南炎浮州志
成化初,慶州有朴生者,以儒業自勉。常補大學館,不得登一試,常怏怏有憾,而意氣高邁,見勢不屈,人以爲驕俠。然對人接話,淳愿慤厚,一鄕稱之。
成化の初め、慶州に朴生という者がいて、儒の学を業として自ら励んだ。いつも太学館に籍を置いていたが、一度も科挙に及第できず、つねに物足りない恨みを抱いていた。けれども意気が高くすぐれ、権勢を前にしても屈しなかったので、人は驕って侠気があると思った。それでも人に向かって話を交わせば素直で誠実で篤かったので、里じゅうが彼を称えた。
生嘗疑浮屠巫覡鬼神之說,猶豫未決,旣而質之中庸,參之易辭,自負不疑。而以淳厚,故與浮屠交,如韓之顚,柳之巽者,不過二三人。浮屠亦以文士交,如遠之宗雷,遁之王謝,爲莫逆友。
朴生はかつて仏や巫、鬼神の説を疑ってためらい、決めることができなかった。やがて「中庸」に照らし、「易」の辞に引き比べてみて、自ら信じて疑わなくなった。けれども素直で篤い人柄なので、仏に従う者とも交わった。韓愈に太顛があり、柳宗元に巽上人があったような相手が二、三人に過ぎなかった。仏に従う者もまた文の士として交わり、慧遠に宗炳と雷次宗があり、支遁に王羲之と謝安があったように、莫逆の友となった。
一日,因浮屠,問天堂地獄之說,復疑云:「天地一陰陽耳。那有天地之外,更有天地?必詖辭也。」問之浮屠,浮屠亦不能決答,而以罪福響應之說答之,生亦不能心服也。
ある日、仏に従う者を通じて天堂と地獄の説を問い、また疑っていった。「天と地は一つの陰陽にすぎない。どうして天地の外にまた天地があろうか。きっと偏ったことばだ。」
仏に従う者に問うと、その者もまた決めて答えられず、罪と福が響きのように応ずるという説で答えた。朴生もまた心から納得できなかった。
常著一理論,以自警,蓋不爲他岐所惑。
つねに「一理論」一篇を作って自ら戒めた。おおよそ、ほかの枝道に惑わされないためであった。
其略曰:「常聞天下之理,一而已矣。一者何?無二致也。理者何?性而已矣。性者何?天之所命也。天以陰陽五行,化生萬物,氣以成形,理亦賦焉。所謂理者,於日用事物上,各有條理,語父子則極其親,語君臣則極其義,以至夫婦長幼,莫不各有當行之路,是則所謂道而理之具於吾心者也。循其理,則無適而不安,逆其理而拂性,則菑逮。窮理盡性,究此者也。格物致知,格此者也。蓋人之生,莫不有是心,亦莫不具是性,而天下之物,亦莫不有是理。以心之虛靈,循性之固然,卽物而窮理,因事而推源,以求至乎其極,則天下之理,無不著現明顯,而理之至極者,莫不森於方寸之內矣。以是而推之,天下國家,無不包括,無不該合,參諸天地而不悖,質諸鬼神而不惑,歷之古今而不墜,儒者之事,止於此而已矣。天下豈有二理哉?彼異端之說,吾不足信也。」
その大略にいう、
「かつて聞いたところでは、天下の理は一つだけである。一つとは何か。二つの筋がないことである。理とは何か。性だけである。性とは何か。天が命じたものである。
天が陰陽と五行で万物を生み出すと、気で形を成し、理もまた授けられる。いわゆる理とは、日々用いる事と物の上にそれぞれ条理があることである。父と子をいえばその親しみを尽くし、君と臣をいえばその義を尽くし、夫婦や長幼に至るまで、それぞれ当然行うべき道がないものはない。これがいわゆる道であり、理が私の心に備わったものである。
その理に従えば、どこへ行っても安らかでないことはなく、その理に逆らって性に背けば災いが及ぶ。理を究め性を尽くすとはこれを究めることであり、物に至って知を致すとはこれを正すことである。
おおよそ人が生まれるにあたって、この心がない者はなく、またこの性を備えない者もなく、天下の物にもまたこの理がないものはない。心の虚しく霊なるはたらきで性の本来のままに従い、物に向かって理を究め、事によって源をさかのぼって、その極みに至ることを求めれば、天下の理は表れて明らかでないものがなく、理の極まったものが胸のうち一寸のなかにびっしりと立たないものはない。
これによって推し広げれば、天下も国も家も包まれないものがなく、合わないものがない。天地に照らしても背かず、鬼神に問うても惑わず、古今を通しても落ちない。儒者の事はここに尽きるだけである。天下にどうして二つの理があろうか。あの異端の説は、私には信ずるに足りない。」
一日,於所居室中,夜挑燈讀易,支枕假寐,忽到一國,乃洋海中一島嶼也。其地無草木沙礫,所履非銅則鐵也。晝則烈焰亘天,大地融冶,夜則凄風自西,砭人肌骨,吒波不勝。又有鐵崖如城,緣于海濱,只有一鐵門,宏壯,關鍵甚固。守門者,喙牙獰惡,執戈鎚以防外物。其中居民,以鐵爲室,晝則焦爛,夜則凍烈,唯朝暮蠢蠢,似有笑語之狀,而亦不甚苦也。生驚愕逡巡,守門者喚之。生遑遽不能違命,踧踖而進。
ある日、住む部屋のなかで、夜に灯を掻き立てて「易」を読んでいたが、枕に寄りかかってしばらくうとうとすると、ふいに一つの国に至った。それは大海のなかの一つの島であった。
その地には草も木も砂も礫もなく、踏むものは銅でなければ鉄であった。昼は激しい炎が天に伸びて大地が溶け鋳られるようで、夜は冷たい風が西から吹いて人の肌と骨を刺し、耐えられなかった。
また鉄の崖が城のようになって海辺を囲み、ただ鉄の門が一つだけあって、大きく壮んで、閂がたいそう固かった。門を守る者は嘴と牙が獰猛で、戈と鎚を持って外のものを防いでいた。
そのなかに住む民は鉄で家を作っていて、昼は焼けただれ、夜は凍てついて厳しかった。ただ朝と夕だけはもそもそと動いて、笑い語るようすがあるようで、それほど苦しんでもいなかった。
朴生が驚いてためらっていると、門を守る者が呼んだ。朴生はあわてて命に逆らえず、おずおずと進み出た。
守門者,竪戈而問曰:「子何如人也?」
門を守る者は戈を立てて問うた。「おまえはどういう人間か。」
生慄且答曰:「某國某土某,一介迂儒,干冒靈官,罪當寬宥,法當矜恕!」
朴生は震えながら答えた。「某の国の某の地の某は、ひとりのかたくなな儒者です。神霊の官を犯しましたので、罪は寛く赦され、法は憐れんでいただきたい。」
拜伏再三,且謝搪突([扌+突])。
二度三度拝んで伏し、また無礼に突き入ったことを謝した。
守門者曰:「爲儒者,當逢威不屈,何磬折之如是?吾儕欲見識理君子久矣。我王亦欲見如君者,以一語傳白于東方。少坐!吾將告子于王。」
門を守る者はいった。「儒者であれば、威を前にしても屈しないべきなのに、どうしてこのように身を折るのか。われらは理を知る君子に会いたいと思って久しい。わが王もまたおまえのような者に会って、ひとこと東方に伝えさせたいと望んでおられる。しばらく座っていよ。これからおまえのことを王に申し上げる。」
言訖,趨蹌而入,俄然出語曰:「王欲延子於便殿!子當以訏言對,不可以威厲諱,使我國人民,得聞大道之要!」
いい終えると小走りに入り、やがて出てきていった。「王がおまえを便殿に迎えようとしておられる。おまえは大きなことばで答えるべきで、威が厳しいからといって隠してはならない。わが国の民に大いなる道の要を聞かせよ。」
有黑衣白衣二童,手把文卷而出,一黑質靑字,一白質朱字,張于生之左右以示之。生見朱字,有名姓,曰:「現住某國朴某,今生無罪,當不爲此國民。」
黒い衣と白い衣の童が二人、手に文書を持って出てきた。一つは黒い地に青い字、一つは白い地に朱の字で、朴生の左右にひろげて見せた。朴生が朱の字を見ると、名と姓があって、「いま某の国に住む朴某は、この生に罪がないので、この国の民とはならない」とあった。
生問曰:「示不肖以文卷,何也?」
朴生は問うた。「この不肖の者に文書を見せるのは、どういうことですか。」
童曰:「黑質者,惡簿也。白質者,善簿也。在善簿者,王當以聘士禮迎之,在惡簿者,雖不加罪,以民隸例勑之。王若見生,禮當詳悉。」
童はいった。「黒い地のものは悪の簿、白い地のものは善の簿です。善の簿にある者は、王が士を招く礼で迎えられ、悪の簿にある者は、罪を加えられないとしても民や隷の例で扱われます。王がもしあなたにお会いになれば、礼はきっと細やかでしょう。」
言訖,持簿而入。須臾飆輪寶車,上施蓮座,嬌童彩女,執拂擎盖,武隸邏卒,揮戈喝道。生擧首望之,前有鐵城三重,宮闕嶔峩,在金山之下,火炎漲天,融融勃勃。顧視道傍人物於火燄中,履洋銅融鐵,如蹋濘泥,生之前路可數十步許,如砥而無流金烈火,蓋神力所變爾。至王城,四門豁開,池臺樓觀,一如人間。有二美姝,出拜扶携而入。王戴通天之冠,束文玉之帶,秉珪下階而迎。生俯伏在地,不能仰視。
いい終えて、簿を持って入った。
やがて、つむじ風の輪の宝の車に蓮の座を敷き、麗しい童と彩りの衣の女が払子を持ち蓋を捧げ、武の隷と巡邏の卒が戈を振るって道を払った。
朴生が頭を上げて望むと、前に鉄の城が三重あり、宮殿が高くそびえて金の山の下にあって、炎が天にあふれ、ごうごうと燃え立っていた。道のそばの人や物を見ると、炎のなかで溶けた銅と鉄を踏むのが、ぬかるみを踏むようであった。ところが朴生の前の道の数十歩ばかりは砥のように平らで、流れる金も激しい火もなかった。おおよそ神の力で変えたのであった。
王の城に至ると四つの門が大きく開いていて、池や台や楼閣が人の世とまるで同じであった。二人の美しい女が出て拝み、支え導いて入った。
王は通天の冠をかぶり、文のある玉の帯を締め、珪を執って階を下りて迎えた。朴生は地に伏して仰ぎ見ることができなかった。
王曰:「土地殊異,不相統攝,而識理君子,豈可以威勢屈其躬也?」
王はいった。「土地が異なり、互いに治め合うものでもない。理を知る君子を、どうして威勢でその身を屈ませられよう。」
挽袖而登殿上,別施一床,卽玉欄金床也。坐定,王呼侍者進茶。生側目視之,茶則融銅,果則鐵丸也。生且驚且懼,而不能避,以觀其所爲。進於前,則香茗佳果,馨香芬郁,薰于一殿。
袖を引いて殿の上に上がらせ、別に一つの床を設けたが、それは玉の欄に金の床であった。席が定まると、王は侍者を呼んで茶を進めさせた。
朴生が横目で見ると、茶は溶けた銅で、果は鉄の丸であった。朴生は驚きもし恐れもしたが、避けられないのでそのするところを見ていた。前に置かれると、香り高い茶と美しい果で、香ばしい匂いがゆたかに殿じゅうに薫った。
茶罷,王語生曰:「士不識此地乎?所謂炎浮洲也。宮之北山,卽沃焦山也。此洲在天之南,故曰南炎浮洲,炎浮者,炎火赫赫,常浮大虛,故稱之云耳。我名燄摩,言爲燄所摩也。爲此土君師,已萬餘載矣。壽久而靈,心之所之,無不神通,志之所欲,無不適意。蒼頡作字,送吾民以哭之,瞿曇成佛,遣吾徒以護之。至於三五周孔,則以道自衛,吾不能側足於其間也。」
茶が終わると、王は朴生にいった。
「士はこの地を知らないか。いわゆる炎浮洲である。宮の北の山は沃焦山である。この洲は天の南にあるので南炎浮洲という。炎浮とは、燃える火が赫々として、つねに大いなる虚に浮かんでいるので、そう称するのである。
わが名は燄摩で、炎に摩られるという意味である。この土の君であり師であることもう一万年あまりになる。寿が長くて霊となり、心の行くところに通じないことがなく、志の望むところに適わないことがない。
蒼頡が字を作ったときには、わが民を遣わして哭かせ、瞿曇が仏となったときには、わが徒を遣わして護らせた。三皇五帝や周公・孔子に至っては、道をもって自ら衛ったので、私はその間に足を入れることができなかった。」
生問曰:「周孔瞿曇,何如人也?」
朴生は問うた。「周公・孔子と瞿曇とは、どのような人たちですか。」
王曰:「周孔,中華文物中之聖也。瞿曇,西域姦兇中之聖也。文物雖明,人性駁粹,周孔率之。姦兇雖昧,氣有利鈍,瞿曇警之。周孔之敎,以正去邪,瞿曇之法,設邪去邪。以正去邪,故其言正直,以邪去邪,故其言荒誕。正直故君子易從,荒誕故小人易信,其極致,則皆使君子小人,終歸於正理,未嘗惑世誣民,以異道誤之也。」
王はいった。
「周公と孔子は、中華の文物のなかの聖である。瞿曇は、西域の姦しく凶なるもののなかの聖である。
文物は明らかであっても人の性に雑なものと粋なものがあるので、周公と孔子がこれを率いた。姦しく凶なるものは暗いが、気に鋭いものと鈍いものがあるので、瞿曇がこれを警めた。
周公と孔子の教えは、正しさで邪を去り、瞿曇の法は、邪を設けて邪を去る。正しさで邪を去るので、そのことばは正直であり、邪で邪を去るので、そのことばは荒唐である。正直だから君子は従いやすく、荒唐だから小人は信じやすい。
その極まるところでは、どちらも君子も小人もついに正しい理に帰らせるのであって、いまだ世を惑わし民を欺いて、異なる道で誤らせたことはない。」
生又問曰:「鬼神之說,乃何?」
朴生はまた問うた。「鬼神の説はどうですか。」
王曰:「鬼者,陰之靈,神者,陽之靈,蓋造化之迹,而二氣之良能也。生則曰人物,死則曰鬼神,而其理則未嘗異也。」
王はいった。「鬼は陰の霊、神は陽の霊であって、おおよそ造化の跡であり、二つの気のすぐれたはたらきである。生きていれば人や物といい、死ねば鬼神というが、その理はいまだ異なったことがない。」
生曰:「世有祭祀鬼神之禮,且祭祀之鬼神,與造化之鬼神,異乎?」
朴生はいった。「世に鬼神を祭る礼がありますが、祭る鬼神と造化の鬼神とは異なりますか。」
曰:「不異也。士豈不見乎?先儒云:‘鬼神無形無聲,然物之終始,無非陰陽合散之所爲。’且祭天地,所以謹陰陽之造化也。祀山川,所以報氣化之升降也。享祖考,所以報本,祀六神,所以免禍,皆使人致其敬也,非有形質以妄加禍福於人間,特人焄蒿悽愴,洋洋如在耳。孔子所謂,敬鬼神而遠之,正謂此也。」
こう答えた。
「異ならない。士はまだ見ていないのか。先の儒者は『鬼神は形もなく声もないが、物の終わりと始まりは、陰陽が合い散ずるはたらきでないものがない』といった。
また天地を祭るのは陰陽の造化を慎むためであり、山川を祀るのは気の化が昇り降りすることに報いるためであり、祖考を享するのは本に報いるためであり、六神を祀るのは禍を免れるためである。どれも人にその敬いを尽くさせるものであって、形や質があってみだりに人の世に禍福を加えるのではない。ただ人が香に、また痛ましさに、ゆたかにそこにいるかのように感じるだけである。
孔子がいわゆる『鬼神を敬して遠ざける』といったのは、まさにこれをいったのである。」
生曰:「世有厲氣妖魅,害人惑物,此亦當言鬼神乎?」
朴生はいった。「世に厲の気や妖しい魅があって人を害し物を惑わしますが、これもまた鬼神といってよいのですか。」
王曰:「鬼者,屈也。神者,伸也。屈而伸者,造化之神也。屈而不伸者,乃鬱結之妖也。合造化,故與陰陽終始而無跡,滯鬱結,故混人物寃懟而有形。山之妖曰魈,水之怪曰魊,水石之怪曰龍罔象,木石之怪曰夔魍魎,害物曰厲,惱物曰魔,依物曰妖,惑物曰魅,皆鬼也。陰陽不測之謂神,卽神也。神者,妙用之謂也,鬼者,歸根之謂也。天人一理,顯微無間,歸根曰靜,復命曰常,終始造化,而有不可知其造化之跡,是卽所謂道也。故曰:‘鬼神之德,其盛矣乎!’」
王はいった。
「鬼とは屈むことであり、神とは伸びることである。屈んで伸びるものは造化の神であり、屈んで伸びられないものは、すなわち鬱り結んだ妖である。
造化に合うので、陰陽とともに終わり始まって跡がなく、鬱り結ぶのに滞るので、人や物の怨みに混じって形がある。
山の妖を魈といい、水の怪を魊といい、水と石の怪を龍罔象といい、木と石の怪を夔魍魎といい、物を害するものを厲といい、物を悩ますものを魔といい、物に憑くものを妖といい、物を惑わすものを魅という。どれも鬼である。
陰陽を測れないものを神というが、それが神である。神とは妙に用いることをいい、鬼とは根に帰ることをいう。
天と人は一つの理で、顕わなものと微かなものに隔てがない。根に帰ることを静といい、命に復ることを常という。造化を終え始めながら、その造化の跡を知ることができない。これがいわゆる道である。
だから『鬼神の徳は、なんと盛んであることか』といったのである。」
生又問曰:「僕嘗聞於爲佛者之徒,有曰:‘天上有天堂快樂處,地下有地獄苦楚處,列冥([名])府十王,鞠十八獄囚。’有諸?且人死七日之後,供佛設齋以薦其魂,祀王燒錢以贖其罪,姦暴之人,王可寬宥否?」
朴生はまた問うた。
「私はかつて仏を行う徒に聞きましたが、『天の上に天堂という快楽の処があり、地の下に地獄という苦しみの処があって、冥府の十王を並べて十八の獄の囚を糾す』といいました。そのようなことがあるのですか。
また人が死んで七日の後に、仏に供え斎を設けてその魂を薦め、王を祀り銭を焼いてその罪を贖うといいますが、姦しく暴い人であっても、王は寛く赦すことができるのですか。」
王驚愕曰:「是非吾所聞。古人曰:‘一陰一陽之謂道,一闢一闔之謂變。生生之謂易,無妄之謂誠。’夫如是,則豈有乾坤之外,復有乾坤,天地之外,更有天地乎?如王者,萬民所歸之名也。三代以上,億兆之主,皆曰王,而無稱異名。如夫子修春秋,立百王不易之大法,尊周室曰天王,則王者之名,不可加也。至秦滅六國一四海,自以爲德兼三皇,功高五帝,乃改王號曰皇帝。當是時,僭竊稱之者頗多,如魏梁荊楚之君,是已。自是以後,王者之名分紛如也,文武成康之尊號,已墜地矣。且流俗無知,以人情相濫,不足道。至於神道則尙嚴,安有一域之內,王者如是其多哉?士豈不聞天無二日國無二王乎?其語不足信也。至於設齋薦魂,祀王燒錢,吾不覺其所爲也。士試詳其世俗之矯妄!」
王は驚いていった。
「これは私が聞いたことではない。古人は『一たび陰、一たび陽するのを道といい、一たび開き一たび閉じるのを変という。生み生むのを易といい、妄りでないのを誠という』といった。
まさにそうであるなら、どうして乾坤の外にまた乾坤があり、天地の外にまた天地があろうか。
王とは万民が帰する名である。三代より前は億兆の主をみな王といって、別の名を称えることはなかった。孔子が「春秋」を修めて百王が変えられない大法を立て、周室を尊んで天王といったのだから、王という名は、それ以上に加えられるものではない。
秦が六国を滅ぼし四海を一つにすると、自ら徳は三皇を兼ね功は五帝より高いとして、王の号を改めて皇帝といった。そのころ、僭って盗み称える者がかなり多く、魏・梁・荊・楚の君がそれである。
これより後、王という名は入り乱れて、文王・武王・成王・康王の尊い号はもう地に落ちた。
また流俗は知るところがなく、人の情でみだりに溢れるので、語るにも足りない。神の道に至ってはなお厳しいのに、どうして一つの域のなかに王という者がこれほど多くあろうか。士は『天に二つの日はなく、国に二人の王はない』と聞いていないのか。そのことばは信ずるに足りない。
斎を設けて魂を薦め、王を祀り銭を焼くということに至っては、私はそのするところが分からない。士よ、ためしにその世俗の偽りを詳しく述べてみよ。」
生退席敷袵而陳曰:「世俗當父母死亡七七之日,若尊若卑,不顧喪葬之禮,專以追薦爲務。富者,糜費過度,炫燿人聽,貧者,至於賣田貿宅,貸錢賖穀,鏤紙爲旛,剪綵爲花,招衆▩爲福田,立瓌([壞])像爲導師,唱唄諷誦,鳥鳴鼠喞,曾無意謂。爲喪者,携妻率兒,援類呼朋,男女混雜,矢溺狼籍,使淨土變爲穢溷,寂場變爲鬧市,而又招所謂十王者,備饌以祭之,燒錢以贖之。爲十王者,當不顧禮義,縱貪而濫受之乎?當考其法度,循憲而重罰之乎?此不肖所以憤悱,而不敢忍言也。請爲不肖辨之!」
朴生は席を退いて襟をひろげ、こう述べた。
「世俗では、父母が亡くなって七七日になる日に、身分の高い者も低い者も、喪と葬の礼を顧みず、ひたすら追薦することばかりを務めます。
富む者は費えが度を過ぎて人の耳を驚かせ、貧しい者は田を売り家を売り、銭を借り穀を掛けで買うことまでします。紙を切って幡を作り、絹を裁って花を作り、多くの□を招いて福の田とし、土で捏ねた像を立てて導きの師とします。梵唄を唱え経を誦する声が、鳥が鳴き鼠が鳴くようで、意味というものがまるでありません。
喪主となった者は妻を連れ子を率い、親類を呼び友を呼んで、男女が入り混じり、糞と尿が散らかって、浄い土を汚い厠に変え、静かな道場を騒がしい市に変えます。
そのうえ、いわゆる十王という者を招いて、膳を備えて祭り、銭を焼いて贖います。十王となった者は、礼義を顧みず貪りを放ってみだりに受け取るのでしょうか。それともその法度を調べ、法に従って重く罰するのでしょうか。これが不肖の私が憤って、あえて口にできなかったことです。どうか不肖の者のために弁じてください。」
〔「多くの」の次の一字が底本に欠けている。〕
王曰:「噫哉!至於此極也?且人之生也,天命之以性,地養之以生,君治之以法,師敎之以道,親育之以恩。由是,五典有序,三綱不紊,順之則祥,逆之則殃,祥與殃在人生受之耳。至於死,則精氣已散,升降還源,那有復留於幽冥之內哉?且寃懟之魂,橫夭之鬼,不得其死,莫宣其氣,嗸嗸於戰場黃沙之域,啾啾於負命啣寃之家者,間或有之,或托巫以致款,或依人以辨懟,雖精神未散於當時,畢竟當歸於無朕。豈有假形於冥地,以受犴獄乎?此格物君子,所當斟酌也。至於齋佛祀王之事,則尤誕矣。且齋者,潔淨之義,所以齋不齋而致其齋也。佛者,淸淨之稱,王者,尊嚴之號。求車求金,貶於春秋,用金用綃,始於漢魏。那有以淸淨之神而享世人供養,以王者之尊而受罪人賄賂,以幽冥之鬼而縱世間刑罰乎?此亦窮理之士,所當商略也。」
王はいった。
「ああ、ここまで至ったのか。
また人が生まれるにあたって、天は性をもって命じ、地は生をもって養い、君は法をもって治め、師は道をもって教え、親は恩をもって育てる。これによって五つの典に序があり、三つの綱が乱れない。これに従えば祥く、逆らえば殃がある。祥と殃は人が生きて受けることにあるだけである。
死に至れば精と気はもう散り、昇り降りして源に帰るのだから、どうしてまた幽冥のうちにとどまることがあろうか。
また怨みを結んだ魂や、横から若死にした鬼が、その死を得られずその気を伸ばせないで、戦場の黄なる砂の域でざわめき、命を負い怨みを含んだ家ですすり泣くことは、まれにある。巫に憑いて思いを伝えたり、人に寄って怨みを訴えたりもする。けれども、たとえそのときに精神が散っていなくても、しまいには跡形もないところへ帰るのである。どうして幽冥の地で形を借りて、獄につながれることがあろうか。これは物を究める君子が当然汲み取るべきことである。
仏に斎を供え王を祀るという事に至っては、いっそう荒唐である。
また斎とは潔く浄めるという意味で、斎わないものを斎わせてその斎を致すことである。仏とは清浄の称であり、王とは尊厳の号である。車を求め金を求めることは「春秋」で貶しめられ、金を用い絹を用いることは漢と魏に始まった。
どうして清浄の神が世の人の供養を享け、王の尊さで罪人の賄いを受け、幽冥の鬼が世間の刑罰をほしいままにしようか。これもまた理を究める士が当然考え量るべきことである。」
生又問曰:「輪回不已,死此生彼之義,可問否?」
朴生はまた問うた。「輪回がやまず、ここで死んであちらで生まれるという意味は、お尋ねしてよいでしょうか。」
曰:「精靈未散,則似有輪回,然久則散而消耗矣。」
こう答えた。「精霊がまだ散っていなければ輪回があるようだが、久しくなれば散って消え尽きる。」
生曰:「王何故居此異域而爲王者乎?」
朴生はいった。「王はどういうわけでこの異なる域におられて、王となられたのですか。」
曰:「我在世,盡忠於王,發憤討賊。乃誓曰:‘死當爲厲鬼,以殺賊!’餘願未殄而忠誠不滅,故托此惡鄕爲君長。今居此地而仰我者,皆前世弑逆姦兇之徒,托生於此,而爲我所制,將格其非心者也。然非正直無私,不能一日爲君長於此地也。寡人聞子正直抗志,在世不屈,眞達人也。而不得一奮其志於當世,使荊璞棄於塵野,明月沉于重淵,不遇良匠,誰知至寶?豈不惜哉?余亦時運已盡,將捐弓劒,子亦命數已窮,當瘞蓬蒿,司牧此邦,非子而誰?」
こう答えた。
「私が世にあったとき、王に忠を尽くし、憤りを発して賊を討った。そして誓った。『死んだら厲鬼となって賊を殺そう。』残る願いが尽きず忠誠が滅びなかったので、この悪しき郷に憑いて君長となったのである。
いまこの地に住んで私を仰ぐ者たちは、みな前の世で主を殺し逆らった姦しく凶なる徒である。ここに生を託して私に制され、これからその非なる心を正されようとする者たちだ。
けれども正直で私がなければ、一日もこの地で君長であることはできない。
寡人が聞くところ、おまえは正直で志を立て、世にあって屈しなかったという。まことに達した人だ。それなのに一度もその志を当世に奮えず、荊の璞が塵の野に捨てられ、明るい月が深い淵に沈んだようなものだ。よい匠に出会わなければ、誰が至宝を知ろう。惜しくないことがあろうか。
私もまた時の運がもう尽きて、これから弓と剣を捨てる。おまえもまた命の数がもう窮まって、蓬の原に埋められるだろう。この邦を司り牧する者が、おまえでなければ誰であろう。」
乃開宴極歡,問生以三韓興亡之跡。生一一陳之。至高麗創業之由,王歎傷再三曰:「有國者,不可以暴劫民,民雖若瞿瞿以從,內懷悖逆,積日至月,則堅冰之禍起矣。有德者,不可以力進位,天雖不諄諄以語,示以行事,自始至終,而上帝之命嚴矣。蓋國者民之國,命者天之命也。天命已去,民心已離,則雖欲保身,將何爲哉?」
そこで宴を開いて歓びを尽くし、朴生に三韓の興亡の跡を問うた。朴生は一つ一つ述べた。
高麗が業を創めた由に至ると、王は二度三度嘆き悲しんでいった。
「国を持つ者は、暴さで民を脅してはならない。民はおずおずと従うようでも、内に悖り逆らう心を抱き、日が積もって月に至れば、堅い氷の禍が起こる。
徳のある者は、力で位に進んではならない。天はくどくどと語ってはくれないが、行う事で示すのだから、始めから終わりまで、上帝の命は厳しい。
おおよそ国とは民の国であり、命とは天の命である。天命がもう去り、民心がもう離れたなら、たとえ身を保とうとしても、これからどうしようというのか。」
又復敍歷代帝王崇異道致妖祥之事。王便蹙額曰:「民謳謌而水旱至者,是天使人主重以戒謹也。民怨咨而祥瑞現者,是妖媚人主益以驕縱也。且歷代帝王致瑞之日,民其按堵乎?呼寃乎?」
また歴代の帝王が異なる道を崇んで妖しい祥を招いた事を述べた。王はすぐに額をしかめていった。
「民が歌っているのに水と旱が至るのは、天が人の主にいっそう戒め慎ませるのである。民が怨み嘆いているのに祥瑞が現れるのは、妖しいものが人の主に媚びて、いっそう驕り放たせるのである。
それに、歴代の帝王が瑞を招いた日に、民は戸口に安んじていたのか。それとも怨みを叫んでいたのか。」
曰:「姦臣蜂([逢+虫+虫])起,大亂屢作,而上之人,脅威爲善以釣名,其能安乎?」
こう答えた。「姦しい臣が蜂のように起こって大きな乱れがしばしば起こったのに、上にある人が威で脅しながら善を装って名を釣ったのですから、どうして安らかでありえたでしょう。」
王良久,歎曰:「子之言,是也。」
王はしばらくして嘆いていった。「おまえのことばは正しい。」
宴畢,王欲禪位于生,乃手制曰:「炎洲之域,實是瘴厲之鄕,禹跡之所不至,穆駿之所未窮。彤雲蔽日,毒霧障天,渴飮赫赫之洋銅,飢餐烘烘之融鐵,非夜叉羅刹,無以措其足,魑魅魍魎,莫能肆其氣。火城千里,鐵嶽萬重,民俗强悍,非正直無以辨其姦,地勢凹隆,非神威不可施其化。咨!爾東國某,正直無私,剛毅有斷,著含章之質,有發蒙之才,顯榮雖蔑於身前,綱紀實在於身後,兆民永賴,非子而誰?宜導德齊禮,冀納民於至善,躬行心得,庶躋世於雍熙。體天立極,法堯禪舜,予其作賓,嗚呼欽哉!」
宴が終わると、王は朴生に位を禅ろうとして、手ずから制を書いた。
「炎洲の域はまことに瘴と厲の郷であって、禹の足跡が至らず、穆王の駿馬も尽くせなかった所である。
赤い雲が日を覆い、毒の霧が天を塞ぎ、渇けば赫々と燃える溶けた銅を飲み、飢えればごうごうと燃える溶けた鉄を食らう。夜叉や羅刹でなければ足を置くこともできず、魑魅や魍魎もその気をほしいままにできない。
火の城は千里、鉄の嶽は万重で、民の俗は強く悍しく、正直でなければその姦しさを弁ずることができず、地の勢いは凹み隆って、神の威でなければその化を施すことができない。
ああ、おまえ東の国の某よ。正直で私がなく、剛毅で断ずるところがあり、章を含む質を備え、蒙を発く才がある。顕れる栄えは身の前には無かったが、綱紀はまことに身の後にある。億兆の民が永く頼る者が、おまえでなければ誰であろう。
よろしく徳で導き礼で斉え、民を至善に入れることを願い、身で行い心で得て、世を雍熙に昇らせよ。天を体して極を立て、堯が舜に禅ったのに法れ。私はその賓となろう。ああ、慎むがよい。」
生奉詔,周旋再拜而出。王復勑臣民致賀,以儲君禮送之。又勑生曰:「不久當還,勞此一行,所陳之語,傳播人間,一掃荒唐!」
朴生は詔を奉じ、めぐって二度拝んで出た。王はまた臣と民に命じて賀を致させ、儲君の礼で送った。
また朴生に命じた。「久しからずして帰ってくるのだから、この一行を労としてくれ。述べたことばを人の世に伝え広めて、荒唐をひと掃きにせよ。」
生又再拜致謝曰:「敢不對揚休命之萬一?」
朴生はまた二度拝んで謝していった。「美しい御命の万分の一でも、受けて揚げないことがありましょうか。」
旣出門,挽車者,蹉跌覆轍,生仆地驚起而覺,乃一夢也。開目視之,書冊抛床,燈花明滅。生感訝良久,自念將死,日以處置家事爲懷。數月有疾,料必不起,却毉巫而逝。其將化之夕,夢神人告於四鄰曰:「汝鄰家某公,將爲閻羅王者」云。
門を出ると、車を引く者が足を踏み外して車が転覆した。朴生は地に倒れ、驚いて起きて目が覚めた。それは一つの夢であった。
目を開いて見ると、書物が床に投げ出され、灯の花が明るくなったり消えたりしていた。
朴生は心を打たれ怪しんでしばらくいたが、自らもう死ぬのだと思い、日々家の事を片づけることを心にかけた。数か月して病み、きっと起きられないと見計らって、医と巫を退けて世を去った。
その世を去ろうとする夕べ、近所の四軒の人の夢に神人が現れて告げた。「おまえたちの隣の家の某公が、これから閻羅王になられるのだ。」