。

生吟罷,撫掌起舞踟躕。每吟一句,歔欷數聲,雖無扣舷吹簫,唱和之樂,中情感慨,足以舞幽壑之潛蛟,泣孤舟之嫠婦也。

洪生は吟じ終えて、手を打って立ち上がり、舞いながら行きつ戻りつした。一句吟ずるたびに幾声かすすり泣いた。舷を叩き簫を吹いて唱和する楽しみはなかったが、胸のうちの感慨は、幽かな谷に潜む蛟を舞わせ、孤舟の寡婦を泣かせるに足るものであった。

吟盡欲返,夜已三更矣。忽有跫音,自西而至者。生意謂寺僧聞聲,驚訝而來。坐以待之,見則一美娥也。丫鬟隨侍左右,一執玉柄拂,一執輕羅扇,威儀整齊,狀如貴家處子。生下階,而避之于墻隙,以觀其所爲。娥倚于南軒,看月微吟,風流態度,儼然有序。侍兒捧雲錦茵席以進,改容就坐,琅然言曰:「此間有哦詩者,今在何處?我非花月之妖,步蓮之姝,幸値今夕,長空萬里,天闊雲收,冰輪飛而銀河淡,桂子落而瓊樓寒,一觴一脉,暢敍幽情,如此良夜何?」

吟じ尽くして帰ろうとすると、夜はもう三更であった。

ふいに足音が西から来るものがあった。洪生は寺の僧が声を聞いて驚いて来るのだろうと思い、座って待った。見ると一人の美しい女であった。髪を結った侍女が二人、左右に従って侍り、一人は玉の柄の払子を持ち、一人は軽い羅の扇を持っていた。威儀が整って、姿は貴い家の娘のようであった。

洪生は階を下りて垣の隙に身を避け、そのするところを見た。

女は南の欄に寄りかかって月を眺めながらそっと吟じたが、風流な身のこなしが端然として秩序があった。侍女が雲錦の敷物を捧げて進めると、顔つきを改めて席に着き、朗らかにいった。

「ここで詩を吟じていた方がいましたが、いまどこにおられますか。私は花や月の妖でもなく、蓮を踏む女でもありません。さいわい今宵に出会い、長い空は万里、天は広く雲は収まり、氷の輪が飛んで銀河は淡く、桂の実が落ちて玉の楼は冷えています。一杯の酒とひと筋の情で幽かな思いをのびのびと述べたいのに、このよい夜をどうしましょう。」

生一恐一喜,踟躕不已,作小謦咳聲。侍兒尋聲而來,請曰:「主母奉邀。」生踧踖而進,且拜且跪。娥亦不之甚敬,但曰:「子亦登此。」侍兒以短屛乍掩,只半面相看,從容言曰:「子之所吟者,何語也?爲我陳之。」生一一以誦。娥笑曰:「子亦可與言詩者也。」卽命侍兒,進酒一行,殽饌不似人間,試啖堅硬莫吃,酒又苦不能啜。娥莞爾曰:「俗士,那知白玉醴紅虯脯乎?」命侍兒曰:「汝速去神護寺,乞僧飯小許來。」兒承命而往,須臾得來,卽飯也。又無下飯,又命侍兒曰:「汝去酒巖,乞饌來。」須臾,得鯉炙而來。生啗之。啗訖,娥已依生詩,以和其意,寫於桂箋,使侍兒,投于生前。其詩曰:

洪生は一方で恐ろしく一方で嬉しく、行きつ戻りつをやめられずにいて、小さく咳の音を立てた。侍女が音を尋ねて来て、こう請うた。「お主さまがお招きです。」

洪生はおずおずと進み出て、拝んでひざまずいた。女もさほど畏まらず、ただこういった。「あなたもここに上がりなさい。」

侍女が短い屛風でしばらく隔てて、半面だけを見合わせるようにした。女は静かにいった。「あなたが吟じていたのは、どのようなことばですか。私のために述べてください。」

洪生は一つ一つ唱えた。女は笑っていった。「あなたもまた詩を語り合える方です。」

すぐに侍女に命じて酒を一巡り進めさせた。肴は人の世のものらしくなく、味わってみると硬くて食べられず、酒もまた苦くて飲めなかった。

女はほほえんでいった。「俗な士が、どうして白玉の醴や紅い虯の脯を知りましょう。」

そして侍女に命じた。「おまえは早く神護寺へ行って、僧の飯を少しもらってきなさい。」

侍女は命を受けて行き、しばらくして持ってきたが、まさしく飯であった。それに添えるものがないので、また侍女に命じた。「おまえは酒巖へ行って、おかずをもらってきなさい。」

しばらくして鯉の焼き物をもらってきた。洪生はそれを食べた。

食べ終えると、女はもう洪生の詩に拠ってその意に和し、桂の紙に書いて、侍女に洪生の前へ投げさせた。その詩にいう、

東亭今夜月明多,淸話其如感慨何。樹色依稀靑蓋展,江流瀲瀲練裙拖。光陰忽盡若飛鳥,世事屢驚如逝波。此夕情懷誰了得,數聲鐘磬出烟蘿。

東の亭に今宵は月が明るいのに 清らかな語らいも、この感慨をどうしよう。 木の色はおぼろに青い蓋をひろげたようで 川の流れはきらきらと練絹の裙を引くようだ。 歳月はふいに尽きて飛ぶ鳥のようで 世の事はしばしば驚いて行く波のようだ。 この夕べの思いを誰が分かってくれよう いくつかの鐘と磬の音が煙る蔦から出てくる。

故城南望浿江分,水碧沙明呌雁群。麟駕不來龍已去,鳳吹曾斷土爲墳。睛嵐欲雨詩圓就,野寺無人酒半醺。忍看銅駝沒荊棘,千年蹤跡化浮雲。

古い城から南を望めば浿江が分かれ 水は碧く砂は明るく雁の群れが鳴く。 麟の車は来ず龍はもう去り 鳳の笛はかつて絶えて土が墳となった。 晴れた嵐が雨になろうとして詩は円く成り 野の寺に人がなくて酒は半ば回る。 どうして見るに堪えよう、銅の駝が茨に埋もれるのを 千年の跡が浮かぶ雲になった。

草根咽咽泣寒螿,一上高亭思渺茫。斷雨殘雲傷往事,落花流水感時光。波添秋氣潮聲壯,樓蘸江心月色凉。此是昔年文物地,荒城疎樹惱人腸。

草の根でむせび泣くように寒い螿が鳴き ひとたび高い亭に上がれば思いははるかだ。 途切れた雨と残る雲に過ぎた事が悲しく 散る花と流れる水に時の光が身にしみる。 波が秋の気を加えて潮の音は壮んで 楼が川の中に浸って月の色は涼しい。 ここが昔の年の文物の地であったのに 荒れた城と疎らな木が人の腸を悩ませる。

錦繡山前錦繡堆,江楓掩映古城隈。丁東何處秋砧苦,欸乃一聲漁艇回。老樹倚巖緣薜荔,斷碑橫草惹莓苔。凭欄無語傷前事,月色波聲摠是哀。

錦繡山の前に錦の繡が積まれ 川の楓が古い城の隅を覆って映える。 とんとんと、どこで秋の砧が苦しいのか えいやとひと声して漁の舟が帰る。 老いた木は巖に寄りかかって薜荔を絡め 折れた碑は草に横たわって苔を引く。 欄に寄りかかって物いわず前の事を悲しめば 月の色も波の音もみな哀しい。

幾介疎星點玉京,銀河淸淺月分明。方知好事皆虛事,難卜他生遇此生。醽醁一樽宜取醉,風塵三尺莫嬰情。英雄萬古成塵土,世上空餘身後名。

いくつかの疎らな星が玉京に点を打ち 銀河は清く浅くて月が明らかだ。 いまこそ分かる、よい事はみな虚しい事だと 来世にこの世で会えるかは占いがたい。 醽醁の一樽でこそ酔うのがよく 風塵の三尺の剣に情をかけるな。 英雄も万古に塵と土になって 世の上にはむなしく死後の名だけが残る。

夜何知其夜向闌,女墻殘月正團團。君今自是兩塵隔,遇我却賭千日歡。江上瓊樓人欲散,階前玉樹露初溥。欲知此後相逢處,桃熟蓬丘碧海乾。

夜はどうかといえば、その夜も更けようとして 城壁に残る月はまことに円い。 あなたはいま自ら二つの塵に隔てられているのに 私に出会って、かえって千日の歓びを賭けた。 川の上の玉の楼では人が散ろうとし 階の前の玉の木には露が初めて濃い。 この後に互いに会う所を知りたいか 桃が熟し、蓬萊の丘で碧い海が乾くときだ。

生得詩且喜,猶恐其返也,欲以談話留之。問曰:「不敢聞姓氏族譜。」娥噫而答曰:「弱質,殷王之裔,箕氏之女。我先祖,實封于此,禮樂典刑,悉遵湯訓,以八條敎民,文物鮮華,千有餘年。一旦天步艱難,灾患奄至,先考敗績匹夫之手,遂失宗社。衛瞞乘時,竊其寶位,而朝鮮之業墜矣。弱質顚蹶狼藉,欲守貞節,待死而已。忽有神人撫我曰:‘我亦此國之鼻祖也。享國之後,入于海島,爲仙不死者,已數千年,汝能隨我紫府玄都,逍遙娛樂乎?’余曰:‘諾。’遂提携引我,至于所居,作別館以待之,餌我以玄洲不死之藥。服之累月,忽覺身輕氣健,磔磔然,如有換骨焉。自是以後,逍遙九垓,儻佯六合,洞天福地,十洲三島,無不遊覽。一日,秋天晃朗,玉宇澄明,月色如水,仰視蟾桂,飄然有遐擧之志。遂登月窟,入廣寒淸虛之府,拜嫦娥於水晶宮裏。嫦娥以我貞靜能文,誘我曰:‘下土仙境,雖云福地,皆是風塵,豈如履靑冥驂白鸞,挹淸香於丹桂,服寒光於碧落,遨遊玉京,遊泳銀河之勝也?’卽命爲香案侍兒,周旋左右,其樂不勝可言。忽於今宵,作鄕井念,下顧蜉蝣,臨睨故鄕,物是人非,皓月掩烟塵之色,白露洗塊蘇之累,辭下淸宵,冉冉一降,拜于祖墓,又欲一玩江亭,以暢情懷。適逢文士,一喜一赧,輒依瓊琚之章,敢展駑鈍之筆,非敢能言,聊以敍情耳。」

洪生は詩を得て嬉しかったが、なお女が帰ってしまうのを恐れて、話で引き止めようとした。そして問うた。

「失礼ですが、お家の姓と系図をお伺いできません。」

女は嘆息して答えた。

「弱い身ではありますが、私は殷の王の末で、箕氏の娘です。わが先祖はまことにこの地に封じられ、礼と楽、法と刑をことごとく湯王の教えに従い、八つの条で民を教えて、文物が麗しく輝いて千年あまりになりました。

ある朝、天の歩みが険しくなり災いと患いがふいに至って、亡き父が一人の匹夫の手に敗れ、ついに宗廟と社稷を失いました。衛満が時に乗じてその宝の位を盗み、朝鮮の業は地に落ちました。

弱い身ではありますが、私は倒れ乱れるなかで貞しい節を守り、死を待つばかりでした。ふいに神人があって私を撫でていいました。

『私もまたこの国の始祖だ。国を享けたのち海の島に入り、仙となって死なずにいることもう数千年になる。おまえは私に従って紫の府、玄都へ行き、心のままに遊び楽しめるか。』

私はこういいました。『参ります。』

そうして手を取って私を導き、住む所に至って別館を作って迎え、玄洲の不死の薬を食べさせてくださいました。幾月か服すると、ふいに身が軽く気が強くなるのを覚え、ぱきぱきと音を立てて骨が入れ替わるようでした。

これより後、九つの天の果てを歩き、六つの方を遊び、洞天福地や十洲三島を、見ないところがありませんでした。

ある日、秋の空が晴れわたり、玉の宇が澄み、月の色が水のようであったので、蟾と桂を仰ぎ見ると、ひらりと遠くへ上がりたい志が起こりました。そこで月の窟に上がり、広寒清虚の府に入って、水晶宮のなかで嫦娥に拝しました。

嫦娥は私が貞しく静かで文ができるといって、私を誘っていいました。

『下の土の仙境は、福の地とはいっても、みな風と塵だ。どうして青い空を踏み白い鸞に駕し、丹い桂で清らかな香を掬い、碧い空で冷たい光をまとい、玉京に遊び、銀河を泳ぐすばらしさに及ぼうか。』

そしてすぐに香案の侍女として左右に仕えさせたので、その楽しさはことばに尽くせませんでした。

ふいに今宵、故郷を思う心が起こって、下に蜉蝣のような世を見おろし、昔の郷を流し見ると、物はそのままで人はちがっていました。白い月が煙と塵の色を覆い、白い露が土くれの汚れを洗っていたので、清らかな宵に暇を告げ、ひらひらとひとたび降りて、祖の墓に拝しました。

また一度川の亭を眺めて思いを述べようとしたところ、たまたま文の士に出会って、一方では嬉しく一方では恥ずかしくありました。そこで美しい玉のような章に拠って、あえて鈍い筆をひろげました。巧みだというのではなく、ただ思いを述べただけです。」

生再拜稽首曰:「下土愚昧,甘與草木同腐,豈意與王孫天女,敢望唱和乎?」生卽於席前,一覽而記。又俯伏曰:「愚昧宿障深厚,不能大嚼仙羞,何幸粗知字畵,稍解雲謠,眞一奇也。四美難具,請復以江亭秋夜玩月爲題,押四十韻,敎我。」佳人頷之,濡筆一揮,雲煙相軋,走書卽賦曰:

洪生は二度拝んで頭を下げていった。

「下の土の愚かな者が、草や木とともに朽ちるのを甘んじていましたのに、どうして王孫である天の女と詩を唱和することを望めたでしょう。」

洪生はすぐに席の前でひと目見て覚えた。また伏していった。

「愚かな身は宿世の障りが厚くて仙の供えを大きく噛むこともできませんが、さいわい字を大まかに知り、雲のような歌を少し解しますので、まことに一つの不思議なことです。四つの美を揃えるのは難しいので、どうかもう一度『江亭の秋の夜に月を愛でる』を題として、四十の韻を押して、私に教えてください。」

美しい人はうなずいて、筆を潤してひと振りすると、雲と煙が互いに押し合うように、筆を走らせてすぐに作った。

月白江亭夜,長空玉露流。淸光蘸河漢,灝氣被梧楸。皎潔三千界,嬋娟十二樓。纖雲無半點,輕颯拭雙眸。瀲灩隨流水,依稀送去舟。能窺蓬戶隙,偏映荻花洲。似聽霓裳奏,如看玉斧修。蚌珠胚貝闕,犀暈倒閻浮。願與知微翫,常從公遠遊。芒寒驚魏鵲,影射喘吳牛。隱隱靑山郭,團團碧海陬。共君開鑰匙,乘興上簾鉤。李子停盃日,吳生斫桂秋。素屛光粲爛,紈幄細雕鎪。寶鏡磨初掛,永輪駕不留。金波何穆穆,銀漏正悠悠。拔劍妖蟆斫,張羅▩兎罦。天衢新雨霽,石逕淡煙收。檻壓千章木,階臨萬丈湫。關河誰失路,鄕國幸逢儔。桃李相投報,罍觴可獻酬。好詩爭刻燭,美酒剩添籌。爐爆烏銀片,鐺翻蟹眼漚。龍涎飛睡鴨,瓊液滿癭甌。鳴鶴孤松驚,啼螿四壁愁。胡床殷瘦話,晉渚謝遠遊。彷彿荒城在,簫森草樹稠。靑楓搖湛湛,黃葦冷颼颼。仙鏡乾坤闊,塵閒甲子遒。故宮禾黍穗,野廟梓桑樛。芳臭遺殘碣,興亡問泛鷗。纖阿常仄滿,累塊幾蜉蝣。行殿爲僧舍,前王葬虎丘。螢燐隔幔小,鬼火傍林幽。弔古多垂淚,傷今自買憂。檀君餘木覓,箕邑只溝婁。窟有麒麟跡,原逢肅愼鍭。蘭香還紫府,織女駕蒼虯。文士停花筆,仙娥罷坎堠。曲終人欲散,風靜櫓聲柔。

月の明るい江亭の夜 長い空に玉の露が流れる。 清らかな光が天の川に浸り 広い気が梧と楸を覆う。 白く清らかなのは三千の世界 美しいのは十二の楼。 細い雲は半点もなく 軽い風が両の瞳をぬぐう。 きらめいて流れる水に従い ほのかに去る舟を見送る。 蓬の戸の隙をのぞくこともでき 荻の花咲く洲をことさら照らす。 霓裳の曲を聞くようであり 玉の斧で削るのを見るようだ。 蚌の珠が貝の宮に孕み 犀の暈が閻浮に逆さに映る。 願わくは知微とともに愛で いつも羅公遠に従って遊びたい。 冷たい光に魏の鵲が驚き 影が射して呉の牛が喘ぐ。 ほのかな青い山の城郭 円い碧い海の隅。 あなたとともに鍵を開け 興に乗って簾の鉤に上がる。 李白が杯を止めた日 呉剛が桂を切る秋。 白い屛風は光が燦爛とし 絹の幄は細かに彫り透かされている。 宝の鏡を磨いて初めて掛けたので 永く転がる輪は駕して留まらない。 金の波はなんと和やかで 銀の漏刻はまことに悠々としている。 剣を抜いて妖しい蟆を切り 網を張って□の兎を覆う。 天の街に新しい雨が晴れ 石の小道に淡い煙が収まる。 欄は千株の木を押さえ 階は万丈の淵に臨む。 関と河で誰が道を失ったか 故郷の国でさいわい連れに出会った。 桃と李を互いに投げて報い 罍と觴を酌み交わせる。 よい詩を競って燭に刻をつけ 美しい酒に十分に籌を加える。 炉に烏銀の片が爆ね 鐺に蟹の眼のような泡が返る。 龍涎の香が睡鴨の炉に飛び 玉のような液が癭の器に満ちる。 鳴く鶴に孤松が驚き 鳴く螿に四方の壁が憂う。 胡床では殷氏の痩せた話 晋の渚では謝氏の遠い遊び。 おぼろに荒れた城があって ものさびしく草と木が茂る。 青い楓が揺れて深々とし 黄ばんだ葦が冷たくそよそよと鳴る。 仙の境は天地が広く 塵の世は年月が差し迫る。 古い宮には禾と黍の穂 野の廟には梓と桑が曲がる。 よい名も悪い名も残る碑に伝わり 興亡を浮かぶ鷗に問う。 纖阿はいつも傾いては満ち 積もる土くれに幾ばくの蜉蝣か。 行宮は僧の舎となり 先の王は虎丘に葬られた。 螢の火は幔を隔てて小さく 鬼の火は林のそばで幽かだ。 古を弔って涙を多く垂れ 今を悲しんで自ら憂いを買う。 檀君の残るものは木覓ばかり 箕子の邑はただ溝婁のみ。 窟には麒麟の跡があり 原では肅愼の矢に出会う。 蘭香は紫の府に帰り 織女は蒼い虯に駕する。 文士は花の筆を止め 仙の娥は見張りの務めを罷める。 曲が終わって人は散ろうとし 風は静まって櫓の音が柔らかい。

〔「網を張って」の次の一字が底本に欠けている。〕

寫訖,擲筆凌空而逝,莫測所之。將歸,使侍兒傳命曰:「帝命有嚴,將驂白鸞,淸話未盡,愴我中情。」俄而,回飇捲地,吹倒生座,掠詩而去,亦不知所之。蓋不使異話,傳播人間也。

書き終えると筆を投げ、空を越えて去ったが、行った所は測れなかった。帰ろうとするとき、侍女に命を伝えさせた。「天帝の命が厳しく、これから白い鸞に駕さねばなりません。清らかな語らいを尽くせず、私の心は悲しいのです。」

やがてつむじ風が地を巻いて洪生の席を吹き倒し、詩をさらって行ったが、これもどこへ行ったか分からなかった。おおよそ、不思議な話が人の世に広がらないようにしたのであった。

生惺然而立,藐爾而思,似夢非夢,似眞非眞。倚闌注想,盡記其語,因念奇遇,而未盡情款。乃追懷以吟曰:

洪生は正気に返って立ち、はるかに思うと、夢のようで夢でなく、まことのようでまことでなかった。欄に寄りかかって思いを注ぎ、そのことばをすべて覚えておき、そして不思議な出会いを思いながらも、親しい思いを尽くせなかったのを惜しんで、そこで振り返り慕って吟じた。

雲雨陽臺一夢間,何年重見玉簫還。江波縱是無情物,嗚咽哀鳴下別灣。

雲と雨の陽台がひとつの夢のあいだのことなのに いつの年に玉の簫が帰るのを再び見よう。 川の波はたとえ情のない物であっても むせんで哀しく鳴きながら別れの入り江へ下っていく。

吟訖四盻,山寺鐘鳴,水村鷄唱,月隱城西,明星暳暳,但聽鼠啾于庭,蟲鳴于座,悄然而悲,肅然而恐,愴乎其不可留也。返而登舟,怏怏鬱鬱,抵于故岸,同伴競問曰:「昨宵,托宿甚處?」生紿曰:「昨夜,把竿乘月,至長慶門外朝天石畔,欲釣錦鱗。會夜凉水寒,不得一鮒,何恨如之?」同伴亦不之疑也。

吟じ終えて四方を見ると、山の寺の鐘が鳴り、水辺の村の鶏が鳴き、月が城の西に隠れて明星がきらめいていた。ただ鼠が庭で鳴き、虫が席で鳴く音だけが聞こえた。もの寂しくて悲しく、しんとして恐ろしく、切なくてとどまっていられなかった。

帰って舟に乗ると、物足りなく心が塞がった。もとの岸に着くと、仲間たちが争って問うた。「昨夜はどこに宿を借りたのか。」

洪生は偽っていった。「昨夜は釣り竿を持って月に乗り、長慶門の外の朝天石のほとりに行って、錦の鱗を釣ろうとしたのだ。ちょうど夜が涼しく水が冷たくて、鮒一匹も得られなかった。これほどの恨みがあろうか。」

仲間たちもまた疑わなかった。

其後,生念娥,得勞瘵尫羸之疾,先抵于家,精神恍惚,言語無常,展輾在床,久而不愈。生一日,夢見淡妝美人,來告曰:「主母奏于上皇,上皇惜其才,使隸河鼓幕下爲從事。上帝칙勅汝,其可避乎?」生驚覺,命家人,沐浴更衣,焚香掃地,鋪席于庭,支頥暫臥,奄然而逝,卽九月望日也。殯之數日,顔色不變,人以爲遇仙屍解云。

その後、洪生はその女を思って労瘵でやせ衰える病を得、先に家に着いたが、精神が恍惚として、ことばが常でなかった。床で転々として、長いあいだ癒えなかった。

洪生はある日、夢に薄く装った美しい人を見たが、来てこう告げた。「お主さまが上皇に申し上げると、上皇はその才を惜しまれて、河鼓の幕下に属させて従事とされました。天帝があなたに命じられたのですから、避けられましょうか。」〔「天帝」の次に、底本が「勅」の音をハングルでもう一度書き添えている。〕

洪生は驚いて目を覚まし、家の者に命じて沐浴して衣を替え、香を焚き地を掃かせた。庭に席を敷いて頰杖をついてしばらく臥していたが、ふいに世を去った。すなわち九月の望の日であった。

殯に置いて数日たっても顔の色が変わらなかったので、人々は仙に出会って尸解したのだといった。