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巻三元朝秘史 卷03

元朝秘史(モンゴルの秘められた歴史) 元朝秘史 · 作者未詳 · 子年(1228年頃)成立 · 明初の漢文本 · 段落 22 · 漢字 3,562字 · 朗読 14.2分

元朝秘史(モンゴルの秘められた歴史) 全一巻 「はじめ元の人の祖先は、天が生んだ青い色の狼一匹であった」 — モンゴルの人が自らの手で記した最も古い書。テムジンが九歳で父を失って捨てられたところから始まり、オノン川の水に顔だけを出して夜を越え、羊毛の車に隠されて生き延び、ついに九本脚の白い旗を立てるまでが収められている。母ホエルンが両の乳を出して息子たちを叱り、ジャムカが「四匹の犬」を並べ立て、血を流さずに殺してほしいと請う場面は、正史が消した声である。元史高麗伝と対になる位置に置かれる。

1ジャルチウダイ老人が子ジェルメを連れて来る

帖木真自那裏回著到家,有劄兒赤兀歹老人自不兒罕山前,背著打鐵的風匣,引著者勒篾名字的兒子來。說道:「你當初在叠裏溫孛勒答合地面生時,我與了你一個貂鼠裹兒袱,有來。者勒篾兒子曾與了來,為幼小上頭,我將去養來。如今這兒子教與你韝鞍子,開門子。」說著與子。

テムジンがそこから帰って家に着いたとき、ジャルチウダイ老人がブルカン山の前から鍛冶の吹子(ふいご)を背負い、ジェルメという名の子を連れて来た。彼が言った。「あなたがはじめデリウン・ボルダクの地で生まれたとき、わたしは貂(てん)の皮の産着を一つ差し上げたことがある。ジェルメもそのとき差し上げたが、幼かったのでわたしが連れて育てた。いまこの子に、あなたの鞍を括(くく)らせ、戸の開け閉めをさせなさい」。そう言って与えた。

2地が鳴る — 老いた召使が起こす

住間,一日清早,蒼黃將明的時分,訶額侖母親家使喚的老婦人說:「母親!母親!疾快起來,田地顫動的聲,聽得有。莫不是曾擾害咱每怕了的泰亦赤兀惕兄弟每又來了?母親!疾快起來。」說了。

そのように暮らしていたある日の早朝、薄闇が明けようとするころ、ホエルン母君の家で使われている老いた女が言った。「母君、母君、早くお起きください。地の鳴る音が聞こえます。以前われらを苦しめて怖れさせたあのタイチウドの兄弟たちが、また来たのではありませんか。母君、早くお起きください」。

3馬が足りず、ボルテだけが残る

訶額侖母親說:「兒子每行,疾快喚覺起來。」說了。訶額侖隨即起來了,帖木真兄弟每隨即起來了。訶額侖、帖木真、合撒兒、合赤溫、帖木哥斡惕赤斤、別勒古臺、孛斡兒出、者勒篾,每人騎了一匹馬。帖木侖是他母親馬上抱了,獨帖木真準備一個從馬,孛兒帖夫人無馬騎了。

ホエルン母君が言った。「子らのところへ行って、早く起こせ」。ホエルンはすぐに起き、テムジンら兄弟もすぐに起きた。ホエルン・テムジン・カサル・カチウン・テムゲ・オトチギン・ベルグテイ・ボオルチュ・ジェルメが、それぞれ馬一頭に乗った。テムルンは母が馬の上に抱いた。テムジンだけは連れの馬を一頭余分に備えたが、ボルテ夫人には乗る馬がなかった。

4コアクチンがボルテを黒い車に隠す

帖木真弟兄每隨即上馬,到不兒罕山上去了。豁阿黑臣名字的老婦人,欲將孛兒帖夫人要藏,教坐在黑車子裏,著個花牛駕著車子,逆著騰格理小河行了。行間,天氣昏暗,將明時,迎著前面有一火軍來到根前,問說:「甚麽人?」那老婦人說:「我是帖木真家,於大家裏翦羊毛去來。我如今回家裏去。」那軍每說:「帖木真家裏有也無?離這裏多近遠?」老婦人說:「家呵不遠。我自後房子起來來了,未知帖木真家裏有無。」這般說了。

テムジンら兄弟はすぐに馬に乗り、ブルカン山へ上って行った。コアクチンという名の老いた女は、ボルテ夫人を隠そうとして黒い車の中に座らせ、斑(ふち)の牛一頭に車を引かせて、トンゲリクの小川を遡って行った。行くうちに空が暗く、やがて明けようとするころ、前から一隊の軍が向かい来て目の前に至り、尋ねた。「何者か」。その老いた女が言った。「わたしはテムジンの家の者で、本家に羊の毛を刈りに行って来たところです。いま家へ帰るところです」。その軍の者たちが言った。「テムジンは家にいるのか、いないのか。ここからどれほど遠い」。老いた女が言った。「家ならば遠くありません。わたしは裏の家から出て来たので、テムジンが家にいるかいないかは分かりません」。このように言った。

5軸が折れ、ボルテが捕らえられる

那軍每去了後,豁阿黑臣名字的老婦人打著駕車的花牛,欲要疾快行,將車軸折了。欲待要步行走入山林去時間,那軍每隨即將著別勒古臺的母擄在馬上,疊騎著到來了,說道:「這車裏有甚麽人?」豁阿黑臣老婦人回說:「載著羊毛有。」那軍說:「兄弟每下馬看。」於是那軍下馬,將車門拉開看呵,見裏頭一個年少婦人坐著有。就拖下車來,同那老婦人馬上馱了。就襲著帖木真,埽道上不兒罕山去了。

その軍の者たちが去った後、コアクチンという名の老いた女は車を引く斑の牛を打って急いで行こうとして、車の軸を折ってしまった。歩いて山の林へ逃げ込もうとしたところ、その軍の者たちがベルグテイの母を捕らえて馬に相乗りさせ、戻って来て言った。「この車の中に何者がいる」。コアクチン老女が答えた。「羊の毛を積んでいます」。その軍の者が言った。「兄弟たちよ、馬を下りて見よ」。そこで軍の者たちが下りて、車の戸を引き開けて見ると、中に若い女が一人座っていた。すぐに車から引き下ろし、その老いた女とともに馬に載せた。そしてテムジンを追って、掃いて行った痕をたどりブルカン山へ上って行った。

6ブルカン山を三度回っても捕らえられない

那軍自帖木真後襲著,繞不而罕山三遍,拿不得。這廂、那廂要取直路趕呵,都遇著陷泥密林,行不得入。只得自後趕著,因此拿不得了。那軍每原來是三種篾兒乞人:一種是兀都亦惕篾兒乞脫黑脫阿,一種是兀窪思篾兒乞答亦兒兀孫,一種是合阿惕篾兒乞合阿臺答兒麻剌。這三種篾兒乞,為在先也速該於赤列都根前奪要訶額侖冤仇,如今報來。那篾兒乞共說道:「奪要訶額侖的仇,已將帖木真的妻拿丁。這仇也報了。」說訖,下山回家去了。

その軍はテムジンの後をたどってブルカン山を三度も回ったが、捕らえられなかった。あちらこちらから近道を取って追おうとしても、みな泥沼と深い林に出会って入れなかった。ただ後ろから追うしかなかったので、捕らえられなかったのである。その軍の者たちはもともとメルキトの三つの派の者であった。一つはウドイド・メルキトのトクトア、一つはウワス・メルキトのダイル・ウスン、一つはカアド・メルキトのカアタイ・ダルマラである。この三つの派のメルキトは、昔イェスゲイがチレドゥからホエルンを奪い取った恨みを、いま返しに来たのであった。そのメルキトたちが相談して言った。「ホエルンを奪われた仇は、テムジンの妻を捕らえたのでこれで返した」。言い終えて山を下り、家へ帰って行った。

7帯を首に掛け、九度ひざまずく

帖木真未知篾兒乞是實回去,是潛伏著,使別勒古臺、孛斡兒出、者勒篾三人,自後察探。去了三宿,見篾兒乞遠了,帖木真才下山來,椎胸告天說:「因豁阿黑臣老母,如黃鼠狼般能聽、銀鼠般能見的上頭,我所以躲得過。我的小性命被不而罕山遮救了。這山久後,時常祭祀,我的子子孫孫,也一般祭祀。」說訖,向日將系腰掛在項上,將帽子掛在手上,椎胸跪了九跪,將馬奶子灑奠了。

テムジンはメルキトがまことに帰ったのか、それとも潜んでいるのか分からなかったので、ベルグテイ・ボオルチュ・ジェルメの三人に後を探らせた。三晩が過ぎてメルキトが遠く去ったのを見てから、テムジンは山を下り、胸を打って天に告げて言った。「コアクチン老母がイタチのようによく聞き、テンのようによく見たおかげで、わたしは逃れることができた。わたしのつまらぬ命をブルカン山が覆い救ってくれた。この山を長く常に祭ろう。わが子々孫々も同じように祭るであろう」。言い終えると、日に向かって帯を解いて首に掛け、帽子を取って手に持ち、胸を打って九度ひざまずき、馬乳を注いで供えた。

8オン・カンに妻を救ってくれと頼む

那些說了,於是帖木真、合撒兒、別勒古臺三個,前往土剌河的黑林行,脫斡鄰勒王罕處去。到了說:「不想被三種篾兒乞惕每將我妻子每擄著要了。皇帝父親,怎生般將我妻子救與麽道?」王罕說:「去年你與我將貂鼠襖子來時,我曾說:『離散了的百姓,我與你收聚。』我心上常記著,有來。我如今依著那言語,將篾兒乞惕每滅著,你妻孛兒帖還救與你。你可教劄木合兄弟知道,他在豁兒豁納黑主不兒地面裏住著。我這裏起二萬軍馬,做右手;教劄木合起二萬軍馬,做左手。相約會的日子,教劄木合定奪來。」

そうして、テムジン・カサル・ベルグテイの三人は、トーラ川の黒い林へ、トオリル・オン・カンのもとへ行った。着いて言った。「思いがけずメルキトの三つの派にわたしの妻を奪い取られました。皇帝たる父上、どうかわたしの妻を救ってくださいませんか」。オン・カンが言った。「昨年おまえがわたしに貂の皮衣を持って来たとき、わたしは『散り散りになった民は、わたしがまとめてやろう』と言った。わたしの心に常に留めてあった。わたしはいまその言葉のとおり、メルキトを滅ぼし、おまえの妻ボルテを取り返してやろう。おまえはジャムカの弟に知らせよ。彼はコルコナク・ジュブルの地にいる。わたしはここで二万の軍を起こして右手となり、ジャムカに二万の軍を起こして左手とさせよう。会う日取りは、ジャムカに決めさせよ」。

9ジャムカが筏でキルコ川を渡ろうと言う

帖木真兄弟三個回到家了。帖木真使合撒兒、別勒古臺往劄木合行去,教對他說:「我的妻子被篾兒乞惕每擄要了,咱每本是一宗族的人,這等冤仇如何報?又將王罕的言語,說將去了。」合撒兒每將前頭的言語,對劄木合都說了。劄木合說:「我也聽得帖木真安答的妻被人擄了,我心上好生痛。如今這三種篾兒乞惕脫黑脫阿在不兀剌客額兒地面裏有,歹亦兒兀孫在斡兒洹、薛涼格河兩間塔勒渾阿剌勒的地面裏有,合阿臺答兒馬剌在合剌只客額兒地面裏有。咱每可用豬鬃草拴做筏子,徑直渡過勤勒豁河,到篾兒乞惕脫黑阿地面裏,自他房子的天窗處入去一般,將他百姓,可盡絕擄了。」

テムジンら兄弟三人は家に帰った。テムジンはカサルとベルグテイをジャムカのもとへ遣わし、こう伝えさせた。「わたしの妻がメルキトに奪い取られた。われらはもともと同じ一族の者だ。このような仇をどう返せばよいか」。またオン・カンの言葉もあわせて伝えさせた。カサルらが先の言葉をジャムカにすべて伝えた。ジャムカが言った。「わたしもテムジン・アンダの妻が人に奪われたと聞いて、心がひどく痛んだ。いまその三つの派のメルキトのうち、トクトアはブウラ・ケエルの地におり、ダイル・ウスンはオルホン川とセレンゲ川の間のタルクン・アラルの地におり、カアタイ・ダルマラはカラジ・ケエルの地にいる。われらは豚草(ぶたくさ)を結んで筏(いかだ)を作り、キルコ川をまっすぐ渡ってメルキトのトクトアの地へ入り、その家の天窓から入るようにして、その民を残らず捕らえることができよう」。

10ボトカン・ボオルジで落ち合うと決める

劄木合再說:「你對帖木真、王罕兩個說:『我已自整搠軍馬,王罕哥哥上馬時,就經過不而罕合勒墩山前,與帖木真一同來,於孛脫罕孛斡兒只的地面裏相會。帖木真安答的百姓,在我這裏有,這百姓行起一萬軍,我自起一萬軍,共二萬軍上馬。逆著斡難河,來孛脫罕孛斡兒只的地面裏,一同相會。」說著去了。

ジャムカがさらに言った。「あなたはテムジンとオン・カンのお二人にこう伝えてください。『わたしはすでに軍馬を整えました。オン・カンの兄上が馬に乗られるときは、ブルカン・カルドゥン山の前を通り、テムジンとともに来て、ボトカン・ボオルジの地で落ち合いましょう。テムジン・アンダの民がわたしのもとにいるので、その民から一万の軍を起こし、わたし自身も一万の軍を起こして、あわせて二万の軍が馬に乗ります。オノン川を遡ってボトカン・ボオルジの地へ来て、ともに落ち合いましょう』」。そう言って送り出した。

11三つの軍が集まる

合撒兒、別勒古臺回來,將劄木合的言語,對帖木真說了,又王罕處說將去了。王罕聽了劄木合的言語,便教二萬軍上馬,從不而罕合勒墩山前,指著客魯漣河不兒吉岸邊行了。此時,帖木真在不兒吉岸行住,知得王罕大軍從此經過,起移了,逆著統格黎克河,到不而罕山前塔納小河邊下了。帖木真自那裏出軍,王罕一萬,他的弟劄合敢不一萬,共二萬。在乞沐兒合河邊阿因勒合剌合納名字的地面下著時,帖木真與他每相合了。

カサルとベルグテイが帰って、ジャムカの言葉をテムジンに伝え、またオン・カンのもとへも伝えさせた。オン・カンはジャムカの言葉を聞いて、すぐに二万の軍を馬に乗せ、ブルカン・カルドゥン山の前を通って、ケルレン川のブルギの岸へ向かった。このとき、テムジンはブルギの岸にいたが、オン・カンの大軍がここを通ると知って営を移し、トンゲリク川を遡ってブルカン山の前のタナ小川のほとりに下りた。テムジンがそこから軍を出すと、オン・カンが一万、その弟ジャカ・ガンブが一万で、あわせて二万であった。キムルカ川のほとりのアイル・カラカナという名の地に下りたとき、テムジンは彼らと合わさった。

12三日遅れたことをジャムカが責める

帖木真、王罕、劄合敢不三個,自那裏相合了,起去往斡難河源頭原相約會處孛脫罕孛斡兒只的地面裏。到時,劄木合已自先到了三日。見了王罕每的軍,劄木合將他二萬軍整搠立著。王罕每也將他的軍整搠著到來,都相認得了。劄木合說:「約會的日期,雖是有風雨呵,也必要到。曾這般說來,咱達達每答應了的話,便是誓一般;若不依著呵,同伴裏也不容。」共說來,王罕說道:「約會的地面裏,我是後到了三日,劄木合兄弟怪的、罰的從你。」這般說了。

テムジン・オン・カン・ジャカ・ガンブの三人は、そこで合わさった後、オノン川の源のはじめに落ち合うと決めたボトカン・ボオルジの地へ向かった。着いてみると、ジャムカはすでに三日前に来ていた。オン・カンらの軍を見て、ジャムカは自分の二万の軍を整えて立たせた。オン・カンらも軍を整えて来たので、互いにみな見分けがついた。ジャムカが言った。「落ち合うと決めた日は、風雨があっても必ず守らねばならない。そう言って来たはずだ。われら韃靼の者が承知した言葉は、誓いと同じである。それを守らぬ者は、仲間の内にも置かぬ」。こう皆で語ると、オン・カンが言った。「落ち合うと決めた地に、わたしは三日遅れて来た。ジャムカ弟が責めるも罰するも、あなたに任せよう」。このように言った。

13トクトアが身一つで逃げる

自孛脫罕孛斡兒只地面起程,至勤勒豁名字的河邊,拴筏子渡了,到不兀剌地面,將脫黑脫阿妻子、百姓,盡絕擄了。脫黑脫阿睡的時間,也可以拿得來,因渡勤勒豁河去,河邊有脫黑脫阿打魚、捕獸的人,連夜先去報知,所以脫黑脫阿就與歹亦兒兀孫幾個人,罄身順著薛涼格河走入巴兒忽真地面裏去了。

ボトカン・ボオルジの地から道を進み、キルコという名の川のほとりに至って筏を結んで渡り、ブウラの地に着いて、トクトアの妻子と民を残らず捕らえた。トクトアは眠っていたところで、捕らえることもできたのだが、キルコ川を渡って行くとき、川のほとりにいたトクトアの漁(すなど)りや狩りの者が夜を徹して先に行って知らせたため、トクトアはダイル・ウスンと数人とともに、身一つでセレンゲ川に沿ってバルグジンの地へ逃げ込んだ。

14月明かりの下でボルテを取り戻す

那篾兒乞惕百姓,連夜順薛涼格河荒忙走的其間,咱的軍每也緊隨著,就夜裏擄掠。行間,帖木真於那走的百姓內喚他妻孛兒帖名字。孛兒帖在那百姓內聽著,認得是帖木真的聲音,跳下車來,與豁阿黑臣老婦人,一同走來帖木真馬根前,拿住韁繩。此時有月明,都相認得了。帖木真當夜便使人對王罕、劄木合兩個說:「我尋的人,已自得了,咱每夜裏且休行,可就這裏下營。」說將去了,當時就那裏下了營,漫散走的篾兒乞惕百姓每也下營宿了。孛兒帖兀真行救將來的緣故,是這般。

そのメルキトの民が夜を徹してセレンゲ川に沿って慌てて逃げる間、われらの軍もすぐ後に続いて、夜のうちに捕らえながら進んだ。その間にテムジンは、逃げる民の中へ向かって妻ボルテの名を呼んだ。ボルテはその民の中で聞いて、テムジンの声だと分かり、車から飛び下りて、コアクチン老女とともに走って来て、テムジンの馬の前で手綱を取った。このとき月が明るく、互いにみな見分けがついた。テムジンはその夜のうちに人を遣わして、オン・カンとジャムカの二人に伝えた。「わたしが探していた者は、もう見つかった。われらは夜にこれ以上進まず、ここに営を下ろそう」。そうしてその場に営を下ろし、散り散りに逃げていたメルキトの民も営を下ろして寝た。ボルテ・ウジンを救い出した経緯はこのようである。

15チルゲルが逃げながらつぶやいた言葉

初,兀都亦惕脫黑脫阿、兀窪思歹亦兒兀孫、合阿臺答兒馬剌這三種篾兒乞惕領著三百人來時,為在前脫黑脫阿的弟赤列都他妻訶額侖被也速該奪要了,因此來報仇,繞了不而罕山三遭,拿不得帖木真,只得了孛兒帖,將去配與赤列都弟赤勒格兒力士為妻。今次軍馬到,赤勒格兒懼怕,逃出去時說道:「我如個黑老烏般,命分裏只可吃殘皮,卻想要吃雁與鶿<老鳥>,因這般惹了孛兒帖夫人。如今眾篾兒乞惕百姓行做了禍,那禍將到我頭上來也。刁著獨自的性命,黑暗窄狹處鉆入去呵,可以遮救得麽道?」說著逃走去了。

はじめ、ウドイドのトクトア、ウワスのダイル・ウスン、カアドのカアタイ・ダルマラのこの三つの派のメルキトが三百人を率いて来たのは、昔トクトアの弟チレドゥの妻ホエルンをイェスゲイが奪い取ったので、その仇を返しに来たのであった。ブルカン山を三度回ってもテムジンを捕らえられず、ボルテだけを得て、連れて行ってチレドゥの弟チルゲルという力士に妻として与えた。今度、軍馬が来るとチルゲルは怖れ、逃げ出しながら言った。「わたしは黒い烏(からす)のようなもので、生まれついての分は残り皮を食うほどのものなのに、かえって雁(がん)や白鳥を食おうとした。それでボルテ夫人に手を出したのだ。いまメルキトの民すべてに災いを招き、その災いがわたしの頭に及ぶだろう。命一つを抱えて、暗く狭いところへ潜り込めば、身を隠せるだろうか」。そうつぶやきながら逃げて行った。

16ベルグテイの母が林に消える

只拿得合阿臺答兒馬剌,將板枷枷了,照直往不而罕山前行了。別勒古臺的母,人告與他說:「那營裏有。」別勒古臺取去呵,自門右裏入去。他母親穿著破羊皮衣,自門左裏出去了,外前對人說:「我聽得兒子每做了王子,我這裏配了歹人,兒子每行面皮如何見得?」說了,走入密林裏去,到了不曾尋得著。別勒古臺為那般,但見篾兒乞人呵,教鏷頭箭射著,說道:「將我母親來!」原曾來不而罕山圍繞了三遭的那三百人每,盡數殄滅了。他的其余妻子每,可以做妻的做了妻,做奴婢的做了奴婢。

カアタイ・ダルマラだけは捕らえて板の首枷をはめ、まっすぐブルカン山の前へ向かった。ベルグテイの母について、人々が彼に「あの営の中にいる」と教えた。ベルグテイが迎えに門の右から入ると、その母は破れた羊の皮衣を着て門の左から出て行き、外で人々に言った。「子らが王子になったと聞いたが、わたしはここで悪い者と連れ添った。子らにどんな顔で会えようか」。そう言って深い林に入ってしまい、とうとう見つからなかった。ベルグテイはそのために、メルキトの者を見れば鳴り矢(かぶらや)を射させて言った。「わたしの母を出せ」。ブルカン山を三度回ったあの三百人は、残らず討ち滅ぼした。その他の妻子たちは、妻にできる者は妻にし、下僕にできる者は下僕にした。

17天と地が力を添えてくれた

王罕、劄木合兩個根前,帖木真知感著說:「王罕父親、劄木合安答,因你兩個與我做伴,天地與我添氣力,男子的冤仇得報,所以將篾兒乞百姓每殘毀了,妻子每擄掠了,咱如今回去。」共說了。

テムジンはオン・カンとジャムカの二人の前で感謝して言った。「オン・カンの父上、ジャムカ・アンダよ、お二人がわたしの伴となってくれたので、天と地がわたしに力を添えてくれた。男の仇を返し、メルキトの民を打ち崩し、妻子たちを捕らえた。われらはもう帰ろう」。このようにともに語った。

18捨てられた子クチュを得る

初,兀都亦惕、蔑兒乞惕荒走時,營盤裏撇下一個五歲的小兒子,名字喚做曲出。那兒子生得好,眼中有光彩,穿著一件粉皮水貂鼠接來的衣裳,戴一個貂鼠皮帽,穿一雙鹿蹄皮的靴。軍馬到時,拾得將來,做人事與了訶額侖母親。

はじめ、ウドイド・メルキトが乱れて逃げるとき、営の跡に五歳の男の子を一人置き捨てて行った。名はクチュといった。その子は見目が良く、目に光があり、白い貂の皮を継ぎ合わせた衣を着て、貂の皮の帽子をかぶり、鹿の足の皮の靴を履いていた。軍馬が着いたときに拾って連れ帰り、贈り物としてホエルン母君に差し上げた。

19三人が分かれて帰る

帖木真、王罕、劄木合三個相合著,將篾兒乞惕達達房子推倒了,好婦人擄掠了後。回時,自斡兒罕、薛涼格河兩間塔勒渾阿剌勒地面退了。帖木真、劄木合望著豁兒豁納黑主不兒地面回了。王罕從不兒罕合勒敦山背後經過訶闊兒禿主兒不、合察兀剌禿速卜赤惕、忽裏牙禿速卜赤惕三處地面,就打圍,望著土兀剌河的黑林回去了。

テムジン・オン・カン・ジャムカの三人はともに、メルキト韃靼の家を倒し、良い女たちを捕らえた後、帰るときにオルホン川とセレンゲ川の間のタルクン・アラルの地から退いた。テムジンとジャムカはコルコナク・ジュブルの地を目指して帰り、オン・カンはブルカン・カルドゥン山の裏を通り、ココルトゥ・ジュルブ・カチャウラトゥ・スブチド・クリヤトゥ・スブチドの三つの地を経ながら狩りをして、トーラ川の黒い林を目指して帰って行った。

20二度アンダとなった経緯 — くるぶし骨と鳴り矢

帖木真、劄木合兩個到豁兒豁納黑主不兒地面,一同下了,想著在前契合時,交換物的意思,又重新親愛咱,共說了。初,做安答時,帖木真十一歲,於斡難河冰上打髀石時,劄木合將一個麅子髀石與帖木真;帖木真卻將一個銅灌的髀石回與劄木合,做了安答。在後春間,帖木真、劄木合各用小木弓射箭時,劄木合將一個小牛的角,粘做響鏷頭,與了帖木真;帖木真也將一個柏木頂的髏頭,與了劄木合。兩次做了安答的緣故,是這般。

テムジンとジャムカの二人はコルコナク・ジュブルの地に着いてともに下り、昔に誼を結んだときに物を取り交わした心を思い起こし、いま新たに互いに睦まじくしようと、ともに語った。はじめアンダとなったとき、テムジンは十一歳であった。オノン川の氷の上でくるぶし骨の遊びをしたとき、ジャムカはノロジカのくるぶし骨を一つテムジンに与え、テムジンは銅を流し込んだくるぶし骨を一つジャムカに返して、アンダとなった。その後の春、テムジンとジャムカがそれぞれ小さな木の弓で矢を射たとき、ジャムカは小牛の角を貼って作った鳴り矢の鏃(やじり)をテムジンに与え、テムジンも柏(かしわ)の木を先に当てた鏃をジャムカに与えた。二度アンダとなった経緯はこのようである。

21三度目にアンダとなり、一つの衾で寝る

帖木真、劄木合說:「聽得在前老人每言語裏說:『但凡做安答呵,便是一個性命般,不相舍棄,做性命的救護麽道。』相親愛的道理是那般。如今再重新契合,相親愛者。」共說了。帖木真將篾兒乞惕處擄得的金帶與劄木合系了,又將擄得數年不生駒的馬與了;劄木合也將篾兒乞惕歹亦兒兀孫處擄得的金帶,與了帖木真,又將擄得有角的白馬與了。於豁兒豁納黑主不兒地面,忽勒答合兒崖子前鬔松樹下,做了筵席,夜晚共被宿,有來。

テムジンとジャムカが言った。「昔の人々の言葉に『およそアンダとなれば、それは一つの命と同じで、互いに捨てず、命を守り合うものだ』とあるのを聞いた。互いに睦まじくする道理はそのようなものだ。いままた新たに誼を結んで、互いに睦まじくしよう」。このようにともに語った。テムジンはメルキトから得た金の帯をジャムカに締めてやり、また得た数年仔を産んでいない馬を与えた。ジャムカもメルキトのダイル・ウスンから得た金の帯をテムジンに与え、また得た角のある白い馬を与えた。コルコナク・ジュブルの地のクルダカルの崖の前の、茂った松の下で宴を張り、夜は一つの衾(ふすま)で寝た。

22山の下か谷の下か — ボルテが真意を読む

帖木真、劄木合兩個相親愛,同住了一年半。一日,自那營盤裏起時,正是夏四月十六日。帖木真、劄木合一同車前頭行。行間,劄木合說:「咱每如今挨著山下,放馬的得帳房住,挨著澗下,放羊的、放羔兒的喉嚨裏得吃的。」帖木真噤聲立住,落後,等他母親訶額侖來時,將劄木合前頭的言語說了,道:「那言語我不曾省得,也不曾回他話,特來問母親。」他母親未言語,孛兒帖說:「劄木合安答,人曾說他好喜新厭舊,有來。如今咱每行厭了也,恰才的言語,莫不欲圖謀咱每的意思有。咱每休下,就夜兼行著,善分離了好。」

テムジンとジャムカの二人は互いに睦まじくして、一年半をともに過ごした。ある日、その営の跡から移るとき、ちょうど夏の四月十六日であった。テムジンとジャムカはともに車の前を行った。行くうちにジャムカが言った。「われらがいま山の下に寄せて下りれば、馬を飼う者が幕屋を得る。谷の下に寄せて下りれば、羊を飼い仔を飼う者が喉に食べ物を得る」。テムジンは黙って立ち止まり、遅れて、母ホエルンが来るのを待って、ジャムカが先に言った言葉を伝え、こう言った。「その言葉の意味がわたしには分からず、返事もしませんでした。わざわざ母上に伺いに来ました」。母がまだ口を開かないうちに、ボルテが言った。「ジャムカ・アンダは、新しいものを好み古いものを厭(いと)うと人々が言ってきました。いまわれらを厭うようになったのです。さきほどのあの言葉は、われらを計ろうとする心ではありませんか。われらは下りずに、夜を徹して進み、穏やかに別れるのがよいでしょう」。