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巻七元朝秘史 卷07

元朝秘史(モンゴルの秘められた歴史) 元朝秘史 · 作者未詳 · 子年(1228年頃)成立 · 明初の漢文本 · 段落 16 · 漢字 3,840字 · 朗読 15.4分

元朝秘史(モンゴルの秘められた歴史) 全一巻 「はじめ元の人の祖先は、天が生んだ青い色の狼一匹であった」 — モンゴルの人が自らの手で記した最も古い書。テムジンが九歳で父を失って捨てられたところから始まり、オノン川の水に顔だけを出して夜を越え、羊毛の車に隠されて生き延び、ついに九本脚の白い旗を立てるまでが収められている。母ホエルンが両の乳を出して息子たちを叱り、ジャムカが「四匹の犬」を並べ立て、血を流さずに殺してほしいと請う場面は、正史が消した声である。元史高麗伝と対になる位置に置かれる。

1ジャムカが陣の立て方を教え、ひそかに知らせる

成吉思聽了巴歹、乞失裏說,就那夜對附近可倚附的伴當每說知,將家內物件棄了,遂往躲於卯溫都兒山陰去處。行時,教者勒蔑做後哨,哨望著。至明日午後,於合剌合勒只惕額列惕地面歇息。中間,有阿勒赤歹放馬的赤吉歹等來報,自卯溫都兒山前,望見忽剌安不剌合惕地面塵起,敵人來到也。成吉思上馬行了,此時王罕同劄木合來,問劄木合道:帖木真處廝殺的有誰?」劄木合說:「兀魯兀惕、忙忽惕那二種百姓能廝殺,雖當混戰時不亂,從小槍刀裏慣,他的旄纛或花或黑,見時可提防著。」王罕說:「那般呵!教咱只兒斤勇士合答黑吉沖他者,隨後再教土綿土別幹姓的阿赤黑失侖、斡蠻董合亦惕勇士豁裏失列門太子,領一千護衛的人,以次應援,最後仍教咱大中軍沖者。」王罕又說:「我這軍馬,劄木合弟,你整治者。」於是劄木合分出去了。劄木合對他伴當每說:「我在前常不能敵帖木真來,如今王罕教我整治他軍馬,看來他又不及我,可以報與帖木真安答知道。」於是劄木合暗遣人將前言說與成吉思:「似這等,必不能勝你。你休怕,謹慎者。」

チンギスはバダイとキシリクの言葉を聞いて、その夜のうちに近くの頼れる伴たちに知らせ、家の中の物を捨てて、マウ・ウンドゥル山の北へ逃れて行った。行くとき、ジェルメを後ろの物見として見張らせた。翌日の昼過ぎ、カラカルジド・エレドの地で休んでいる間に、アルチダイの馬飼いチギダイらが来て知らせた。「マウ・ウンドゥル山の前から眺めると、クラアン・ブルカドの地に土煙が立ち、敵が来ました」。チンギスは馬に乗って進んだ。このときオン・カンがジャムカとともに来て、ジャムカに尋ねた。「テムジンのほうでよく戦う者は誰か」。ジャムカが言った。「ウルウドとマンクドのその二つの氏の民がよく戦います。入り乱れて戦うときも乱れず、幼いころから槍や刀に慣れています。彼らの旗ざおは花の色か黒い色ですから、見たら気をつけてください」。オン・カンが言った。「それならば、われらのジルギンの勇士カダクに彼らを突かせ、続いてトゥメン・トゥベゲン姓のアチク・シルンと、オロン・ドンカイドの勇士コリ・シレムン・タイシに、護衛の者一千を率いて順に後を支えさせ、最後にわれらの大中軍に突かせよう」。オン・カンがまた言った。「わが軍馬は、ジャムカ弟、あなたが整えてくれ」。そこでジャムカは分かれて出て行った。ジャムカは自分の伴たちに言った。「わたしは以前からいつもテムジンに敵(かな)わなかった。いまオン・カンはわたしにその軍馬を整えよと言う。見たところ彼もわたしに及ばない。テムジン・アンダに知らせてやれる」。そこでジャムカはひそかに人を遣わして、先の言葉をチンギスに知らせた。「このようなわけだから、きっとあなたに勝てはしない。怖れずに、用心されよ」。

2カラカルジド・エレドの戦い — セングムの頬を射当てる

成吉思知了這話,說道:「主兒扯歹伯父,我欲教你做先鋒,你意思如何?」比及主兒扯歹回話,忽亦勒答兒說:「我做先鋒,久後將我孤兒擡舉。」主兒扯歹說:「皇帝面前,我的兀魯兀惕、忙忽惕做先鋒廝殺。」說罷,他兩姓的百姓,於成吉思前排陣立了。才立罷,王罕的先鋒只兒斤沖將來。兀魯兀惕、忙忽惕迎著沖將去,將他每敗子。追去時,被王罕的後援土綿土別幹的阿赤黑失侖沖將來,將咱忽亦勒答兒剌下馬。忙忽惕軍復翻回,於忽亦勒答兒落馬處立了。主兒扯歹領著兀魯兀惕沖去,又將他敗了。追去間,斡蠻董合亦惕沖來,主兒扯歹又勝了。失列門太子領一千護衛軍沖來,主兒扯歹又勝了。於是王罕子桑昆不教他父知,也沖來。主兒扯歹將桑昆的腮射中,倒了。眾客列亦惕種的軍,見射倒桑昆,卻翻回,於桑昆處立了。成吉思既勝了王罕,見日已晚,收了軍,將傷了的忽亦勒答兒回來。那夜起著,離了廝殺處宿下了。

チンギスはこの話を知って言った。「ジュルチェデイ伯父よ、わたしはあなたを先鋒にしたいが、お心はどうか」。ジュルチェデイが答える前に、クイルダルが言った。「わたしが先鋒になります。後の日にわたしの孤児を引き立ててください」。ジュルチェデイが言った。「皇帝の前で、われらウルウドとマンクドが先鋒となって戦います」。言い終わると、その二つの姓の民がチンギスの前に陣を立てて並んだ。立ち終わるや、オン・カンの先鋒ジルギンが突いて来た。ウルウドとマンクドが迎えて突いて進み、彼らを破った。追って行くとき、オン・カンの後ろ支えであるトゥメン・トゥベゲンのアチク・シルンが突いて来て、われらのクイルダルを刺して馬から落とした。マンクドの軍は引き返して、クイルダルが落ちた場所に立った。ジュルチェデイがウルウドを率いて突いて進み、また彼らを破った。追う間にオロン・ドンカイドが突いて来たが、ジュルチェデイがまた勝った。シレムン・タイシが護衛軍一千を率いて突いて来たが、ジュルチェデイがまた勝った。そこでオン・カンの子セングムが、父に知らせずに自らも突いて来た。ジュルチェデイがセングムの頬(ほお)を射当てると、倒れた。ケレイト氏の軍の者たちは、セングムが射倒されたのを見て引き返し、セングムのそばに立った。チンギスはオン・カンに勝った後、日がすでに暮れたのを見て軍を収め、傷ついたクイルダルを連れて帰った。その夜に立って、戦った場所を離れて寝た。

3ボオルチュが歩いて帰って来る

次日天明,點視軍馬,少斡闊臺、孛羅忽勒、孛斡兒出三人。成吉思說:「斡闊臺與中倚仗的孛羅忽勒、孛斡兒出一同生死,必不肯相離。」那夜成吉思恐敵來追襲,整治著軍馬,準備廝殺,有來。及日明,看見自後有一人來到時,是孛斡兒出。成吉思椎胸告天說:「罷!」孛斡兒出說:「被敵人將我馬射倒,步行走時,見客列亦惕種翻回來,於桑昆處立了。那機會裏見他馱物的馬馱歪了,將他馱的割斷,騎著走出,依著蹤跡來了。」

翌日、夜が明けて軍馬を点検すると、オゴデイ・ボロクル・ボオルチュの三人がいなかった。チンギスが言った。「オゴデイは心から頼みにしているボロクルとボオルチュとともに死にも生きにも臨むはずで、きっと互いに離れはしない」。その夜、チンギスは敵が追って来るのを怖れて軍馬を整え、戦う支度をしていた。夜が明けると、後ろから一人来るのが見えたが、ボオルチュであった。チンギスは胸を打って天に告げて言った。「よかった」。ボオルチュが言った。「敵がわたしの馬を射て倒したので、歩いて逃げるうちに、ケレイトが引き返してセングムのそばに立つのを見ました。その隙(すき)に、彼らの荷を積んだ馬の荷が傾いているのを見て、その荷を切り落とし、乗って抜け出し、痕をたどって来ました」。

4ボロクルがオゴデイの凝った血を吸う

再少頃,又有一人來,近看時,人下又有兩腳垂著。及到來時,斡闊臺、孛羅忽勒疊騎著一個馬。孛羅忽勒口—亡帶著血,因斡闊臺項上中箭,孛羅忽勒將凝住的血咂去。成吉思見了,眼淚流著,心裏艱難了,便用火將斡闊臺箭瘡烙了,就與些止渴的物教吃。孛羅忽勒說:「敵人的塵土高起著,看著往卯溫都兒山前忽剌安不兒合惕地面去了。」於是成吉思整治軍馬,逆著浯泐灰濕魯格泐只惕名字的水,入答闌捏木兒格思地面去了。

しばらくして、また一人来た。近くで見ると、人の下にさらに足が二本垂れていた。着いてみると、オゴデイとボロクルが一頭の馬に重なって乗っていた。ボロクルの口のあたりに血が付いていたが、オゴデイの首に矢が刺さったので、ボロクルが凝(こ)った血を吸い出したためであった。チンギスは見て涙を流し、心が痛んだ。すぐに火でオゴデイの矢傷を焼き、渇きを止めるものを与えて飲ませた。ボロクルが言った。「敵の土煙が高く立ち、マウ・ウンドゥル山の前のクラアン・ブルカドの地へ行くのが見えました」。そこでチンギスは軍馬を整え、ウルクイ・シルゲルジドという名の水を遡って、ダラン・ネムルゲスの地へ入って行った。

5アチク・シルンがオン・カンを止める

那裏隨後有合答安答勒都兒罕離了他妻子,來成吉思處說:「王罕的子桑昆中箭時,王罕說:『不可惹鬥的人惹鬥他,可惜將兒子腮上教釘釘了,就我兒子性命有時,可再教沖咱。』阿赤黑失侖說:『皇帝!皇帝休!未生兒子時,禱祈著要子嗣,將這既生了的兒子桑昆擡舉。咱達達多半百姓在咱這裏,同帖木真反出的百姓,待那裏去?每人止騎著一匹馬,夜裏必在樹木下宿。他若不來呵,咱去如拾馬糞般取將來。』王罕應許了。說:『將這兒子休搖動,好生擡舉者,自那裏回了。』」

そこへ続いて、カダアン・ダルドゥルカンが自分の妻子を捨ててチンギスのもとに来て言った。「オン・カンの子セングムが矢に当たったとき、オン・カンはこう言いました。『手を出してはならぬ者に手を出してしまった。惜しくも子の頬に釘(くぎ)を打たせてしまった。わが子の命があるうちに、もう一度突かせよう』。アチク・シルンが言いました。『皇帝よ、皇帝よ、おやめください。子がないときには祈って世継ぎを求められたのです。すでに生まれたこの子セングムを引き立ててください。われら韃靼の民の大半はわれらのもとにおり、テムジンとともに離れて行った民がどこへ行けましょう。みな馬一頭ずつに乗っているだけですから、夜には必ず木の下で寝るでしょう。彼らが来なければ、われらが行って馬糞を拾うように取って来ればよいのです』。オン・カンはこれを受け入れ、『この子を揺らさず、よく引き立てよ』と言って、そこから帰って行きました」。

6軍馬二千六百 — クイルダルが死ぬ

成吉思自答闌捏木兒格思地面,順著合泐合河動時,點視軍馬,有二千六百。成吉思領一千三百,依著河西邊起了;兀魯兀惕、忙忽惕領一千三百,河東邊起了,就打圍著做行糧。打圍時,忽亦勒答兒金瘡未曾痊可,成吉思止當不從,因趕野獸走馬,金瘡重發,死了。將他骨殖,就於合兒合水的斡<山耑>訥屼山的半崖上葬了。

チンギスがダラン・ネムルゲスの地からカルカ川に沿って動くとき、軍馬を点検すると二千六百であった。チンギスは一千三百を率いて川の西側を進み、ウルウドとマンクドが一千三百を率いて川の東側を進み、巻き狩りをして道中の糧とした。狩りをするとき、クイルダルの刃(やいば)の傷がまだ癒(い)えていなかったのに、チンギスが止めても聞かず、野の獣を追って馬を走らせたため、傷が重くなって死んだ。その骨を、カルカの水のほとりのオルヌウ山の崖の中ほどに葬った。

7オンギラトが降る

合泐合河流入捕魚兒海子處,有帖兒格等翁吉剌。成吉思使主兒扯歹領兀魯兀惕、忙忽惕去,教說與翁吉剌百姓每:「想著在前姻親呵,投降來者;若不肯投降呵,便廝殺者。」說將去時,翁吉剌都投降了。成吉思因他投降了,諸般不曾動著他的。

カルカ川がブイル湖に流れ込むところに、テルゲらオンギラトがいた。チンギスはジュルチェデイにウルウドとマンクドを率いて行かせ、オンギラトの民にこう伝えさせた。「昔の縁を思うなら降って来い。降らぬならば、すぐに戦おう」。こう伝えると、オンギラトはみな降った。チンギスは彼らが降ったので、何一つ彼らのものに手を付けなかった。

8二本の轅と二つの輪 — オン・カンに送った言葉

成吉思既取了翁吉剌,就起著去統格黎小河東邊下了。成吉思差阿兒孩合撒兒、雪格該者溫二人,往王罕處去說:「俺在統格黎小河東邊下了,草也好,馬也肥,父親,我有甚事嗔怪,教我怕了?若怪俺呵,何不安然怪責,如何這般怪責?將俺家業破壞了,莫不是有人離間?當初咱在勺兒合勒昆山的忽剌阿訥屼的山行,不曾共說來:『若有人離間呵,不要信。對面說話了時,方可信。』如今父親,咱每曾對面說話來麽?我雖少呵,也似多的般來;雖歹呵,也似好的般來。且我與你如車的兩轅,一轅折了呵,牛拽不得;如車的兩輪,一輪壞了呵,車行不得。我豈不比一條轅、一個輪麽道?在前,你的父忽兒察忽思不亦魯黑皇帝,有四十個子,內只你最長,所以立做皇帝。後你將臺帖木兒、不花帖木兒二弟殺了,你又要將你弟額兒客合剌要殺,他遂走入乃蠻去了。為你殺弟的上頭,你叔父占兒罕來征你,你止有一百人,逃入合剌溫山的狹處去子。你那時將女子忽劄兀兒兀真獻與蔑兒乞的脫黑脫阿,從那裏來我父根前求救。我父領著軍,將你叔父趕入合申地面,將你百姓還了。於土浯剌河邊黑林內,與我父做安答。你曾知感著說:『這恩於你子孫根前必回報,天地知也者。』隨後你弟額兒客合剌於乃蠻處借得軍馬,又來征你。你走入乞塔種古兒罕的回回地面去了。不及一年,又反出,經過委兀河西地面,窮乏了,擠著五個羊,刺著駝血吃,騎著個瞎沙馬來。因你與我父契交的上頭,我差人迎接你來我營內,又科斂著養濟你。你後將蔑兒乞百姓擄了,頭口、家業盡都與了你。後又同追不亦魯黑於拜答剌黑別勒赤列舌地面,與可克薛兀撒卜剌黑對陣,你夜裏營內又虛燒著火,退走了。那可克薛兀撒卜剌黑卻襲著你,將桑昆、妻子、百姓都擄了,又將你帖列格禿有的百姓,擄了一半。你又求救於我,我使四傑,將你桑昆的妻子、百姓、頭匹,都救與了,你又曾知感來。如今有甚麽緣故怪責?」使人說將來。

チンギスはオンギラトを取った後、立って行ってトンゲリクの小川の東側に下りた。チンギスはアルカイ・カサルとスケガイ・ジェウンの二人をオン・カンのもとへ遣わして言わせた。「われらはトンゲリクの小川の東側に下りましたが、草も良く、馬も肥えています。父上、わたしは何事であなたを怒らせ、わたしを怖れさせるのですか。わたしを責められるなら、どうして穏やかに責めず、このように責められるのですか。われらの暮らしを壊されたのは、誰かが仲を裂いたのではありませんか。はじめ、われらはジョルカルクン山のクラアヌウの山でともに言ったではありませんか。『誰かが仲を裂こうとしても鵜呑みにせず、顔を合わせて話した後で信じよう』と。いま父上、われらは顔を合わせて話したことがありますか。わたしが少なくても、多いもののように扱ってくださり、悪くても良いもののように扱ってくださいました。また、わたしとあなたは車の二本の轅(ながえ)のようなもので、一本折れれば牛は引けません。車の二つの輪のようなもので、一つ壊れれば車は進めません。わたしが一本の轅、一つの輪に比べられぬでしょうか。昔、あなたの父クルチャクス・ブイルク皇帝には四十人の子があり、そのうちあなたが長子であったので、立てて皇帝としました。後にあなたはタイ・テムルとブカ・テムルの二人の弟を殺し、また弟エルケ・カラを殺そうとしたので、彼はついにナイマンへ逃げました。あなたが弟を殺したために、叔父グル・カンがあなたを討ちに来て、あなたは百人だけを連れてカラウン山の狭いところへ逃げました。あなたはそのとき娘クジャウル・ウジンをメルキトのトクトアに献じ、そこからわれらの父のもとへ来て助けを求めました。われらの父は軍を率いてあなたの叔父をカシンの地へ追い払い、あなたの民を返しました。トーラ川のほとりの黒い林で、われらの父とアンダとなりました。あなたは感謝して『この恩はあなたの子孫に必ず返す。天と地が分かってくれるように』と言いました。その後、あなたの弟エルケ・カラがナイマンから軍馬を借りて再びあなたを討ったので、あなたはキタイ氏のグル・カンの回回の地へ逃げました。一年も経たずにまた背いて出て、ウイグルと河西の地を通って窮乏し、羊五頭の乳を搾り、駱駝に傷をつけて血を飲み、目の見えない黄ばんだ馬に乗って来ました。あなたがわれらの父と誼を結んでいたので、わたしは人を遣わしてあなたを迎え、われらの営に来させ、また取り立てて供給して助けました。あなたが後にメルキトの民を捕らえたときには、家畜と暮らしの物をすべてあなたに差し上げました。後にはまた、ともにブイルクを追ってバイダラク・ベルチルの地でココセウ・サブラクと陣を向かい合わせたとき、あなたは夜に営の中に空の火を焚いて退いてしまいました。そのココセウ・サブラクがかえってあなたを追い、セングムと妻子と民をみな捕らえ、またテレゲトゥにいたあなたの民の半分を捕らえました。あなたはまたわたしに助けを求めたので、わたしは四傑を遣わして、あなたのセングムと妻子と民と家畜をみな救って差し上げました。あなたはまた感謝しました。いま何の理由で責められるのですか」。このように人を遣わして言葉を伝えた。

9オン・カンが小指を刺して血を納める

王罕聽了這言語,嘆息著說:「帖木真兒子行,有不可離的道理!我已離了。」於是心內艱難,將刀刺破小指流血,就盛在小樺皮桶內,說:「我若見帖木真兒子害他呵,似這血般教刺著。」遂將那血與去的使臣將來了。

オン・カンはこの言葉を聞いてため息をつき、言った。「テムジンの子には、離れてはならぬ道理がある。それをわたしはもう離れてしまった」。それで心が苦しくなり、刀で小指を刺して血を流し、小さな樺(かば)の皮の桶に入れて言った。「わたしがもしテムジンの子を見て、彼を害そうとするなら、この血のように刺されよ」。そうしてその血を、来た使いに渡して送った。

10ジャムカとアルタンとクチャルに送った言葉

成吉思教對劄木合說:「皇帝父親行,將我嫉惡著,教分離了。在前時,每日誰早起呵,將父親的馬乳用青鐘飲,有來?為我常早起的上頭,嫉妒了。如今將皇帝父親的青鐘滿飲呵,待費得多少?」又對阿勒壇、忽察兒二人說:「您兩個不知如何要棄我?忽察兒,你是捏坤太子的子,當初咱每裏教你做皇帝,你不曾肯。阿勒壇,你父忽禿剌皇帝,曾管達達百姓,因此教你做皇帝,你又不肯。在上輩有巴兒壇的子撒察、臺出,他兩個也不肯做。你眾人教我做皇帝,我不得已做了。您如今卻離了我,在王罕處,您好生做伴著,休要有始無終,教人議論。你每全倚仗著帖木真!無帖木真呵,便不中用了。你那三河源頭守得好著,休教別人做營盤。」

チンギスはジャムカにこう伝えさせた。「皇帝たる父上はわたしを憎んで、別れさせた。昔は、毎日誰が早く起きて、父上の馬乳を青い椀(わん)で飲んだか。わたしがいつも早く起きたので、妬まれたのだ。いま皇帝たる父上の青い椀を飽きるまで飲んだとして、どれほど減るというのか」。またアルタンとクチャルの二人に言った。「あなたたち二人は、どうしてわたしを捨てようとするのか分からぬ。クチャル、あなたはネクン・タイシの子だから、はじめわれらの内であなたを皇帝にしようとしたが、あなたはやろうとしなかった。アルタン、あなたの父クトラ皇帝が韃靼の民を治めていたので、あなたを皇帝にしようとしたが、あなたもやろうとしなかった。上の代にはバルタンの子セチェとタイチュがいたが、その二人もやろうとしなかった。あなたたち多くの者がわたしに皇帝になれと言うので、わたしは仕方なくなったのだ。あなたたちはいまかえってわたしを離れてオン・カンのもとへ行った。そこでよく伴となられよ。始めだけあって終わりがなく、人の口の種になってはならぬ。あなたたちはもっぱらテムジンを頼みにしていた。テムジンがなければ、すぐに用に立たなくなる。あなたたちはあの三つの川の源をよく守り、他人に営を張らせぬようにされよ」。

11トオリルへ — おまえを弟と呼ぶ理由

成吉思再教對脫斡鄰弟說:「我喚你做弟的緣故,在前屯必乃、察剌孩領忽二人,原擄將來的奴婢名斡黑答。他的子名速別該,速別該子名闊闊出乞兒撒安,闊闊出乞兒撒安子名也該晃脫合兒,也該晃脫合兒子是你。你如今將誰的百姓要諂佞著與王罕?我的百姓阿勒壇、忽察兒必不教別人管。你是我祖宗以來的奴婢,我喚你做弟的緣故如此。」

チンギスはさらにトオリル弟にこう伝えさせた。「わたしがあなたを弟と呼ぶ理由はこうだ。昔、トンビナイとチャラカイ・リンクの二人が捕らえて来た下僕の名はオクダ、その子の名はスベゲイ、スベゲイの子の名はココチュ・キルサアン、ココチュ・キルサアンの子の名はイェゲイ・コントカル、イェゲイ・コントカルの子が、すなわちあなただ。あなたはいま誰の民を持って、諂(へつら)ってオン・カンに与えようとするのか。わたしの民は、アルタンやクチャルであっても決して他人に治めさせはしない。あなたはわが祖先以来の下僕であり、わたしがあなたを弟と呼ぶ理由はこうだ」。

12セングムへ — 衣を着て生まれた子と裸で生まれた子

成吉思再教對桑昆說:我與你父,是有衣服生的兒子,你是赤裸生的兒子。父親曾將咱每一般擡舉。你生心,恐怕我攙在你先,將我疾惡,趕了。如今休教父親心裏受艱辛,早晚出入消解愁悶著。若你舊嫉妒的心不除,莫不是你於父親見存時,要做皇帝麽道?故教心內受苦。若要差人到我行來時,差兩個人來。」成吉思將這般話,分付了阿兒孩合撒兒、速格該者溫,他兩個對桑昆說了。桑昆說:「他幾曾說是皇帝父親來?只說好殺人的老子。我行也幾曾說是安答來?只說脫黑脫阿師翁,續著羊回羊尾子行。有這言語的計量,我省得了,是廝殺為頭的言語。你必勒格別乞、脫朵延兩個,將旄纛立起,騸馬每放得肥著。無有疑惑。」那裏阿兒孩合撒兒自王罕處回來了,速格該者溫因他妻子在脫斡鄰處,不曾回來。阿兒孩合撒兒將這話對成吉思說了。

チンギスはさらにセングムにこう伝えさせた。「わたしとあなたは、わたしは父の衣を着て生まれた子で、あなたは裸で生まれた子だ。父上はわれらを等しく引き立ててくださった。あなたは心を起こし、わたしがあなたより先に立つのを怖れて、わたしを憎んで追い出した。いまは父上の心を苦しめず、朝夕に出入りして憂いを解いてさしあげよ。あなたの古い妬む心が除かれぬのなら、父上がご存命のうちに皇帝になろうというのではないか。それで父上の心を苦しめているのだ。人をわたしのもとへ遣わすなら、二人を遣わされよ」。チンギスはこのような話をアルカイ・カサルとスケガイ・ジェウンに言いつけ、二人がセングムに伝えた。セングムが言った。「あいつがいつ皇帝たる父上と言ったか。ただ人殺しのうまい爺(じい)と言っただけだ。わたしにもいつアンダと言ったか。ただトクトアの巫(かんなぎ)の師だと言い、羊の尾を継ぎ合わせて歩く者だと言っただけだ。こういう言葉の底にある考えは、わたしには分かる。戦おうという言葉が肝心だ。おまえたちビルゲ・ベキとトドエンの二人は、旗ざおを立て、去勢馬をよく肥やしておけ。疑うことはない」。その場でアルカイ・カサルはオン・カンのもとから帰ったが、スケガイ・ジェウンは妻子がトオリルのもとにいたので帰らなかった。アルカイ・カサルがこの話をチンギスに伝えた。

13バルジュナ湖 — 回回の商人アサンに出会う

成吉思隨即起去,至巴泐渚納海子行住了。那裏正遇著豁魯剌思種的搠斡思察罕等,不曾廝殺,便投降了。又有阿三名字的回回,自汪古惕種的阿剌忽失的吉惕忽裏處來,有羯羊一千,白駝一個,順著額洏古涅河,易換貂鼠、青鼠,來至巴泐渚納海子飲羊時,遇著成吉思。

チンギスはすぐに立って、バルジュナ湖のほとりに至って留まった。そこでちょうどコロラス氏のチョオス・チャガンらに出会ったが、戦うこともなく、すぐに降った。またアサンという名の回回の者が、オングド氏のアラクシ・ディギト・クリのもとから来ていた。去勢した羊一千と白い駱駝一頭を連れ、エルグネ川に沿って貂(てん)や栗鼠(りす)の皮を交易しに回り、バルジュナ湖に至って羊に水を飲ませていたところで、チンギスに出会った。

14カサルの名を借りて使いを遣わす

成吉思在巴泐渚納海子住時,有弟合撒兒,將他妻並三子也古、也松格、禿忽撇在王罕處,罄身領幾個伴當走出,來尋成吉思。尋至合剌溫山,緣嶺尋不見,乏了糧食,吃生牛皮筋。行至巴泐渚納海子,尋見兄成吉思。成吉思喜歡了,商量著,差沼列歹種的人合裏兀答兒、兀良合歹種的人察兀兒罕二人做合撒兒的使臣,去對王罕說:「我兄的形影望不著,踏著道路也尋不見;叫他呵,他又不聽得,夜間看星枕土著睡。我的妻子見在父親皇帝處有,若差一個可倚仗的人來呵,我往父親行去。」成吉思又對使臣說:「您去,俺便起身。您回來時,只於客魯連河的阿兒合勒茍吉地面行來。」約會著,隨即教主兒扯歹、阿兒孩兩個做頭哨,去客魯連河的阿兒合勒茍吉地面下了。

チンギスがバルジュナ湖に留まっていたとき、弟カサルが、その妻と三人の子イェグ・イェスンゲ・トクをオン・カンのもとに残したまま、身一つで数人の伴だけを連れて抜け出し、チンギスを探しに来た。カラウン山まで探しに来て、尾根に沿って探したが会えず、糧食が尽きて生の牛の皮や筋を噛(か)んだ。バルジュナ湖に至って、やっと兄チンギスに会った。チンギスは喜んで相談し、ジョウレダイ氏の者カリウダルとウリャンハダイ氏の者チャウルカンの二人をカサルの使いとしてオン・カンのもとへ遣わし、こう伝えさせた。「わが兄の影も眺め見えず、道をたどっても見つかりません。呼んでも聞こえず、夜は星を見ながら土を枕にして寝ています。わたしの妻子はいま父上の皇帝のもとにおりますので、頼れる者を一人遣わしてくだされば、わたしは父上のもとへ参ります」。チンギスはまた使いに言った。「おまえたちが行けば、われらはすぐに立つ。おまえたちが帰るときは、ケルレン川のアルカル・ゴウギの地へ来い」。こう約して、すぐにジュルチェデイとアルカイの二人を先駆けとし、ケルレン川のアルカル・ゴウギの地へ行って下りた。

15イトゥルゲンを捕らえる

合裏兀答兒、察忽兒罕二人,到王罕處,將說去的言說了。王罕正立起金撒帳做筵會,聽得合裏兀答兒說罷。王罕說:「果那般呵,教合撒兒來。」就差中倚仗的人亦禿兒堅,同合裏兀答兒等去,將及到原約會處,亦禿兒堅望見下營的形影甚多,便回走了。合裏兀答兒馬快,趕上,不敢拿,前面橫當著。察忽兒罕馬鈍,自後箭射到處,將亦禿兒堅騎的馬臀尖射坐了。那裏將亦禿兒堅拿住,將至太祖處,送與合撒兒,教殺了。

カリウダルとチャウルカンの二人はオン・カンのもとに至り、持って行った言葉を伝えた。オン・カンはちょうど金で飾った幕屋を立てて宴を張っていたところで、カリウダルの話を終わりまで聞いた。オン・カンが言った。「まことにそうならば、カサルを来させよ」。そうして心から頼みにしている者イトゥルゲンを、カリウダルらとともに遣わした。約した場所に着きかけたとき、イトゥルゲンは営を張った跡がはなはだ多いのを眺め見て、すぐに引き返して逃げた。カリウダルの馬は速かったので追いついたが、捕らえる勇気はなく、前を横切って遮(さえぎ)った。チャウルカンの馬は鈍かったので、後ろから矢の届くところまで行き、イトゥルゲンの乗った馬の尻を射て座り込ませた。その場でイトゥルゲンを捕らえ、太祖のもとへ連れて行ったところ、カサルに渡して殺させた。

16金の幕屋を囲んで三日戦う — カダク・バアトル

合裏兀答兒等對太祖說:「王罕不提防,見今起著金撒帳做筵會。俺好日夜兼行,去掩襲他。」太祖說:「是。」遂教主兒扯歹、阿兒孩兩個做頭哨,日夜兼行,到者折額兒溫都兒山的折兒合不赤孩地面的口子行,將王罕圍了。廝殺了三晝夜,至第三日,不能抵當,方才投降。不知王罕父子,從何處已走出去了。這廝殺中,有合答黑把阿禿兒名字的人說:「我於正主,不忍教您拿去殺了,所以戰了三日,欲教他走得遠著。如今教我死呵,便死;恩賜教活呵,出氣力者。」太祖說:「不肯棄他主人,教逃命走得遠著,獨與我廝殺,豈不是丈夫?可以做伴來。」遂不殺,教他領一百人與忽亦勒答兒的妻子永遠做奴婢使喚。因當初忽亦勒答兒先說要廝殺的上頭,教他子孫常請受孤寡的賞賜。

カリウダルらが太祖に言った。「オン・カンは備えをせず、いま金の幕屋を立てて宴を張っています。われらは日夜兼行で駆けて行き、不意に襲うのがよいでしょう」。太祖が言った。「そのとおりだ」。そこでジュルチェデイとアルカイの二人を先駆けとし、日夜兼行で駆けて、ジェジェエル・ウンドゥル山のジェル・カブチガイの地の口に至って、オン・カンを囲んだ。三日三晩戦い、三日目に至ってついに堪えられず、降った。ところがオン・カン父子は、どこからすでに抜け出したのか分からなかった。この戦いで、カダク・バアトルという名の者が言った。「わたしは自分の主を、あなたたちに捕らえて殺させるのが忍びなかったので、三日戦って、彼を遠くまで逃がそうとしたのだ。いまわたしに死ねと言われるなら死ぬ。恩を賜(たま)って生きよと言われるなら力を尽くそう」。太祖が言った。「自分の主を捨てず、命を助けて遠くまで逃がそうとして、ただ一人でわたしと戦ったのだ。どうして男子たる者でないことがあろう。伴とするに足る」。そうして殺さず、彼に百人を率いさせ、クイルダルの妻子に永く下僕として仕えさせた。はじめ、クイルダルが先に立って戦うと言ったので、その子孫には常に寡婦と孤児に与える賞を受けさせた。