継善篇繼善篇
1天が福をもって報いる
子曰:「為善者,天報之以福;為不善者,天報之以禍。」
孔子が言った。「善を行う者には、天が福をもって報い、善でないことを行う者には、天が禍をもって報いる。」
2百の祥と百の殃
《尚書》雲:「作善降之百祥,作不善降之百殃。」
『尚書』に言う。「善をなせば百の祥(さいわい)を降し、善でないことをなせば百の殃(わざわい)を降す。」
3ただ早いか遅いかだけ
徐神翁曰:「積善逢善,積惡逢惡。仔細思量,天地不錯。善有善報,惡有惡報。若還不報,時辰未到。平生作善天加善,若是愚頑受禍殃。善惡到頭終有報,高飛遠走也難藏。行藏虛實自家知,禍福因由更問誰?善惡到頭終有報,只爭來早與來遲。閒中檢點平生事,靜裡思量日所為。常把一心行正道,自然天地不相虧。」
徐神翁が言った。「善を積めば善に出会い、悪を積めば悪に出会う。よくよく思いはかってみよ、天地は誤らない。善には善の報いがあり、悪には悪の報いがある。もし報いがないのなら、その時が来ていないだけだ。
生涯善をなせば天が善を加え、愚かで頑なであれば禍を受ける。善悪は最後には必ず報いがあり、高く飛び遠く走っても隠れることは難しい。行いと隠しごとの真偽は自分自身が知っている。禍福のわけを、ほかの誰に問おうか。
善悪は最後には必ず報いがあり、ただ早く来るか遅く来るかを争うだけだ。暇なときに生涯の事を点検し、静かな中で日々行ったことを思いはかってみよ。常に一つの心で正しい道を行けば、天地は自然に裏切らない。」
4余りある慶び、余りある殃
《易》雲:「積善之家必有餘慶,積不善之家必有餘殃。」
『易』に言う。「善を積む家には必ず余りある慶びがあり、善でないことを積む家には必ず余りある殃(わざわい)がある。」
5小さな善も行え
漢昭烈將終,敕後主曰:「勿以惡小而為之,勿以善小而不為。」
漢の昭烈帝(劉備)は臨終にあたり、後主に言いつけた。「悪が小さいからといって、それをしてはならない。善が小さいからといって、それをしないでいてはならない。」
夾注 1
《新刻音釋明心寶鑑正文》
『新刻音釈明心宝鑑正文』——新たに刻み、読みを付けた明心宝鑑の本文。
6一日でも善を忘れれば
莊子曰:「一日不念善,諸惡自皆起。」
荘子が言った。「一日でも善を思わなければ、あらゆる悪が自然にみな起こる。」
7善を択んで固く守れ
西山真先生曰:「擇善固執,惟日孜孜。」
西山真先生(真徳秀)が言った。「善を択(えら)んで固く守り、ただ日々努め励め。」
8天は必ず従ってくれる
耳聽善言,不墮三惡。人有善願,天必從之。
耳で善い言葉を聞けば、三つの悪道に落ちることはない。人に善い願いがあれば、天は必ずそれに従ってくれる。
9坂を登るのと崩れ落ちるのと
《晉國語》雲:「從善如登,從惡如崩。」
『晋国語』に言う。「善に従うのは坂を登るようであり、悪に従うのは崩れ落ちるようである。」
10善い事は貪れ
太公曰:「善事須貪,惡事莫樂。」
太公が言った。「善い事はぜひとも貪り、悪い事は楽しむな。」
夾注 1
周代呂尚的稱號。即姜太公。
周代の呂尚の称号である。すなわち姜太公。
11益に努めて損を防ぐ
顏子曰:「善以自益,惡以自損。故君子務其益以防損,非以求名且以遠辱。」
顔子が言った。「善は自分を益し、悪は自分を損なう。だから君子はその益に努めて損を防ぐ。名を求めるためではなく、恥辱を遠ざけるためである。」
12善を見るのは渇いた者のように
太公曰:「見善如渴,聞惡如聾。為善最樂,道理最大。」
太公が言った。「善を見ることは渇いた者のようにし、悪を聞くことは耳の聞こえぬ者のようにせよ。善を行うことが最も楽しく、道理が最も大きい。」
13善は足りず、悪は余る
馬援曰:「終身為善,善猶不足;一日行惡,惡自有餘。」
馬援が言った。「生涯善を行っても善はなお足りず、一日悪を行えば悪は自然に余る。」
14毛筋ほどの善と悪
顏子曰:「君子見毫釐之善不可傾之,行有纖毫之惡不可為之。」
顔子が言った。「君子は毛筋ほどの善を見てもそれを捨ててはならず、行いに糸筋ほどの悪があってもそれを行ってはならない。」
15言葉は千里の外で応じる
《易》曰:「出其言善,則千里應之;出言不善,則千里違之。」
『易』に言う。「その言葉が善く出れば千里の外も応じ、言葉が善からぬように出れば千里の外も背く。」
16行く末を問う必要はない
但存心裡正,不用問前程。但能依本分,前程不用問。若要有前程,莫做沒前程。
ただ心の中が正しければ、行く末を問う必要はない。ただ本分を守ることができれば、行く末は問う必要がない。行く末があってほしければ、行く末を失うような事をするな。
17陰徳を積んで残せ
司馬溫公《家訓》:「積金以遺子孫,子孫未必能守;積書以遺子孫,子孫未必能讀;不如積陰德於冥冥之中,以為子孫長久之計。」
司馬温公の『家訓』に言う。「金を積んで子孫に残しても、子孫は必ずしも守れない。書を積んで子孫に残しても、子孫は必ずしも読めない。人知れぬうちに陰徳を積み、子孫の長く久しい計(はかりごと)とするのに及ばない。」
18心と運
心好命又好,發達榮華早。心好命不好,一生溫飽。命好心不好,前程恐難保。心命都不好,窮苦直到老。
心も良く運も良ければ、早くに栄え開き、心は良いが運が悪ければ、一生食うに困らぬ程度であり、運は良いが心が悪ければ、行く末を保ちがたいのが恐ろしく、心も運もともに悪ければ、老いるまで貧しく苦しい。
19忠孝を残す家が栄える
《景行錄》雲:「以忠孝遺子孫者昌,以智術遺子孫者亡。以謙接物者強,以善自衛者良。」
『景行録』に言う。「忠孝を子孫に残す者は栄え、小賢しい術を子孫に残す者は滅びる。謙(ゆず)る心で人に接する者は強く、善によって自分を守る者は良い。」
20どこで再び出会わないことがあろうか
恩義廣施,人生何處不相逢?仇冤莫結,路逢險處難迴避。
恩と義を広く施せ。人の一生、どこで再び出会わないことがあろうか。仇や恨みを結ぶな。道で険しい所に出会えば、避けがたい。
21悪い者にも善くする
莊子雲:「於我善者,我亦善之。於我惡者,我亦善之。我既於人無惡,人能於我無惡哉!」
荘子が言う。「私に善い者には、私も善くする。私に悪い者にも、私は善くする。私がすでに人に悪くしていなければ、人も私に悪くすることはできないだろう。」
22師と資
老子曰:「善人,不善人之師。不善人,善人之資。」
老子が言った。「善い人は、善くない人の師である。善くない人は、善い人の資(もとで)である。」
23舌は残り、歯は折れる
老子曰:「柔勝剛,弱勝強。故舌柔能存,齒剛則折也。」
老子が言った。「柔らかさは剛さに勝ち、弱さは強さに勝つ。だから舌は柔らかくて残り、歯は剛くて折れる。」
24仁しむ者は長生きする
太公曰:「仁慈者壽,兇暴者亡。」
太公が言った。「仁(いつく)しみ慈しむ者は長生きし、凶(たけ)く暴(あら)い者は滅びる。」
25柔順さが長く続く
太公曰:「懦必壽昌,勇必夭亡。」
太公が言った。「柔順な者は必ず長く栄え、勇(たけ)るばかりの者は必ず早くに滅びる。」
26水のように善を行え
老子曰:「君子為善若水,擁之可以在山,激之可以過顴,能方能圓,委曲隨形。故君子能柔而不弱,能強而不剛,如水之性也。天下柔弱莫過於水,是以柔弱勝剛強。」
老子が言った。「君子が善を行うのは水のようである。塞き止めれば山の上にもあることができ、勢いよく流せば丘も越えることができ、方(四角)にもなれ円(まる)にもなれ、曲がりくねって器の形に従う。だから君子は柔らかくても弱くなく、強くても剛(こわ)くない。水の性質と同じである。天下に柔らかく弱いもので水に過ぎるものはなく、だからこそ柔らかく弱いものが剛く強いものに勝つ。」
27同じく理に帰する
《書》雲:「為善不同,同歸於理。為政不同,同歸於治。惡必須遠,善必須近。」
『書経』に言う。「善を行うやり方は同じでなくても、同じく理に帰する。政(まつりごと)を行うやり方は同じでなくても、同じく治に帰する。悪は必ず遠ざけ、善は必ず近づけよ。」
28富貴の計は十のうち九が失敗する
《景行錄》雲:「為子孫作富貴計者,十敗其九。為人行善方便者,其後受惠。」
『景行録』に言う。「子孫のために富貴の計(はかりごと)を立てる者は、十のうち九は失敗する。人のために善と便宜を行う者は、その後(のち)が恵みを受ける。」
29人に便宜を与えよ
與人方便,自己方便。
人に便宜を与えれば、自分も便利になる。
30日々、時々に
日日行方便,時時發善心。
日々便宜を行い、時々に善い心を起こせ。
31力の及ぶ所ごとに
力道到處,行方便。
力の及ぶ所ごとに、便宜を行え。
32便宜が第一
千經萬典,孝義為先;天上人間,方便第一。
千の経典万の書物が孝と義を先とし、天の上でも人の世でも便宜が第一である。
33禍福には門がない
《太上感應篇》曰:「禍福無門,惟人自招。善惡之報,如影隨形。所以人心起於善,善雖未為,而吉神已隨之。或心起於惡,惡雖未至,而凶神已隨之。其有曾行惡事,後自改悔,久久必獲吉慶,所謂轉禍為福也。」
『太上感応篇』に言う。「禍福には門がなく、ただ人が自分で招く。善悪の報いは、影が形に従うようである。だから人の心が善から起これば、善をまだ行っていなくても吉の神がすでに従い、心が悪から起これば、悪がまだ至っていなくても凶の神がすでに従う。かつて悪い事を行った者でも、後に自ら悔い改めれば、久しくして必ず吉き慶びを得る。いわゆる禍を転じて福とすることである。」
34春の園の草、刀を研ぐ石
東岳聖帝垂訓:「天地無私,神明暗察。不為享祭而降福,不為失禮而降禍。凡人有勢不可倚盡,有福不可享盡,貧困不可欺盡。此三者乃天地循環,周而復始。故一日行善,福雖未至,禍自遠矣。一日行惡,禍雖未至,福自遠矣。行善之人,如春園之草,不見其長而日有所增。行惡之人,如磨刀之石,不見其損而日有所虧。損人安己,切宜戒之!」
東岳聖帝が訓(おしえ)を垂れた。「天地には私(わたくし)がなく、神明はひそかに察する。祭りを受けるから福を降すのではなく、礼を失ったから禍を降すのでもない。
およそ人は、勢いがあってもそれに頼りきってはならず、福があってもそれを享(う)けきってはならず、貧しく困っているからといって侮りきってはならない。この三つは天地が循(めぐ)り還(かえ)り、ひとめぐりしてまた始まるものである。
だから一日善を行えば、福はまだ至らなくても禍が自然に遠ざかり、一日悪を行えば、禍はまだ至らなくても福が自然に遠ざかる。善を行う人は春の園の草のようで、伸びるのは見えないが日々増すものがあり、悪を行う人は刀を研ぐ石のようで、減るのは見えないが日々欠けるものがある。人を損なって自分を安らかにすることは、くれぐれも戒めよ。」
35縁に従えば自然に楽しい
一毫之善,與人方便。一毫之惡,勸人莫作。衣食隨緣,自然快樂。
毛筋ほどの善でも人に施し、毛筋ほどの悪でも人にするなと勧めよ。衣食は縁に従えば、自然に快く楽しい。
36吉き人になりたいのか
康節邵先生戒子孫曰:「上品之人,不教而善;中品之人,教而後善;下品之人,教亦不善。不教而善,非聖而何?教後善,非賢而何?教亦不善,非愚而何?是知善也者,吉之謂也。不善也者,兇之謂也。吉也者,目不觀非禮之色,耳不聽非禮之聲,口不道非禮之言,足不踐非禮之地。人非善不交,物非義不取。親賢如就芝蘭,避惡如畏蛇蠍。或曰:不謂之吉人,則吾不信也。兇也者,語言詭譎,動止陰險,好利飾非,貪淫樂禍,邪良善如仇隙,犯刑憲如飲食,小則殞身滅性,大則覆宗絕嗣。或曰:不謂之凶人,則吾不信也。《傳》有之曰:'吉人為善,惟日不足。兇人為不善,亦惟日不足。'汝等欲為吉人乎?欲為凶人乎?」
康節邵先生(邵雍)が子孫を戒めて言った。「上品の人は教えなくても善く、中品の人は教えて後に善く、下品の人は教えても善くない。教えなくても善いのは聖人でなくて何であろうか。教えて後に善いのは賢人でなくて何であろうか。教えても善くないのは愚者でなくて何であろうか。
これで分かる。善とは吉を言うのであり、善でないとは凶を言うのである。
吉の人は、目で礼でない色を見ず、耳で礼でない声を聞かず、口で礼でない言葉を言わず、足で礼でない地を踏まない。人は善くなければ交わらず、物は義でなければ取らない。賢者に親しむことは芝蘭に近づくようにし、悪を避けることは蛇や蠍を畏れるようにする。これを吉き人と言わない者があれば、私は信じない。
凶の人は、言葉が偽り欺き、振る舞いが陰険で、利を好んで非を飾り、淫(みだ)りを貪って人の禍を楽しみ、良く善き人を仇のように憎み、刑法を犯すことを飲み食いのようにする。小さくは身を滅ぼし命を失い、大きくは家を覆し後継ぎを絶やす。これを凶き人と言わない者があれば、私は信じない。
『伝』にこうある。『吉き人は善を行って、なお日が足りない。凶しき人は善でないことを行って、やはり日が足りない。』お前たちは吉き人になりたいのか、凶しき人になりたいのか。」
37善を宝とする
《楚書》曰:「楚國無以為寶,惟善以為寶。」
『楚書』に言う。「楚の国には宝とするものがなく、ただ善を宝とする。」
38熱湯に手を入れるように
子曰:「見善如不及,見不善如探湯。」
孔子が言った。「善を見れば及ばないかのようにし、善でないものを見れば熱湯に手を入れるかのようにせよ。」
39等しくなることを思え
子曰:「見賢思齊焉。見不賢而內自省也。」
孔子が言った。「賢者を見れば等しくなることを思い、賢くない者を見れば内に省みよ。」
40空しく生きなかった一日
先儒曰:「一日或聞一善言,行一善事,此日方不虛生。」
昔の儒者が言った。「一日のうちに善い言葉を一つ聞き、善い事を一つ行えば、その日こそ空しく生きたのではない。」
41自分を占え
行合道義,不卜自吉。行悖道義,縱卜亦兇。人當自卜,不必卜神。
行いが道義に合えば、占わなくても自然に吉であり、行いが道義に背けば、占っても凶である。人は自分を占うべきであり、神に占う必要はない。
42貧しくても服する人がある
我如為善,雖一介寒士,有人服其德。我如為惡,雖位極人臣,有人議其逆。
私が善を行えば、一介の貧しい士(さむらい)であっても、その徳に服する人がある。私が悪を行えば、位が人臣の極みに至っていても、その逆らいを謗(そし)る人がある。
43積もることが恐ろしい
《周易》曰:「善不積不足以成名,惡不積不足以滅身。小人以小善為無益而弗為也,以小惡為無傷而弗去也,故惡積而不可掩,罪大而不可解。」
『周易』に言う。「善は積まなければ名を成すに足らず、悪は積まなければ身を滅ぼすに足らない。小人は小さな善を益がないとして行わず、小さな悪を害がないとして捨てない。だから悪が積もって覆いきれなくなり、罪が大きくなって解けなくなる。」
44霜を踏めば氷が来る
履霜堅冰至。臣弒其君,子弒其父,非一旦一夕之事,其由來者漸矣。
霜を踏めば固い氷が至る。臣がその君を殺し、子がその父を殺すのは、一朝一夕の事ではない。そのもとになるものが次第に重なってきたのである。