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巻五元朝秘史 卷05

元朝秘史(モンゴルの秘められた歴史) 元朝秘史 · 作者未詳 · 子年(1228年頃)成立 · 明初の漢文本 · 段落 13 · 漢字 2,403字 · 朗読 9.6分

元朝秘史(モンゴルの秘められた歴史) 全一巻 「はじめ元の人の祖先は、天が生んだ青い色の狼一匹であった」 — モンゴルの人が自らの手で記した最も古い書。テムジンが九歳で父を失って捨てられたところから始まり、オノン川の水に顔だけを出して夜を越え、羊毛の車に隠されて生き延び、ついに九本脚の白い旗を立てるまでが収められている。母ホエルンが両の乳を出して息子たちを叱り、ジャムカが「四匹の犬」を並べ立て、血を流さずに殺してほしいと請う場面は、正史が消した声である。元史高麗伝と対になる位置に置かれる。

1十一の部落がジャムカを皇帝に立てる

其後雞兒年,合塔斤等十一部落,於阿勒灰不剌阿地麵聚會商議,欲立劄木合做君,於是眾部落共殺馬設誓訖,順額洏古涅河。至於刊沐連河洲的地行,將劄木合立做了皇帝,欲攻成吉思與王罕。被豁羅剌思種的人豁裏歹,到古連勒古地麵,告與成吉思。成吉思使人告與王罕,王罕於是收集軍馬,成吉思行來了。

その後、酉(とり)の年に、カタギンなど十一の部落がアルクイ・ブラクの地に集まって相談し、ジャムカを君主に立てようとした。そこで諸部落がともに馬を殺して誓いを立て、エルグネ川に沿って下り、カン・ムレン川の中州の地に至って、ジャムカを立てて皇帝とし、チンギスとオン・カンを攻めようとした。コロラス氏の者コリダイがグレルグの地に至って、チンギスに知らせた。チンギスは人を遣わしてオン・カンに知らせ、オン・カンはそこで軍馬を集め、チンギスのもとへ来た。

2コイテンへの道 — 先駆けが行き合う

王罕與成吉思相合著,順客魯連河,迎著劄木合去。成吉思使阿勒壇等三人作頭哨。王罕使桑昆等三人作頭哨。其頭哨內又自差人,前去額捏堅歸列禿、撤克撒列、赤忽兒忽三處地麵哨望。其阿勒壇等,至兀乞惕牙地麵,有赤忽兒忽哨望人來報說:“敵人將至。”其阿勒壇等,遂前迎去拿消息。行間,遇劄木合頭哨阿兀出把阿禿兒等四人,說話了。見天色已晚,卻回來大軍營內宿了。

オン・カンとチンギスは合わさって、ケルレン川に沿ってジャムカを迎えに行った。チンギスはアルタンら三人を先駆けとし、オン・カンはセングムら三人を先駆けとした。その先駆けの中からさらに人を選び、エネゲン・グイレトゥ・チャクサリ・チクルクの三つの地へ先に行って物見をさせた。アルタンらがウキトヤの地に至ったとき、チクルクの物見の者が来て知らせた。「敵がもう来ます」。アルタンらはついに前へ進んで様子を探りに行った。行くうちに、ジャムカの先駆けアウチュ・バアトルら四人に出会って、言葉を交わした。空がすでに暮れたので、大軍の営に戻って寝た。

3風雨を呼ぼうとして自軍が谷に落ちる

至次日,成吉思軍與劄木合軍相接,於闊亦田地麵對陣。布陣間,劄木合軍內不亦魯黑、忽都合兩人有術,能致風雨,欲順風雨擊成吉思軍。不意風雨逆回,天地暗晦。劄木合軍不能進,皆墜澗中,劄木合等共說:“天不護祐,所以如此。”軍遂大潰。

翌日、チンギスの軍とジャムカの軍がぶつかり、コイテンの地で陣を向かい合わせた。陣を立てる間に、ジャムカの軍の中にいたブイルクとクドゥカの二人が術を持ち、風雨を呼ぶことができたので、風雨を背にしてチンギスの軍を討とうとした。ところが思いがけず風雨が逆に返り、天と地が暗くなった。ジャムカの軍は進めず、みな谷に落ちた。ジャムカらがともに言った。「天が守ってくれないので、こうなったのだ」。軍はついに大きく崩れた。

4アウチュ・バアトルを追う

劄木合軍既潰散後,乃蠻等十一種各回部落。劄木合將立他的百姓擄了,順額洏古涅河回去。於是王罕追劄木合,成吉思追泰亦赤兀惕種阿兀出把阿禿兒。阿兀出把阿禿兒至自己部落,將百姓起了,渡過斡難河,整治軍馬,候成吉思來對戰。成吉思既到,連戰數合。日晚,各就戰地處相抗著宿了。

ジャムカの軍が崩れ散った後、ナイマンなど十一の氏はそれぞれ自分の部落へ帰った。ジャムカは自分を立ててくれた民をかえって捕らえ、エルグネ川に沿って帰って行った。そこでオン・カンはジャムカを追い、チンギスはタイチウド氏のアウチュ・バアトルを追った。アウチュ・バアトルは自分の部落に至って民を移し、オノン川を渡って軍馬を整え、チンギスが来るのを待って向き合った。チンギスが至って、幾合も続けて戦った。日が暮れると、それぞれ戦った場所で向かい合ったまま寝た。

5ジェルメが身一つで敵陣に入る

成吉思與泰亦赤兀惕戰時,其頸被傷,流血蒼黃之甚。有臣者勒篾將壅血吮去。至夜半,成吉思方醒悟,說:“我血已自幹了,好生渴得甚!”者勒篾乃裸身徑去敵人營內,於車箱中尋馬乳不得,止有酪一桶,挈回來。其來往間,曾無一人見者。又尋水來,將酪調開,與成吉思飲。成吉思旋飲旋歇,三次方已。成吉思說:“我眼已明,心已省了。”遂起身坐間,天明,及視坐處流的血,都如泥濘。成吉思說:“如何這般做?遠些棄嗬不好?”者勒篾說:“荒忙不及遠去,又怕離了你。當地咽的咽了,吐的吐了,我肚裏也入去了多少。”成吉思又說:“我傷既如此,你如何裸身入敵營?倘若被擒,你豈不說我被傷?”者勒篾說:“我若被擒,我說:‘本是投降你的人,被他每得知,將衣服脫去欲殺間,遂扯脫走來。’彼必以我言語為至誠,必與我衣服,用我。我必將他馬騎了走來。”成吉思說:在前被篾兒乞惕於不而罕山困我時,你曾救我性命。今次又將壅血吮去。我正幹渴,你又舍命尋將酪來與我吃,使我心內開豁。這三次恩,我心中永不忘了。”

チンギスがタイチウドと戦ったとき、首を傷つけられ、血を流して顔色がひどく青ざめた。臣のジェルメが凝(こ)った血を吸い出した。夜半になってやっとチンギスは我に返って言った。「わが血はもう乾いた。ひどく渇く」。ジェルメはそこで身一つで、まっすぐ敵の営の中へ行き、車の箱の中から馬乳を探したが得られず、ただ酪(らく)が一桶あったので、それを持って帰った。その行き来の間、一人も見た者がなかった。さらに水を探して来て、酪を溶いてチンギスに飲ませた。チンギスは飲んでは休み、三度めにやっと止めた。チンギスが言った。「わが目はもう明るくなり、心も覚めた」。そうして起きて座るうちに夜が明けた。座っていたところに流れた血を見ると、すべて泥沼のようであった。チンギスが言った。「どうしてこんなことをしたのか。少し遠くへ捨てたほうがよかったではないか」。ジェルメが言った。「急いで遠くへ行く暇がなく、またあなたのそばを離れるのが怖かったのです。その場で、飲み込めるものは飲み込み、吐くものは吐きましたので、わたしの腹の中にも少なからず入りました」。チンギスがまた言った。「わたしがこのように傷ついているのに、おまえはどうして身一つで敵の営に入ったのか。もし捕らえられたら、わたしが傷ついていることを言わなかったか」。ジェルメが言った。「わたしが捕らえられたら、こう言うつもりでした。『もともとおまえたちに降(くだ)ろうとした者だが、あちらに気づかれて衣を脱がされ、殺されかけたので、振り切って逃げて来た』。彼らは必ずわたしの言葉を真(まこと)と思って、衣を与えてわたしを使うでしょう。そうすれば、わたしは彼らの馬に乗って逃げて来たはずです」。チンギスが言った。「昔、メルキトがブルカン山でわたしを追い込んだとき、おまえはわが命を救ってくれた。今度はまた凝った血を吸い出してくれた。わたしが渇いているとき、おまえはまた命を懸けて酪を探して来て飲ませ、わたしの胸を開いてくれた。この三度の恩を、わたしの心に永く忘れまい」。

6赤い衣の女がテムジンを呼ぶ

次日,成吉思視敵人,已於夜間潰散去子。營內百姓,自料不能逃,就不曾起去。成吉思上馬,將已走的百姓,亦當將回來。忽山嶺上見一個穿紅的婦人,哭著大聲叫帖木真。成吉思遂使人去問,那婦人說:“我是鎖兒罕失剌女,名合答安,丈夫見被軍要殺,所以喚帖木真來救。”成吉思既知,便去救。比成吉思至,其夫已被軍殺了。成吉思遂於此地下營,將合答安至,與之並坐。至次日,鎖兒罕失剌、者別二人來見。二人原係泰亦赤兀惕種脫朵格家人。成吉思對鎖兒罕失剌說:“在前,我帶的枷,你父子每脫去,有恩於我。如何來遲?”鎖兒罕失剌說:“我心已自倚仗著你,若早來,恐泰亦赤兀惕將我妻子誅滅了,所以今日方來。”

翌日、チンギスが敵を見ると、すでに夜のうちに崩れ散っていた。営の中の民は、自分たちでは逃げられないと思って移って行かなかった。チンギスは馬に乗り、すでに逃げた民まで当然連れ帰ろうとした。ふと山の尾根の上に、赤い衣を着た女が一人、泣きながら大声でテムジンを呼んでいるのを見た。チンギスが人を遣わして尋ねると、その女が言った。「わたしはソルカン・シラの娘で、名はカダアンです。夫がいま軍に殺されようとしているので、テムジンを呼んで救ってもらおうとしているのです」。チンギスはそれを知ってすぐに救いに行った。しかしチンギスが至ったとき、その夫はすでに軍に殺されていた。チンギスはついにこの地に営を下ろし、カダアンを来させて並んで座らせた。翌日、ソルカン・シラとジェベの二人が来て会った。二人はもともとタイチウド氏のトドゲの家の者であった。チンギスがソルカン・シラに言った。「昔、わたしがはめられていた首枷を、あなたたち父子が外してくれて、わたしに恩があった。どうしてこれほど遅く来たのか」。ソルカン・シラが言った。「わたしの心はすでにあなたを頼みにしていましたが、早く来ればタイチウドがわたしの妻子を討ち滅ぼすのを怖れて、今日になってやっと来たのです」。

7ジェベ — 鏃(やじり)という名

成吉思問者別:“闊亦田地麵對陣時,自嶺上將我馬項骨射斷的,果是誰?”者別說:“是我射來。如今皇帝教死嗬,止汙手掌般一塊地。若教不死嗬,我願出氣力,將深水可以橫斷,堅石可以衝碎。”成吉思說:“但凡敵人害了人的事,他必隱諱了不說。如今你卻不隱諱,可以做伴當。”初,者別本名隻兒豁阿歹,因他射死戰馬能的上頭,賜名者別,如戰馬般用著他。者別,軍器之名也。

チンギスがジェベに尋ねた。「コイテンの地で陣を向かい合わせたとき、尾根の上からわが馬の首の骨を射て断ったのは、本当は誰だ」。ジェベが言った。「わたしが射ました。いま皇帝が死ねと言われるなら、手のひらほどの地を汚すだけです。死なせないと言われるなら、わたしは力を尽くし、深い水も横に断ち、堅い石も突き砕きましょう」。チンギスが言った。「およそ敵というものは、人を害した事は必ず隠して言わぬものだ。それをおまえは隠さぬのだから、伴とするに足る」。はじめ、ジェベの本の名はジルコアダイであったが、戦馬を射殺す腕が優れていたので、ジェベという名を与え、戦馬のように使った。ジェベとは、武具の名である。

8クバカヤで冬を越す

成吉思將泰亦赤兀的阿兀出把阿禿兒等子孫殺盡,將百姓起來,至忽巴合牙地麵住冬了。

チンギスはタイチウドのアウチュ・バアトルらの子孫をすべて殺し、民を移して、クバカヤの地に至って冬を越した。

9ナヤアが自分の主を放して帰す

泰亦赤兀惕種的官人塔兒忽台乞鄰勒禿,因與成吉思有仇,避於林中。其家人失兒古額禿老人,並二子阿剌黑、訥牙阿將塔兒忽台乞鄰勒兀,欲獻與成吉思。其人體肥,不能騎馬,載於車內。塔兒忽台乞鄰勒禿有弟並子追至,失兒古額禿老人懼怕,遂將塔兒忽台乞鄰勒禿壓住,抽出刀子,說:“我殺你也死。不殺你也死,不如先殺了你,我然後死。”塔兒忽台乞鄰勒禿呼其弟與子說:“他要殺我!若殺子我,你每要我死屍何用?不如快回去,便送到帖木真處,也必不殺我。我於帖木真少時,亦曾有恩。”其弟與子遂回了。失兒古額禿至忽禿忽地麵,其子納牙阿說:“我每若將他拿至帖木真處,必說我每拿了正主,難做伴當,必將咱每殺了。不如放回去,對帖木真說:‘我每本將塔兒忽台乞鄰勒禿拿來,因是正主,心內不忍的上頭,放回去了。’成吉思必容我每。”於是放回去了,到成吉思處,備言其事。成吉思說:“若你每將他拿來,我必殺了你每。你每不忍,卻放了也。好!”所以特賞納牙阿。

タイチウド氏の官人タルグタイ・キリルトゥクは、チンギスと仇になっていたため、林の中に逃れていた。その家の者シルグエトゥ老人と二人の子アラクとナヤアが、タルグタイ・キリルトゥクをチンギスに献じようとした。その人は体が肥えていて馬に乗れなかったので、車の中に載せた。タルグタイ・キリルトゥクの弟と子が追って来たので、シルグエトゥ老人は怖れて、ついにタルグタイ・キリルトゥクを押さえ付け、刀を抜いて言った。「わたしはおまえを殺しても死ぬ。殺さなくても死ぬ。先におまえを殺してから、わたしが死ぬほうがよい」。タルグタイ・キリルトゥクは自分の弟と子を呼んで言った。「彼らはわたしを殺そうとしている。もしわたしを殺せば、おまえたちはわたしの死骸を何に使うのか。早く帰るほうがよい。テムジンのもとへ連れて行かれても、必ずわたしを殺しはしまい。わたしはテムジンが幼いころ、恩を施したこともある」。その弟と子はついに帰った。シルグエトゥがクトゥクの地に至ったとき、その子ナヤアが言った。「われらが彼を捕らえてテムジンのもとへ連れて行けば、きっとわれらが自分の主を捕らえたと言って、伴にしがたいとして、われらを殺すでしょう。放して帰し、テムジンにこう言うほうがよい。『われらはもともとタルグタイ・キリルトゥクを捕らえて来たのですが、自分の主であるため、心に忍びず、放して帰しました』。そうすればチンギスは必ずわれらを受け入れるでしょう」。そこで放して帰し、チンギスのもとへ至ってその事をつぶさに申し上げた。チンギスが言った。「おまえたちが彼を捕らえて来たなら、わたしは必ずおまえたちを殺したであろう。おまえたちは忍びずに放してやった。よくやった」。そこで特にナヤアに賞を与えた。

10オン・カンとイェスゲイが誼を結んだ由来

在後,成吉思在帖兒速地,而有客列亦種人劄合敢不來降。時,篾兒乞欲與成吉思戰,成吉思遂與劄合敢不將篾兒乞戰退。又客列亦種及那禿別幹、董合等姓潰散的百姓,亦來降。初,客列亦種王罕與成吉思父也速該契交之故。因在先,王罕將父忽兒察忽思不亦魯罕的諸弟殺戮,被叔古兒罕欲殺王罕,追至合剌溫山內,止有百人,至也速該處。也速該卻將古兒罕趕入合申地麵,將原有的百姓,還收集與王罕。其契交之故,是那般。

その後、チンギスがテルストの地にいたとき、ケレイト氏の者ジャカ・ガンブが来て降った。このときメルキトがチンギスと戦おうとしたので、チンギスはジャカ・ガンブとともにメルキトを戦い退けた。またケレイト氏およびトゥベゲン・ドンカイドなどの姓の、崩れ散っていた民も来て降った。はじめ、ケレイト氏のオン・カンとチンギスの父イェスゲイが誼を結んだ由来はこうである。以前、オン・カンが父クルチャクス・ブイルク・カンの弟たちを殺したので、叔父のグル・カンがオン・カンを殺そうとしてカラウン山の中まで追い、残る者が百人だけとなって、イェスゲイのもとへ来た。イェスゲイはかえってグル・カンをカシンの地へ追い払い、もとの民を集め直してオン・カンに与えた。誼を結んだ由来はそのようである。

11オン・カンが五頭の羊と駱駝の血で命をつなぐ

後,王罕欲殺其弟額兒客合剌。其弟走入乃蠻種亦難察處,亦難察起軍,將王罕卻趕入合剌乞圪塔種古兒罕處去。不多時,王罕反了古兒罕,從畏兀、唐兀二種經過時,止有五個古曆羊擠乳,駱駝上刺血吃。行至古泄兒海子,成吉思因與王罕有舊,使勇士速客該去迎,又自隨後至客魯連河源頭,迎見王罕。至營,成吉思遂使百姓供給。是年,在忽巴合牙地麵住過冬了。

その後、オン・カンはその弟エルケ・カラを殺そうとした。その弟はナイマン氏のイナンチャのもとへ逃げ、イナンチャが軍を起こして、オン・カンをかえってカラ・キタイ氏のグル・カンのもとへ追い払った。間もなく、オン・カンはグル・カンに背き、ウイグルとタングトの二つの氏の地を通るときには、痩せた羊五頭の乳を搾り、駱駝(らくだ)に傷をつけて血を飲んで過ごした。グセウル湖に至ったとき、チンギスはオン・カンと旧(ふる)い誼があったので、勇士スケガイを遣わして迎えさせ、また自ら後から行ってケルレン川の源に至り、オン・カンを迎えて会った。営に至って、チンギスは民に供給させた。その年は、クバカヤの地で冬を越した。

12弟たちがオン・カンの昔の事を数え立てる

其王罕的弟,並眾官人等數著說:“王罕心性惡,將兄弟每都殺戮盡;自家百姓,又被殘害。如今將他如何報?且他在前七歲時,曾被篾兒乞擄去舂碓。十三歲時,又被塔塔兒和母子擄去,使他牧放。後懼乃蠻攻殺,他又走去回回地麵垂河行,投入合剌乞塔種古兒皇帝處。不及一年,又反出去,經過禿兀、唐兀地麵,艱難至甚,被帖木真賑濟了。如今將前恩又忘了,反生歹心,咱每如何好說?”後有阿勒屯阿倏黑將前語告於王罕,將共商量的諸弟及官人額勒忽禿兒、忽勒巴裏、阿鄰太子等皆拿住,隻有弟劄合敢不走入乃蠻處去。額勒忽禿兒等係禁在房內,王罕說:“咱過禿兀、唐兀時,說甚麼言語來?你每如此!我不與你每一般。”使眾人唾其麵,然後疏放了。

そのオン・カンの弟たちと多くの官人らが数え立てて言った。「オン・カンは心が悪く、兄弟をみな殺し尽くし、自分の民もまた害した。いま彼にどう報いればよいか。しかも彼は昔、七歳のときにメルキトに捕らえられて臼(うす)を搗(つ)かされた。十三歳のときにはまたタタルに母とともに捕らえられ、家畜を飼わされた。その後はナイマンに攻め殺されるのを怖れ、また回回(ムスリム)の地のチュイ川のほとりへ逃げ、カラ・キタイ氏のグル皇帝のもとに身を寄せた。一年も経たずにまた背いて出て、ウイグルとタングトの地を通り、ひどく苦しんでいたところを、テムジンに救われた。いま昔の恩をまた忘れ、かえって悪い心を起こすのだから、われらは何と言えばよいか」。後にアルトン・アシュクがこの言葉をオン・カンに告げた。オン・カンはともに相談した弟たちと官人エル・クトゥル・クルバリ・アリン・タイシらをみな捕らえて閉じ込めた。ただ弟ジャカ・ガンブだけがナイマンのもとへ逃げた。エル・クトゥルらを部屋の中に閉じ込めて、オン・カンが言った。「われらがウイグルとタングトを通ったとき、何と言ったか。おまえたちはこうなのか。わたしはおまえたちとは違う」。そうして多くの者にその顔に唾を吐かせ、その後で放してやった。

13チャガアン・タタルを討つときに下した軍令

其後,狗兒年秋,成吉思於答闌捏木兒格思地麵,與察阿安塔塔兒等四種對陣。未戰之先,號令諸軍:“若戰勝時,不許貪財,既定之後均分。若軍馬退動,至原排陣處,再要翻回力戰。若至原排陣處,不翻回者斬。”於是戰勝了塔塔兒,遂至兀勒灰河,失魯格勒隻惕地麵,並四種奧魯擄盡。初戰時,有阿勒壇等犯軍令搶物,成吉思使者別、忽必來盡奪了他所得的財物。

その後、戌(いぬ)の年の秋、チンギスはダラン・ネムルゲスの地で、チャガアン・タタルなど四つの氏と陣を向かい合わせた。戦う前に、諸軍に号令した。「戦って勝っても財を貪(むさぼ)ってはならぬ。すべて定まった後に等しく分ける。軍馬が退くときは、はじめに陣を立てた場所に至って、再び向き直って力を尽くして戦え。はじめに陣を立てた場所に至って向き直らぬ者は斬る」。そうしてタタルに勝ち、ウルクイ川のシルゲルジドの地に至って、四つの氏の輜重(しちょう)まで残らず捕らえた。はじめ戦うとき、アルタンらが軍令を破って物を奪ったので、チンギスはジェベとクビライに命じて、彼らが得た財物をすべて奪い取らせた。