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尉繚子 — 戰威尉繚子 戰威

武経七書(七つの兵法書)— 孫子を除いた六つ 武經七書 · 姜太公に仮託・黄石公に仮託・尉繚・呉起・司馬穰苴・李靖 · 戦国時代〜唐(紀元前4世紀〜7世紀) · 段落 6 · 漢字 277字 · 朗読 1.1分

武経七書(七つの兵法書)— 孫子を除いた六つ 尉繚子 宋が武官を選ぶ教科書として定めた七つの兵書のうち、孫子兵法を除いた六つ。六韜は文王・武王が太公望に問う問答で、国の治めから車・騎兵・野戦・水渡りまで六十篇、三略は黄石公が張良に与えたという短い三篇、尉繚子は秦の前後の軍令と伍・什の編制を細かに記した二十四篇、呉子は呉起が魏の武侯に答えた六篇、司馬法は春秋以前の軍礼を伝える五篇、李衛公問対は唐の太宗と李靖が奇正・虚実・蕃漢・攻守をやり取りした三巻である。「兵は凶器である」、「人を至らせて人に引かれない」、「千章万句も、さまざまな方法で誤らせるというその一句を越えない」がここから出た。孫子兵法の次に読む兵家の残りの六つの流れを一か所に集めた。

1将が戦うのは民、民が戦うのは気

夫將之所以戰者,民也;民之所以戰者,氣也。氣實則鬥,氣奪則走。

将が戦うのは民であり、民が戦うのは気である。気が満ちていれば戦い、気を奪われれば走る。

2奪うのは心の機

善用兵者,能奪人而不奪於人。奪者,心之機也。

よく兵を用いる者は、人から奪って人に奪われない。奪うというのは、心の機である。

3心を得ずに力を得た者はいない

古率民者,未有不能得其心,而能得其力者也;未有不能得其力,而能致其死者也。

古に民を率いた者のうち、その心を得られずにその力を得られた者はなく、その力を得られずにその死を尽くさせられた者はない。

4礼・信・親・愛があってこそ民は満腹を飢えと引き換えにする

故國必有禮、信、親、愛之義,而後民以飢易飽;國必有孝、慈、廉、恥之俗,而後民以死易生。故古率民者,必先禮信而後爵祿,先廉恥而後刑罰,先親愛而後律其身焉。

だから国に必ず礼・信・親・愛の義があってはじめて、民は飢えを満腹と引き換えにし、国に必ず孝・慈・廉・恥の習わしがあってはじめて、民は死を生と引き換えにする。だから古に民を率いた者は、必ず礼と信を先にして爵と禄を後にし、廉と恥を先にして刑罰を後にし、親と愛を先にしてその身を律することを後にした。

5地は民を養い、城は地を守り、戦は城を守る

地所以養民也,城所以守地也,戰所以守城也。故務耕者,其民不飢;務守者,其地不危;務戰者,其城不圍。三者,先王之本務也,而兵最急矣。

地は民を養うもの、城は地を守るもの、戦は城を守るものである。だから耕すことに努めればその民は飢えず、守ることに努めればその地は危うくなく、戦うことに努めればその城は囲まれない。この三つは先王の根本のつとめであって、そのうち兵が最も急である。

6王者の国は民を富ませ、亡びる国は倉を富ませる

王國富民,霸國富士,僅存之國富大夫,亡國富倉府,是謂上溢而下漏,故患無所救。故曰:舉賢用能,不時日而事利;明法審令,不卜筮而事吉;貴政養勞,不禱祠而得福。故曰:天時不如地利,地利不如人事。聖人所貴,人事而已矣。

王者の国は民を富ませ、覇者の国は士を富ませ、やっと存している国は大夫を富ませ、亡びる国は倉と府を富ませる。これを上が溢れて下が漏れるといい、だから患いを救う手だてがない。だから「賢者を挙げ能ある者を用いれば、時や日を選ばなくとも事は利あり、法を明らかにし令をつまびらかにすれば、占わなくとも事は吉く、政を貴び労した者を養えば、祈らなくとも福を得る」という。だから「天の時は地の利に及ばず、地の利は人の事に及ばない」という。聖人が貴ぶのは、人の事にほかならない。