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巻四元朝秘史 卷04

元朝秘史(モンゴルの秘められた歴史) 元朝秘史 · 作者未詳 · 子年(1228年頃)成立 · 明初の漢文本 · 段落 21 · 漢字 3,609字 · 朗読 14.4分

元朝秘史(モンゴルの秘められた歴史) 全一巻 「はじめ元の人の祖先は、天が生んだ青い色の狼一匹であった」 — モンゴルの人が自らの手で記した最も古い書。テムジンが九歳で父を失って捨てられたところから始まり、オノン川の水に顔だけを出して夜を越え、羊毛の車に隠されて生き延び、ついに九本脚の白い旗を立てるまでが収められている。母ホエルンが両の乳を出して息子たちを叱り、ジャムカが「四匹の犬」を並べ立て、血を流さずに殺してほしいと請う場面は、正史が消した声である。元史高麗伝と対になる位置に置かれる。

1夜を徹して別れる — ココチュを拾う

帖木真道:「孛兒帖說的是。」依著不曾下,連夜兼行,來間,路從泰亦赤兀惕每處經過。其泰亦赤兀惕每驚起,當夜卻回劄木合處去了。營盤裏撇下一個闊闊出名字的小兒子,咱每軍人拾得,與訶額侖母養活子。

テムジンが言った。「ボルテの言うとおりだ」。その言葉のとおり下りずに夜を徹して進んだ。来る途中、道はタイチウドのいるところを通ることになった。そのタイチウドは驚いて起き、その夜のうちにかえってジャムカのもとへ行ってしまった。営の跡にココチュという名の男の子を一人置き捨てて行ったので、われらの軍の者が拾って、ホエルン母君に差し上げて育てさせた。

2多くの氏がジャムカを離れて集まる

那夜兼行,到天明看呵,劄剌亦兒種的人合赤溫、合剌孩、合闌勒歹這三個脫忽剌溫兄弟每也隨著來了。再塔兒忽種的人合答安、答勒都兒罕等兄弟五個也來了。再乞顏種的人蒙格禿與他兒子翁古兒等,又同敞失兀惕、巴牙兀的兩個種姓的人也來了。再一種巴魯剌的人忽必來、忽都思,一種忙忽的人哲臺、多豁勒忽兄弟每也來了。再孛斡兒出的弟斡歌連,自阿魯剌種處分來了。者勒篾的弟察兀兒罕、速別額臺,自兀良合種處分離著也來了。再一種別速的人叠該、窟出沽兒,一種速勒都的人赤勒古臺、塔乞、泰亦赤兀歹,一種劄剌亦兒的人薛扯朵抹黑、阿兒孩合撒兒、巴剌,更帶兩個兒子也來了。再一種晃豁壇的人雪亦客禿,又有速客客者該、晃答豁兒名字的人,連他兒子速客該者溫;捏兀歹察合安不窪名字的人也來了。再一種斡勒忽訥的人輕吉牙歹,一種豁羅剌的人薛赤兀兒,一種朵兒別的人抹赤別都溫,一種亦乞列孫的人不圖這裏做女婿就隨著也宋了。再一種那牙乞的人種篩;一種斡羅納的人只兒豁安;一種巴魯剌思的入速忽薛禪、合剌察兒一同他兒子每也來了。再一種巴阿鄰的人豁兒赤、兀孫老人、闊闊搠思,與篾年巴阿鄰種的人一圈子也都來了。

その夜を徹して進み、夜が明けるころに見ると、ジャライル氏のカチウン・カラカイ・カラルダイの三人のトクラウン兄弟も従って来ていた。またタルクド氏のカダアン・ダルドゥルカンら兄弟五人も来た。またキヤト氏のマンゲトゥとその子オングルら、そしてチャンシウドとバヤウドの二つの氏の者たちも来た。またバルラスの一派のクビライとクドゥス、マンクドの一派のジェデイとドコルクの兄弟たちも来た。またボオルチュの弟オゲレンがアルラド氏から分かれて来た。ジェルメの弟チャウルカンとスベエテイがウリャンハ氏から分かれて来た。またベスドの一派のデゲイとクチュグル、スルドスの一派のチルグタイ・タキ・タイチウダイ、ジャライルの一派のセチェ・ドモク・アルカイ・カサル・バラが、二人の子まで連れて来た。またコンコタンの一派のスイケトゥ、そしてスケゲイ・ジェゲンとコンダコルという名の者がその子スケガイ・ジェウンとともに来て、ネウダイ・チャガアン・ブワという名の者も来た。またオルコヌドの一派のキンギヤダイ、コロラスの一派のセチウル、ドルベンの一派のモチ・ベドゥウン、イキレスの一派のブトがここで婿となって従って来た。またノヤキンの一派のジュンサイ、オロナルの一派のジルコアン、バルラスの一派のスク・セチェンとカラチャルがその子らとともに来た。またバアリンの一派のコルチとウスン老人とココチョスが、メネン・バアリン氏の一団とともにみな来た。

3コルチの夢 — 白い乳牛と角のない牛

豁兒赤來著說:「我賢能的祖孛端察兒拿得婦人處,同胞生了劄木合。並俺的祖,於劄木合行,不合分離的是來。因神明告的上頭,教我眼裏見了:有個慘白乳牛,來劄木合行,繞著將他房子車子觸著折了一角,那牛於劄木合處,揚著土,吼著說道:『劄木合將我角來。』又有個無角犍牛拽著個大帳房下樁,順帖木真行的車路吼著來,說道:『天地商量著,國土主人教帖木真做,我載著國,送與他去。』神明告於我,教眼裏見了。帖木真,我將這等言語告與你,你若做國的主人呵,怎生教我快活?」帖木真說:「我真個做呵,教你做萬戶。」豁兒赤說:「我告與你許多道理,只與我個萬戶呵,有甚麽快活?與了我個萬戶,再國土裏美好的女子,由我揀選三十個為妻;又不揀說甚言語,都要聽我!」

コルチが来て言った。「われらの賢かった祖ボドンチャルが捕らえて来た女から、同じ腹にジャムカが生まれました。われらの祖はジャムカと分かれるべきではなかったのです。ところが神明が告げたので、わたしはこういうものを目で見ました。白茶けた乳牛が一頭ジャムカのもとへ来て、その周りを回り、彼の家と車を突いて角を一本折りました。その牛はジャムカのほうで土をはね上げ、吼(ほ)えて『ジャムカは、わたしの角を出せ』と言いました。また角のない牛が一頭、大きな幕屋の杭(くい)を引いて、テムジンの行く車の道に沿って吼えながら来て、『天と地が相談して、国土の主をテムジンにさせることにした。わたしが国を載せて彼に送って行く』と言いました。神明がわたしに告げて、目で見させたのです。テムジンよ、わたしはこのような言葉を申し上げます。あなたが国の主となられたら、わたしをどのように喜ばせてくださいますか」。テムジンが言った。「わたしが本当にそうなったら、あなたを万戸にしよう」。コルチが言った。「わたしがこれほどの理(ことわり)を申し上げたのに、万戸一つを与えるだけでは、何の喜びがありましょう。万戸を与え、さらに国の内の美しい娘を三十人、わたしが選んで妻にできるようにしてください。また、わたしが何を言っても、すべて聞いてくださらなければなりません」。

4アルタン、クチャル、セチェ・ベキも来る

再格泥格思種的人忽難等,並答裏臺斡惕赤斤,又劄答剌種的人木勒合勒忽,及撒合亦惕種的人,又有主兒乞種的人莎兒合禿主兒乞,帶他兒子撒察別乞、泰出,又捏坤太子的兒子忽察兒別乞,又忽禿剌皇帝的兒子阿勒壇斡惕赤斤,都和圈子,自劄木合處分離著。帖木真在乞沐兒合小河,阿亦惕合剌合納地面下時,來相合了。自那裏起去,又到古列勒古地面裏桑沽兒河行,合剌主魯格地面,闊闊納浯兒名字的海子處,下了。

またゲニゲス氏のクナンら、そしてダリタイ・オトチギン、またジャダラン氏のムルカルク、サカイト氏の者たち、またジュルキン氏のソルカトゥ・ジュルキがその子セチェ・ベキとタイチュを連れて、またネクン・タイシの子クチャル・ベキ、またクトラ皇帝の子アルタン・オトチギンが、みな一団ごとジャムカから分かれて来た。テムジンがキムルカの小川のアイト・カラカナの地に下りていたときに来て合わさった。そこから移り、さらにグレルグの地のサングル川のほとりへ行き、カラ・ジルゲの地のココ・ナウルという名の湖のほとりに下りた。

5チンギスと号して皇帝に立てる

阿勒壇、忽察兒、撒察別乞眾人共商量著,對帖木真說:「立你做皇帝!你若做皇帝呵,多敵行,俺做前哨,但擄得美女婦人,並好馬,都將來與你!野獸行打圍呵,俺首先出去圍將野獸來與你!如廝殺時違了你號令,並無事時壞了你事呵,將我離了妻子家財,廢撇在無人煙地面裏者!」這般盟誓了,立帖木真做了皇帝,號成吉思。

アルタン・クチャル・セチェ・ベキら多くの者がともに相談して、テムジンに言った。「あなたを立てて皇帝としよう。あなたが皇帝となられたら、多くの敵に向かうときはわれらが先駆けとなり、美しい女や良い馬を得るたびに、みな持って来て差し上げよう。野の獣を囲い込むときは、われらがまず出て獣を囲んで追って差し上げよう。もし戦うときにあなたの号令に背き、事のないときにあなたの事を損なったなら、われらを妻子と家財から引き離し、人煙のない地に捨ててくれ」。このように誓って、テムジンを立てて皇帝とし、チンギスと号した。

6それぞれの役を定める

成吉思做了皇帝,教孛斡兒出弟斡歌來同合赤溫、哲臺、多豁勒忽四人帶子弓箭;汪古兒、雪亦客禿、合答安答勒都兒罕三人管了飲膳;叠該管牧放羊只;古出沽兒管修造車兩;多歹總管家內人口;又教忽必來、赤勒古臺、合兒孩脫忽剌溫三人,同弟合撒兒一處帶刀;弟別勒古臺與合剌勒歹脫忽剌溫二人,掌馭馬;泰亦赤兀歹忽圖、抹裏赤、木惕合勒忽三人,管牧養馬群;又分付阿兒該合撒兒、塔孩、速客該、察兀兒罕四人,如遠箭、近箭般做者。速別額臺勇士說:「我如老鼠般收拾,老鴉般聚集,蓋馬氈般蓋護,遮風氈般遮當,試那般做者。」

チンギスが皇帝となった後、ボオルチュの弟オゲレンとカチウン・ジェデイ・ドコルクの四人に弓矢を帯びさせ、オングル・スイケトゥ・カダアン・ダルドゥルカンの三人に食事を預け、デゲイに羊を飼う役を預け、クチュグルに車を造る役を預け、ドダイに家の内の人をすべて預けた。またクビライ・チルグタイ・カルカイ・トクラウンの三人に、弟カサルとともに刀を帯びさせ、弟ベルグテイとカラルダイ・トクラウンの二人に馬を扱う役を預け、タイチウダイ・クトゥ・モリチ・ムトカルクの三人に馬の群れを飼う役を預けた。またアルカイ・カサル・タカイ・スケガイ・チャウルカンの四人に言いつけて、遠矢と近矢のようにせよと命じた。スベエテイ勇士が言った。「わたしは鼠のように取り集め、烏のようにかき集め、馬を覆う毛氈(もうせん)のように覆い守り、風を防ぐ毛氈のように防ぎましょう。そのようにやらせてください」。

7ボオルチュとジェルメを皆の長とする

那裏成吉思又對孛斡兒出、者勒篾二人說:「我以前無伴當時,您二人首先與我作伴,我心裏不忘了。如今與這眾人為長著。」再對眾人說:「您眾人離了劄木合,想著來我根前,若天地護祐呵,您老的每久後都是我吉慶的伴當。」說著,都委付了。

その場でチンギスはまたボオルチュとジェルメの二人に言った。「わたしが以前、伴がなかったとき、あなたたち二人がいちばん先にわたしの伴となってくれた。わたしの心に忘れていない。いまこの多くの者たちの長となってくれ」。さらに多くの者たちに言った。「あなたたちはジャムカを離れ、わたしを思ってわたしのもとへ来た。天と地が守ってくれるなら、あなたたち古い者たちは後の日にみなわたしの福(さいわ)いの伴となるだろう」。こう言って、みなに役を授けた。

8トオリルが良しとする

成吉思既做了皇帝,差答孩、速客該往客列亦惕種的皇帝脫斡裏勒行去。脫斡裏勒說:「帖木真做了皇帝,好生是。您達達每若無皇帝呵,如何過?您每休把原商量的意思壞了。」這般說將來了。

チンギスが皇帝となった後、タカイとスケガイをケレイト氏の皇帝トオリルのもとへ遣わした。トオリルが言った。「テムジンが皇帝となったのは、まことに良いことだ。おまえたち韃靼の者に皇帝がなければ、どうして過ごせよう。おまえたちは、はじめに相談した心を損なってはならぬ」。このように言って来た。

9ジャムカがアルタンとクチャルを責める

成吉思又差阿兒孩合撒兒、察兀兒罕,往劄木合處去,劄木合說:「您每對帖木真根前的阿勒壇、忽察兒說:『帖木真安答,俺兩個因他離間著,教分離了。當初在一處時,您如何不立帖木真做皇帝?如今不知想甚麽,卻立做了皇帝?您當教帖木真安答心裏安著。您於帖木真根前,好好做伴者。」

チンギスはまたアルカイ・カサルとチャウルカンをジャムカのもとへ遣わした。ジャムカが言った。「あなたたちは、テムジンのもとにいるアルタンとクチャルにこう伝えてくれ。『テムジン・アンダとわれら二人は、あなたたちが仲を裂いたために分かれることになった。はじめ一つところにいたとき、あなたたちはどうしてテムジンを立てて皇帝にしなかったのか。いま何を思って立てて皇帝にしたのか。あなたたちはテムジン・アンダの心を安らかにしてさしあげるべきだ。あなたたちはテムジンのもとで、よく伴となってくれ』」。

10タイチャルが馬の群れを奪って背骨を射られる

後,劄木合的弟紿察兒於劄剌麻山前斡列該不剌合地面住,成吉思的伴當拙赤答兒馬剌在撒阿裏地面住。紿察兒將拙赤答兒馬剌的馬群搶了。他的伴當不敢趕去,拙赤答兒馬剌獨自襲將去,夜間到他馬群邊,伏在馬鬃上,將紿察兒脊梁射斷,將他馬趕回來了。

その後、ジャムカの弟タイチャルがジャラマ山の前のオレゲイ・ブラクの地に住み、チンギスの伴ジョチ・ダルマラがサアリの地に住んでいた。タイチャルがジョチ・ダルマラの馬の群れを奪って行った。その伴たちは追う勇気がなかったので、ジョチ・ダルマラは一人で後をたどって行き、夜にその馬の群れのそばに至って、馬のたてがみに伏せていて、タイチャルの背骨を射て断ち、自分の馬を追って帰って来た。

11十三翼の戦い — 七十の釜のこと

劄木合因為射殺他弟紿察兒,領著他一種並十三部,共三萬人,越過阿剌兀惕土兒合兀的嶺,要與成吉思廝殺。時成吉思在古連勒古的地面裏,有亦乞列思種的人木勒客脫塔黑、孛羅勒歹二人來報。成吉思知了,於是他的十三圈子內,也起了三萬人,迎著劄木合,到答闌巴勒主惕地面對陣。成吉思被劄木合推動,退著於斡難河哲列捏地面狹處屯劄了。劄木合於是回去,將赤那思地面有的大王每,教七十鍋都煮了,又斫斷捏兀歹察合安的頭,馬尾上拖著去了。

ジャムカは弟タイチャルを射殺されたことで、自分の氏と十三の部を率い、あわせて三万の人でアラウド・トルカウドの嶺(みね)を越え、チンギスと戦おうとした。そのときチンギスはグレルグの地にいたが、イキレス氏のムルケ・トタクとボロルダイの二人が来て知らせた。チンギスはそれを知って、自分の十三の団からも三万の人を起こし、ジャムカを迎えて、ダラン・バルジュドの地に至って陣を向かい合わせた。チンギスはジャムカに押されて退き、オノン川のジェレネの地の狭いところに陣を据えた。ジャムカはそこで帰りながら、チノスの地にいた大王たちを七十の釜(かま)でみな煮させ、またネウダイ・チャガアンの首を斬って馬の尾に引きずって行った。

12ジュルチェデイとクイルダルが来る — 宴の席での争い

那裏劄木合回了後,兀魯兀惕種的主兒扯歹,與忙忽種的忽余勒答兒,各引著他一族,離了劄木合,太祖行來了。又晃豁壇種的蒙力克也引著他七個子來了。太祖因這些百姓來了,喜歡著,於斡難河邊林裏做筵席。先於訶額侖並合撒兒、撒察別乞等行,放了一甕馬奶子。再於撒察別乞小娘額別該行,也放了一甕。因此上豁裏真、忽兀兒臣兩個娘子說:「俺根前如何不先放?」將廚子失乞兀兒打了。失乞兀兒說:「也速該把阿都兒、捏坤太子死了的上頭,被人這般打。」說著,大聲哭了。

そこでジャムカが帰った後、ウルウド氏のジュルチェデイとマンクド氏のクイルダルが、それぞれ自分の一族を率いてジャムカを離れ、太祖のもとへ来た。またコンコタン氏のムンリクも七人の子を率いて来た。太祖はこれらの民が来たのを喜んで、オノン川のほとりの林で宴を張った。まずホエルンとカサル、セチェ・ベキらに馬乳の甕(かめ)を一つ出し、さらにセチェ・ベキの小母エベゲイにも一つ出した。このためにコリジンとクウルチンの二人の夫人が「われらには、どうして先に出さないのか」と言って、料理人のシキウルを打った。シキウルは「イェスゲイ・バアトルとネクン・タイシが死んだために、人からこんな打ち方をされる」と言って、大声で泣いた。

13ブリ・ボコがベルグテイの肩を斬る

那筵席時,太祖教別勒古臺在外拿馬,就整理事;主兒乞處,教不裏孛闊整治。有合答斤的人來偷韁繩,被別勒古臺拿住。不裏孛闊護那人,將別勒古臺肩甲斫破了。別勒古臺也不以為事,流血行間,太祖於樹影下看見,問:「你如何被他這般做?」別勒古臺說:「雖傷了,不曾十分重,為我上頭,弟兄每休惡了。」

その宴のとき、太祖はベルグテイに外で馬を扱わせ、あわせて事を取り仕切らせ、ジュルキンの側ではブリ・ボコに取り仕切らせた。カタギンの者が来て手綱を盗もうとして、ベルグテイに捕らえられた。ブリ・ボコがその者をかばって、ベルグテイの肩を斬って傷つけた。ベルグテイはそれを大したことと思わず、血を流しながら歩いていたのを、太祖が木の陰の下から見て尋ねた。「おまえはどうして彼にこんなことをされたのか」。ベルグテイが言った。「傷つきはしましたが、それほど重くはありません。わたしのために兄弟たちが憎み合わないでください」。

14木の枝と乳を搗く杵で報いる

太祖不聽,將樹枝折折,又抽出撞馬乳的木椎廝打,把主兒乞勝了,又把豁裏真、忽兀兒臣兩個娘子奪將來。他每卻來商和,將兩個娘子還與了。以後使臣相往來間,大金因塔塔兒篾古真薛兀勒圖等不從他命,教王京丞相領軍來剿捕,逆著浯泐劄河,將篾古真薛兀勒圖襲著來。太祖知了。

太祖は聞き入れず、木の枝を折り、また馬乳を搗(つ)く木の杵(きね)を抜いて打ち合い、ジュルキンに勝って、コリジンとクウルチンの二人の夫人も奪って来た。彼らが和を求めて来たので、二人の夫人を返してやった。その後、使いが行き来する間に、大金国はタタルのメグジン・セウルトゥらが命に従わないとして、王京丞相に軍を率いて討たせ、ウルジャ川を遡ってメグジン・セウルトゥを追って来た。太祖はこれを知った。

15ウルジャ川で金国とともにタタルを討つ

太祖說:「在前,塔塔兒將我祖宗父親廢了的冤仇有麽道。如今趁著這機會,可以夾攻他。」遂使人對脫斡鄰說:「如今金國差王京,將塔塔兒篾古真等逆著浯勒劄河襲將來也。他正是廢了我祖父的仇家,父親可以助我夾攻。」脫斡鄰許了軍馬,整治了三日,親自到來。太祖又使人對主兒乞種的撒察別乞、泰出將這報仇的意思說將去,要他來助。待了六日不來,太祖遂與脫斡鄰引軍順浯勒劄河,與王京夾攻塔塔兒。時塔塔兒在忽速禿失禿延地面立了寨子,被太祖脫斡鄰攻破,將塔塔兒篾古真薛兀勒圖殺了。

太祖が言った。「昔、タタルがわが祖父と父を害した仇がある。いまこの機会に乗じて、挟み撃ちにできる」。そこで人を遣わしてトオリルに伝えた。「いま金国が王京を遣わして、タタルのメグジンらをウルジャ川を遡って追って来ています。彼こそわが祖父と父を害した仇の家ですから、父上はわたしを助けてともに挟み撃ちにしてください」。トオリルは軍馬を出すことを許し、三日支度して自ら来た。太祖はまた人を遣わして、ジュルキン氏のセチェ・ベキとタイチュにこの仇を返す心を伝え、助けに来てくれるよう求めた。六日待っても来なかった。太祖はついにトオリルとともに軍を率いてウルジャ川に沿って下り、王京とともに挟み撃ちにしてタタルを討った。そのときタタルはクストゥ・シトゥエンの地に砦を立てていたが、太祖とトオリルがこれを破り、タタルのメグジン・セウルトゥを殺した。

16ジャウクリと王の名分を受ける — シギ・クトゥクを得る

金國的王京,知太祖與脫斡鄰將塔塔兒寨子攻破,殺了篾古真等,大歡喜了。與太祖劄兀忽裏的名分,脫斡鄰王的名分。王京又對太祖說:「殺了篾古真等,好生得你濟,我回去金國皇帝行奏知,再大的名分,招討官教你做者。」說罷,自那裏回去了。太祖與脫斡鄰將塔塔兒共擄著,也各自回家去了。太祖軍在塔塔兒營盤裏時,拾得個小兒,鼻上帶一個金圈子,又金綜絲貂鼠裏兒做兜肚,與了母訶額侖。訶額侖說:「必是好根腳人的兒子。」喚做失乞刊忽都忽的名字,教做第六個兒子。

金国の王京は、太祖とトオリルがタタルの砦を破り、メグジンらを殺したことを知って大いに喜んだ。太祖にジャウクリの名分を、トオリルに王の名分を与えた。王京はまた太祖に言った。「メグジンらを殺したのは、まことにあなたの助けを得たことだ。わたしは帰って金国の皇帝に申し上げ、さらに大きな名分として招討官にさせよう」。言い終えて、そこから帰って行った。太祖とトオリルはタタルをともに捕らえ、それぞれ家へ帰って行った。太祖の軍がタタルの営の跡にいたとき、鼻に金の輪を付け、金糸を混ぜて織った貂(てん)の裏地で腹当てをした男の子を一人拾って、母ホエルンに差し上げた。ホエルンは「きっと良い家柄の人の子だ」と言って、シギ・クトゥクという名を付け、六番目の子とさせた。

17ジュルキンを討つ — セチェ・ベキとタイチュを斬る

太祖落後下的老小營,在合澧泐海子邊,被主兒乞將五十人剝了衣服,十人殺了。人來告與太祖。太祖大怒,說:「何故被主兒乞如此做?先在斡難河林裏做筵席時,他的人將廚子打了,又將別勒古臺肩甲斫破了。今遍為祖宗的上頭,要同他報仇,他又不來。倒倚著敵人,又做了敵人。」於是引著軍馬,剿捕主兒乞去。至客魯漣河前朵羅安孛勒答兀地面,將主兒乞百姓擄了,獨撒察別乞、泰出兩人罄身走至叠列禿口子行,被太祖拿住。太祖問:「你在前與我說甚麽來?」兩人說:「俺自說的言語不曾依。」遂伸頸就戮,太祖於是殺了。

太祖が後に残して置いた老人と子らの営がカリルト湖のほとりにあったが、ジュルキンが五十人の衣を剥(は)ぎ、十人を殺した。人が来て太祖に知らせた。太祖は大いに怒って言った。「どうしてジュルキンにこんなことをされるのか。先にオノン川の林で宴を張ったとき、その者が料理人を打ち、またベルグテイの肩を斬った。今度は祖先のためにともに仇を返そうと言ったのに、来もしなかった。かえって敵に寄りかかり、いまは自ら敵となった」。そこで軍馬を率いてジュルキンを討ちに行った。ケルレン川の前のドロアン・ボルダウドの地に至ってジュルキンの民を捕らえた。ただセチェ・ベキとタイチュの二人だけが身一つでテレトゥの口へ逃げたが、太祖に捕らえられた。太祖が尋ねた。「おまえたちは以前、わたしに何と言ったか」。二人が言った。「われらは自分の言った言葉を守りませんでした」。そうして首を伸べて死を受けたので、太祖は殺した。

18ムカリとボロクルが入る

太祖既殺了撒察別乞、泰出,回至主兒乞營,將主兒乞百姓起了。時劄剌赤兒種的人帖列格禿伯顏有三子,教長子古溫兀阿將他二子模合裏、不合拜見太祖,與了。說:「教永遠做奴婢者,若離了你門戶呵,便將腳筋挑了,心肝割了。」又教第二子赤刺溫孩亦赤也將自己二子統格、合失拜見,說;「教與你看守金門,若離了時,便將他性命斷了者。」又將第三子者卜客與了太祖弟合撒兒。者卜客於主兒乞營內得了一個小兒,名孛羅兀勒,獻與了訶額侖母。

太祖はセチェ・ベキとタイチュを殺した後、ジュルキンの営に帰ってジュルキンの民を移した。そのとき、ジャライル氏のテレゲトゥ・バヤンに三人の子があり、長子グウン・ウアにその二人の子ムカリとブカを連れて太祖に拝謁させ、差し出して言った。「永く下僕とさせます。もしあなたの門を離れたら、踵(かかと)の筋を抜き、心肝を割いてください」。また次子チラウン・カイチも自分の二人の子トンゲとカシを連れて拝謁させ、言った。「あなたの金の門を守らせます。もし離れたら、その命を断ってください」。また三子ジェブケは太祖の弟カサルに与えた。ジェブケはジュルキンの営の中で男の子を一人得たが、名はボロクルで、ホエルン母君に献じた。

19母が育てた四人の子 — 目と耳とする

訶額侖前後得的小兒,古出、闊闊出、失吉刊忽禿忽、孛羅兀勒四個,與他兒子每日做眼教看,每夜做耳教聽,因此養了。

ホエルンが前後に得た子、クチュ・ココチュ・シギ・クトゥク・ボロクルの四人を、自分の子らに、昼は目となって見させ、夜は耳となって聞かせるために、このように育てた。

20ジュルキンという名の由来

主兒乞種的緣故。初,合不勒皇帝有七子,長名斡勒巴剌合合不勒。因其最長,於百姓內選揀有膽量、有氣力、剛勇能射弓的人,隨從他,但有去處,皆攻破,無人能敵,故名主兒乞。太祖將此種人也服了,又將他百姓做自己的百姓了。

ジュルキン氏の由来はこうである。はじめ、カブル皇帝に七人の子があり、長子の名はオキン・バルカクであった。彼が長子であったので、民の中から胆(きも)が大きく力が強く、剛(こう)く弓をよく射る者を選び取って従わせたところ、行く先々でみな打ち破り、当たる者がなかった。それでジュルキンといった。太祖はこの氏も服させ、その民を自分の民とした。

21ブリ・ボコの背骨が折られる

太祖一日教不裏孛可與別勒古臺廝搏。先,別勒古臺與不裏孛可廝搏時,不裏孛可用一手一足搏倒,教不能動。至此,不裏孛可佯為力不及別勒古臺,倒了。別勒古臺一邊壓著,回顧太祖。太祖將下唇咬著,於是別勒古臺知其意,用膝將他脊背按著,兩手捉住他項,用力向後折,折了脊骨。不裏孛可說:「我本不輸,因怕成吉思,佯為力不勝,卻將我性命送了。」初,合不勒皇帝七子,長名斡勒巴兒合;次子名巴兒壇把阿禿兒,巴兒壇的子名也速該,也速該子即是太祖;其第三子,名忽禿黑禿蒙列兒,蒙列兒的子即是不裏孛可,不裏孛可將巴兒壇子孫行隔越了,卻與巴兒合勇猛的子孫行作伴,所以雖有一國不及之力,終不免折折腰死了。

太祖はある日、ブリ・ボコとベルグテイに相撲をとらせた。先に、ベルグテイがブリ・ボコと相撲をとったときには、ブリ・ボコは片手片足で投げ倒し、動けなくさせていた。この度は、ブリ・ボコがベルグテイに力が及ばぬふりをして倒れた。ベルグテイが片側から押さえながら、太祖を振り返った。太祖は下唇を噛(か)んだ。そこでベルグテイはその意を察し、膝でその背を押さえ、両手で首をつかんで力いっぱい後ろへ折り、背骨を折ってしまった。ブリ・ボコが言った。「わたしはもともと負けたのではない。チンギスを怖れて力が及ばぬふりをしたために、かえってわが命を失うのだ」。はじめ、カブル皇帝の七人の子のうち、長子はオキン・バルカク、次子はバルタン・バアトルで、バルタンの子がイェスゲイ、イェスゲイの子が即(すなわ)ち太祖である。その三子はクトクトゥ・モンレルで、モンレルの子が即ちブリ・ボコである。ブリ・ボコはバルタンの子孫を遠ざけ、かえってバルカクの猛(たけ)き子孫と連れ立った。それゆえ、一国も及ばぬ力を持ちながら、ついに腰を折られて死ぬことを免れなかった。