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巻十一元朝秘史 卷11

元朝秘史(モンゴルの秘められた歴史) 元朝秘史 · 作者未詳 · 子年(1228年頃)成立 · 明初の漢文本 · 段落 14 · 漢字 1,683字 · 朗読 6.7分

元朝秘史(モンゴルの秘められた歴史) 全一巻 「はじめ元の人の祖先は、天が生んだ青い色の狼一匹であった」 — モンゴルの人が自らの手で記した最も古い書。テムジンが九歳で父を失って捨てられたところから始まり、オノン川の水に顔だけを出して夜を越え、羊毛の車に隠されて生き延び、ついに九本脚の白い旗を立てるまでが収められている。母ホエルンが両の乳を出して息子たちを叱り、ジャムカが「四匹の犬」を並べ立て、血を流さずに殺してほしいと請う場面は、正史が消した声である。元史高麗伝と対になる位置に置かれる。

1宿衛を一千に増やす

於是各千、百戶,依著成吉思言語,揀選將來。將在前宿衛的八十人,添至八百人,成吉思教添至一千,命也客捏兀鄰做為頭千戶者。在前帶弓箭的四百人,原教者勒蔑、也孫帖額與不吉歹一同管了。散班與帶弓箭的,入直時,分作四班:一班教也孫帖額為長,一班教不吉歹為長,一班教火兒忽答為長,一班教剌卜剌哈為長。如今添作一千,教也孫帖額為長者。

そこで諸千戸・百戸はチンギスの言葉のとおりに人を選んで連れて来た。かつて宿衛であった八十人を八百人まで増やしたが、チンギスは一千まで増やさせ、イェケ・ネウリンに命じて頭となる千戸とさせた。かつて弓矢を帯びていた四百人は、もとはジェルメ、イェスン・テエ、ブギダイがともに受け持っていた。散班と弓矢を帯びる者が当番に入るときは、四つの班に分け、一班はイェスン・テエを長とし、一班はブギダイを長とし、一班はコルクダクを長とし、一班はラブラカを長とした。いまは一千に増やして、イェスン・テエを長とさせた。

2護衛一万を整え大中軍とする

在前,孛斡兒出親人斡哥列扯兒必原管護衛散班,添至一千,還教他管者。一千教木合裏親人不合管者,一千教亦魯該親人阿勒赤歹管者,一千教朵歹扯兒必管者,一千教朵豁勒忽管者,一千教主兒扯歹親人察乃管者,一千教阿勒赤的親人阿忽臺管者,一千選揀的勇士教阿兒孩合撒兒管者。平時只做散班,出征時教前面做勇士者。各千戶內,選揀得宿衛的八千,同帶弓箭的二千,通計護衛的一萬。成吉思說:「這些做我護衛的人,以後教做大中軍者。」

かつてはボオルチュの身内オゲレ・チェルビが護衛散班を受け持っていたが、一千まで増やしてそのまま彼に受け持たせた。一千はムカリの身内ブカに受け持たせ、一千はイルガイの身内アルチダイに受け持たせ、一千はドダイ・チェルビに受け持たせ、一千はドコルクに受け持たせ、一千はジュルチェデイの身内チャナイに受け持たせ、一千はアルチの身内アクタイに受け持たせ、一千は選び抜いた勇士としてアルカイ・カサルに受け持たせた。ふだんはただ散班とし、出征のときには前に立って勇士とならせた。諸千戸の中から選び抜いた宿衛八千と、弓矢を帯びる二千とを合わせ、護衛は全部で一万であった。チンギスは言った。「このわたしの護衛となる人々を、のちに大中軍とせよ。」

3護衛を四班に分け罰を定める

成吉思再說:「護衛的分做四班:一班教不合管者,一班教阿勒赤歹管者,一班教朵歹扯兒必管者,一班教朵豁勒忽管者。」四個為長的委付了,將輪班次序宣布著說;「入班時,為長的宮人,領著扈衛的散班宿,三夜一次交替。若有合入班的人不入者,笞三十;第二次又不入者,笞七十;第三次無事故又不入者,笞三十七下,流遠方去者。掌護衛的官人,凡換班時,將這言語省會一遍。若不省會,則掌管的有罪;既省會了,有違了號令的,依前例要罪者。掌管護衛的官人不得我言語,休將所管的人擅自罰者。凡有罪的,必奏聞了,將該斬的斬,該打的打。若不依我言語,將所管的人用條子打的,依舊教條子打他;用拳打的,依舊用拳打他。」

チンギスはまた言った。「護衛を四つの班に分け、一班はブカが受け持ち、一班はアルチダイが受け持ち、一班はドダイ・チェルビが受け持ち、一班はドコルクが受け持て。」四人の長を任じ、当番の順序を広く知らせて言った。「当番に入るときは、長となる宮人が護衛散班を率いて泊まり、三晩に一度ずつ交替せよ。当番に入るべき者が入らなければ尻を三十打ち、二度目にまた入らなければ七十打ち、三度目に理由もなくまた入らなければ三十七打って遠い所へ流せ。護衛を受け持つ官人は、班が交替するたびにこの言葉を一度ずつ言い聞かせよ。言い聞かせなければ受け持つ者に罪があり、すでに言い聞かせたのに命令に違う者があれば、前の例のとおり罪を問え。護衛を受け持つ官人は、わたしの言葉を得ないで受け持つ者をみだりに罰してはならない。およそ罪のある者は、必ず奏上してから、斬るべき者は斬り、打つべき者は打て。もしわたしの言葉に従わず、受け持つ者を鞭で打った者があれば、同じく鞭で彼を打ち、拳で打った者があれば、同じく拳で彼を打て。」

4護衛は外の千戸より上に置く

成吉思再說:「我的護衛散班,在在外千戶的上;護衛散班的家人,在在外百戶牌子的上。若在外千戶,與護衛散班做同等相爭鬥呵,將在外的幹戶要罪過者。」

チンギスはまた言った。「わたしの護衛散班は外の千戸の上に置き、護衛散班の家の者は外の百戸・牌子の上に置く。もし外の千戸が護衛散班と同じ座で争ったなら、外の千戸に罪を問え。」

5夜に宮のまわりを行く者は捕らえよ

成吉思再對輪班的官人說:「帶弓箭的散班及廚子人等入班時,白日裏各管自的職事,日落時帶弓箭的將弓箭、廚子將器皿,各分付與宿衛的人,出去外面宿;次日擡湯後都入來,依舊各管自的職事。日晚後,繞宮前後往來行的人,宿衛的拿住,次日問者。宿衛的交替時,分付與符驗教入者。宿衛的夜間繞著宮,把門宿者,若夜裏有人入呵,將他頭打破,肩甲斫斷者。若有急事來說,先見宿衛,一同來帳房後說者。宿衛上面兩間,不許人行坐;宿衛數日,不許人問,違者將鞍馬、衣服奪與者。在先,有可倚仗的人額勒只吉歹曾在宿衛上行,被宿衛的拿了,有來。」

チンギスはまた当番の官人に言った。「弓矢を帯びる散班および料理人などが当番に入るときは、昼はそれぞれ自分の受け持つ務めをし、日が落ちるときには、弓矢を帯びる者は弓矢を、料理人は器をそれぞれ宿衛に引き渡して、外に出て泊まれ。翌日、汁を供したあとはみな入って来て、もとのようにそれぞれ自分の務めを受け持て。日が暮れたのちに宮の前後をめぐって行き来する者は、宿衛が捕らえて翌日問え。宿衛が交替するときには、割り符を渡して入らせよ。宿衛は夜に宮をめぐり、門を守って泊まれ。もし夜に入って来る者があれば、その頭を打ち割り、肩を斬れ。急な事があって申し上げに来る者は、まず宿衛に会い、ともに幕の後ろに来て申せ。宿衛のいる上の二間には、人が通ったり座ったりさせてはならない。宿衛の数は人に問わせてはならず、違う者は鞍と馬と衣服を取り上げよ。かつて頼みとすべき人エルジギデイも、宿衛のいる所を通って宿衛に捕らえられたことがある。」

6老宿衛・大散班・老勇士・大弓箭持ち

成吉思說:「您宿衛的,於大雨雪的夜裏,或晴明的夜裏,或敵人紛擾廝殺的夜裏,在我帳房周圍宿衛,使我身心皆安。凡有緊急事,不曾怠慢,以此我得到大位裏坐了。如今將我這吉祥至誠的宿衛,教呼作老宿衛的者;斡哥列扯兒必入班的七十個散班,教呼作大散班者;阿兒孩的勇士每,教呼作老勇士者;也孫帖額等帶弓箭的,教呼作大帶弓箭的者。

チンギスは言った。「おまえたち宿衛は、大雨や雪の降る夜にも、晴れた夜にも、敵が乱れて戦う夜にも、わたしの幕のまわりで宿衛して、わたしの身も心もみな安らかにさせた。およそ急な事にも怠ったことがなかったから、これによってわたしは大きな位に座ることができた。いまはわたしのめでたく至って誠のある宿衛を老宿衛と呼ばせ、オゲレ・チェルビの当番に入る七十人の散班を大散班と呼ばせ、アルカイの勇士たちを老勇士と呼ばせ、イェスン・テエら弓矢を帯びる者たちを大弓箭持ちと呼ばせよ。」

7わたしの遺したものと思え

「九十五千戶內,選揀的人做我貼身的親護衛,久後我子孫將這護衛的想著,如我遺念一般,好生擡舉,休教懷怨,福神般看著。」

「九十五の千戸の中から選び抜いた者で、わたしの身近に置く親護衛とした。のちにわが子孫がこの護衛を思うときには、わたしが遺したものと同じように思って、よく取り立て、恨みを抱かせず、福をもたらす神のように見よ。」

8宿衛が受け持つ内の暮らし

成吉思再說:「內裏的扯兒必官,並放頭口的,宿衛的知料者。內裏的房子、車輛、旄纛、生熟飲食、器皿等物,宿衛的提調者。若有缺少,只問他要。凡給散衣食,不得宿衛的言語,休給散者;若給散時,必自他始。凡內裏有人出入,宿衛的整治者。把門的貼門立者,門內二人管酒局者,管營盤的、於宿衛人的選充者,圍獵時共圍,獵車前留一半者。」

チンギスはまた言った。「内のチェルビの官と家畜を放ち飼うことは、宿衛が心得て取りしきれ。内の家、車、旗竿、生の食べ物と煮た食べ物、器などの物は、宿衛が受け持って取りしきれ。足りない物があれば、彼に求めて持って来させよ。およそ衣食を配るときには、宿衛の言葉がなければ配ってはならない。配るときには、必ず彼から始めよ。およそ内に人が出入りすることは、宿衛が取りしきれ。門を守る者は門に付いて立ち、門の内の二人は酒宴を受け持て。営地を受け持つ者は宿衛の中から選んで充てよ。巻き狩りのときにはともに囲み、狩りの車の前に半分を残しておけ。」

9わたしが出征しなければ宿衛も出征しない

成吉思再說:「我不出征,宿衛的亦不許出征。若有違者,起軍的頭目有罪。宿衛的不著他出征,只因他常護衛我。圍獵時跟隨我,平日又管收拾車輛等事,如此不容易,所以怕重復了他,不許他出征。」

チンギスはまた言った。「わたしが出征しなければ、宿衛も出征させてはならない。違う者があれば、軍を起こした頭目に罪がある。宿衛を出征させないのは、ただ彼らがつねにわたしを護衛しているからである。巻き狩りのときにはわたしに従い、ふだんの日はまた車などを片づける務めを受け持つ。これほど容易でないから、彼らに重ねて負わせるのを恐れて、出征させないのである。」

10営を張るときの立ち位置

太阻再說:「宿衛的內,教人與失吉忽禿忽一同斷事者;凡衣甲、弓箭、器械等,收拾給散者;官騸馬內教收拾馱網索者;宿衛的同扯兒賓給散段匹者。凡下營時,教帶弓箭的散班,與也孫帖額帶弓箭的,於帳殿右邊行;不合等散班,於帳殿左邊行;阿兒孩的勇士,於帳殿前面行;宿衛的管帳房、車輛,於帳殿根前左、右行;眾護衛散班,並內裏家人等,朵歹扯兒必管著,常在帳殿根前行者。」

太祖はまた言った。「宿衛の中から人を選んで、シギ・クトクとともに事を裁かせよ。およそ鎧、弓矢、武具などは、集めて配らせよ。官の去勢馬の中から、荷を載せる網と綱を集めさせよ。宿衛はチェルビとともに絹を配らせよ。およそ営を張るときには、弓矢を帯びる散班とイェスン・テエの弓矢を帯びる者たちを幕殿の右側に行かせ、ブカらの散班を幕殿の左側に行かせ、アルカイの勇士を幕殿の前方に行かせ、宿衛は幕と車を受け持って幕殿の前の左と右に行かせよ。諸護衛散班および内の家の者たちは、ドダイ・チェルビが受け持って、つねに幕殿の前を行かせよ。」

11クビライがカルルトを収める

太祖命忽必來征合兒魯兀惕種。其主阿兒思闌即投降了,來拜見太祖。太祖以女子賜他。

太祖はクビライに命じてカルルトの一族を討たせた。その主アルスランはすぐに降伏し、来て太祖にまみえた。太祖は娘を賜わった。

12スベエテイがトクトアの子らを絶つ

太祖又命速別額臺追脫黑脫阿子忽禿、赤老溫等,追至垂河,將忽禿等窮絕了回來。

太祖はまたスベエテイに命じて、トクトアの子クトゥ、チラウンらを追わせた。チュイ河まで追い、クトゥらを絶って帰って来た。

13ジェベがクチュルクを絶つ

初,命者別追古出魯克。追至撒裏黑昆地面,將古出魯克窮絕了回來。

はじめジェベに命じてクチュルクを追わせた。サリク・クンの地まで追い、クチュルクを絶って帰って来た。

14ウイグルのイドウトが第五子となることを願う

委吾種的主亦都兀惕差使臣阿惕乞剌黑等來成吉思處說:「俺聽得皇帝的聲名,如雲凈見日、冰消見水一般,好生喜歡了。若得恩賜啊,願做第五子,出氣力者!」成吉思說:「你來,女子也與你,第五子也教你做。」於是亦都兀惕將金銀、珠子、段匹等物,來拜見成吉思。遂將阿勒阿勒屯名的女子與了。

ウイグルの一族の主イドウトは、使者アトキラクらをチンギスのもとに遣わして言った。「われらが皇帝のお名前を聞きますと、雲が晴れて日を見、氷が解けて水を見るようで、たいそう喜びました。恩を賜わりますなら、第五子となって力を尽くしたいと思います。」チンギスは言った。「おまえが来い。娘も与え、第五子にもしてやろう。」そこでイドウトは金、銀、玉、絹などの物を持って来て、チンギスにまみえた。ついにアル・アルトゥンという名の娘を与えた。