司馬法 — 天子之義司馬法 天子之義
1天子の義と、士庶の義
天子之義,必純取灋天地,而觀於先聖。士庶之義,必奉於父母,而正於君長。故雖有明君,士不先教,不可用也。
天子の義は、必ずもっぱら天地に法を取り、先の聖人に見て取る。士や庶人の義は、必ず父母に奉じ、君や年長者のもとで正される。だから明らかな君がいても、士をまず教えなければ、用いることはできない。
2昔、民を教えた法
古之教民:必立貴賤之倫經,使不相陵;德義不相踰;材技不相掩;勇力不相犯。故力同而意和也。
昔、民を教えるには、必ず貴賤の倫と綱を立てて互いに侵さないようにし、徳と義が互いに越えないようにし、才と技が互いに覆わないようにし、勇と力が互いに犯さないようにした。だから力は揃い、意は和した。
3国でのふるまいを軍に持ち込まず、軍でのふるまいを国に持ち込まない
古者,國容不入軍,軍容不入國,故德義不相踰。上貴不伐之士,不伐之士,上之器也。茍不伐則無求,無求則不爭,國中之聽,必得其情,軍旅之聽,必得其宜,故材技不相掩。從命為士上賞,犯命為士上戮,故勇力不相犯。
昔は、国でのふるまいを軍に持ち込まず、軍でのふるまいを国に持ち込まなかったので、徳と義が互いに越えなかった。上は誇らない士を貴んだ。誇らない士は上の器である。誇らなければ求めることがなく、求めることがなければ争わない。国の中での聞き取りは必ずその実情を得、軍での聞き取りは必ずその適切さを得たので、才と技が互いに覆わなかった。命に従えば士にとって最上の賞、命を犯せば士にとって最上の死罪であったので、勇と力が互いに犯さなかった。
4教えてから慎んで選んで使う
既致教其民,然後謹選而使之。事極修則百官給矣。教極省則民興良矣。習貫成則民體俗矣。教化之至也。
その民を教え終えてから、慎んで選んで使う。事がきわめてよく整えば百官は足りる。教えがきわめて簡略であれば民は善を起こす。習いと慣わしができあがれば民は風俗を身につける。教化のきわみである。
5追っても遠くへは行かず、従っても追いつかない
古者,逐奔不遠,縱緩不及。不遠則難誘,不及則難陷。以禮為固,以仁為勝。既勝之後,其教可復,是以君子貴之也。
昔は、逃げる者を追っても遠くへは行かず、退く者に従っても追いつかなかった。遠くへ行かなければ誘いにかかりにくく、追いつかなければ落とし穴に落ちにくい。礼によって固め、仁によって勝った。勝ったのちにもその教えを繰り返せるので、君子はこれを貴んだ。
6虞・夏・殷・周の誓いと賞罰
有虞氏戒於國中,欲民體其命也。夏后氏誓於軍中,欲民先成其慮也。殷誓於軍門之外,欲民先意以行事也。周將交刃而誓之,以致民志也。夏后氏正其德也,未用兵之刃。故其兵不雜。殷義也,始用兵之刃矣。周力也,盡用兵之刃矣。夏賞於朝,貴善也。殷戮於市,威不善也。周賞於朝,戮於市,勸君子,懼小人也。三王彰其德一也。
有虞氏は国の中で戒めた。民にその命を身につけさせようとしたのである。夏后氏は軍の中で誓った。民にまずその思いを定めさせようとしたのである。殷は軍門の外で誓った。民にまず心を決めてから事を行わせようとしたのである。周は刃をまじえようとするときに誓った。民の志を至らせようとしたのである。夏后氏はその徳を正しくして、まだ兵の刃を用いなかった。だからその兵器は雑ざらなかった。殷は義であり、はじめて兵の刃を用いた。周は力であり、兵の刃を用い尽くした。夏は朝廷で賞した。善を貴んだのである。殷は市で殺した。善からぬことを威によって抑えたのである。周は朝廷で賞し市で殺した。君子を励まし小人を恐れさせたのである。三王がその徳を明らかに示したことは一つである。
7兵器が雑ざらなければ有利にならない
兵不雜則不利,長兵以衛,短兵以守。太長則難犯,太短則不及。太輕則銳,銳則易亂。太重則鈍,鈍則不濟。
兵器が雑ざらなければ有利にならない。長い兵器で衛り、短い兵器で守る。長すぎれば侵しにくく、短すぎれば届かない。軽すぎれば鋭く、鋭ければ乱れやすい。重すぎれば鈍く、鈍ければ成し遂げられない。
8戎車 — 鉤車・寅車・元戎
戎車,夏后氏曰鉤車,先正也。殷曰寅車,先疾也。周曰元戎,先良也。
戎車を、夏后氏は鉤車といった。正しさを先にしたのである。殷は寅車といった。速さを先にしたのである。周は元戎といった。よさを先にしたのである。
9旗 — 黒い頭、白、黄
旂,夏后氏玄首,人之執也。殷白,天之義也。周黃,地之道也。
旗は、夏后氏は黒い頭にした。人が執るものである。殷は白にした。天の義である。周は黄にした。地の道である。
10章 — 日と月、虎、龍
章,夏后氏以日月,尚明也。殷以虎,白戎也。周以龍,尚文也。
章は、夏后氏は日と月にした。明るさを尊んだのである。殷は虎にした。白の軍である。周は龍にした。文を尊んだのである。
11威が多ければ民は縮み、威が少なければ民は堪えられない
師多務威則民詘,少威則民不勝。上使民不得其義,百姓不得其敘,技用不得其利,牛馬不得其任,有司陵之,此謂多威。多威則民詘。上不尊德而任詐慝,不尊道而任勇力,不貴用命而貴犯命,不貴善行而貴暴行,陵之有司,此謂少威。少威則民不勝。軍旅以舒為主,舒則民力足,雖交兵致刃,徒不趨,車不馳,逐奔不踰列,是以不亂。軍旅之固,不失行列之政,不絕人馬之力,遲速不過誡命。
軍が威に力を入れすぎれば民は縮み、威が少なければ民は堪えられない。上が民を使ってもその義にかなわず、百姓がその順序を得られず、技の用いどころがその利を得られず、牛馬がその役に合わず、役人が民を侮る。これを威が多いという。威が多ければ民は縮む。上が徳を尊ばずに偽りや邪な者に任せ、道を尊ばずに勇や力に任せ、命に従うことを貴ばずに命を犯すことを貴び、善い行いを貴ばずに荒々しい行いを貴んで、役人を侮る。これを威が少ないという。威が少なければ民は堪えられない。軍はゆるやかさを主とする。ゆるやかであれば民の力は足り、兵をまじえ刃を合わせても、歩兵は駆けず、車は走らせず、逃げる者を追っても列を越えない。だから乱れない。軍の固さとは、行列の規律を失わず、人と馬の力を断ち切らず、遅速が戒めの命を外れないことである。
12礼と法は表と裏、文と武は左と右
古者,國容不入軍,軍容不入國。軍容入國則民德廢,國容入軍則民德弱。故在國言文而語溫,在朝恭以遜,修己以待人,不召不至,不問不言,難進易退。在軍抗而立,在行遂而果,介者不拜,兵車不式,城上不趨,危事不齒。故禮與灋表裏也。文與武左右也。
昔は、国でのふるまいを軍に持ち込まず、軍でのふるまいを国に持ち込まなかった。軍でのふるまいが国に入れば民の徳は廃れ、国でのふるまいが軍に入れば民の徳は弱くなる。だから国にあるときは言葉が文やかで語り口が温かく、朝廷では恭しく謙って、自分を修めて人に対し、召されなければ行かず、問われなければ語らず、進むのを難しくし退くのをたやすくする。軍にあるときはまっすぐ立ち、行軍では思い切って果断であり、甲をつけた者は拝礼せず、兵車では会釈せず、城の上では駆けず、危うい務めでは年齢の順を問わない。だから礼と法は表と裏であり、文と武は左と右である。
13大勝ちしても賞さず、大敗しても罰しない
古者,賢王明民之德,盡民之善,故無廢德,無簡民,賞無所生,罰無所試。有虞氏不賞不罰而民可用,至德也。夏賞而不罰,至教也。殷罰而不賞,至威也。周以賞罰,德衰也。賞不踰時,欲民速得為善之利也。罰不遷列,欲民速覩為不善之害也。大捷不賞,上下皆不伐善。上苟不伐善,則不驕矣;下苟不伐善,必亡等矣。上下不伐善若此,讓之至也。大敗不誅,上下皆以不善在己。上苟以不善在己,必悔其過;下苟以不善在己,必遠其罪。上下分惡若此,讓之至也。
昔、賢い王は民の徳を明らかにし、民の善を尽くさせたので、廃れる徳はなく、おろそかにされる民はなく、賞の生じるところがなく、罰を試すところがなかった。有虞氏は賞さず罰さずして民を用いることができた。至れる徳である。夏は賞して罰さなかった。至れる教えである。殷は罰して賞さなかった。至れる威である。周は賞と罰を用いた。徳が衰えたのである。賞は時を越えない。民に善を行う利を速く得させようとするのである。罰はその場を移さない。民に善からぬことを行う害を速く見せようとするのである。大勝ちしても賞さなければ、上も下もみな善を誇らない。上が善を誇らなければ驕らない。下が善を誇らなければ必ず等級を忘れる。上も下も善を誇らないことがこのようであるのは、譲りのきわみである。大敗しても罰しなければ、上も下もみな善からぬ点が自分にあると思う。上が善からぬ点が自分にあると思えば必ずその過ちを悔いる。下が善からぬ点が自分にあると思えば必ずその罪を遠ざける。上と下が悪を分け合うことがこのようであるのは、譲りのきわみである。
14守りの兵は三年のあいだ重ねて起こさない
古者戍兵三年不興,覩民之勞也。上下相報,若此,和之至也。
昔は、守りの兵を三年のあいだ重ねて起こさなかった。民の労苦を見ていたのである。上と下が互いに報い合うことがこのようであるのは、和のきわみである。
15凱の歌と霊台
得意則愷歌,示喜也。偃伯靈臺,荅民之勞,示休也。
意を得れば凱の歌をうたう。喜びを示すのである。霊台に武器を伏せて民の労苦に応える。休みを示すのである。