正己篇
1人の善悪から自分を尋ねよ
《性理書》雲:「見人之善而尋己之善,見人之惡而尋己之惡,如此方是有益。」
『性理書』に言う。「人の善を見れば自分の善を尋ね、人の悪を見れば自分の悪を尋ねよ。こうしてはじめて益がある。」
2自分を重んじよ
《景行錄》雲:「不自重者取辱,不自畏者招禍。不自滿者受益,不自是者博聞。」
『景行録』に言う。「自分を重んじない者は恥辱を招き、自分を畏れない者は禍を招く。自ら満ちたとしない者は益を受け、自ら正しいとしない者は広く聞く。」
3重くなければ威厳がない
子曰:「君子不重則不威,學則不固。主忠信。」
孔子が言った。「君子が重くなければ威厳がなく、学んでも固まらない。忠と信を主とせよ。」
4大丈夫は人を容れる
《景行錄》雲:「大丈夫當容人,無為人所容。」
『景行録』に言う。「大丈夫は人を容(い)れるべきであって、人に容れられるようになってはならない。」
5剛ければ自ら立つ
人資禀要剛,剛則有立。
人の生まれつきの質は剛(つよ)くなければならない。剛ければ自ら立つことができる。
6自分を放って人だけ教えれば
《素書》兵書名。舊題黃石公撰,宋張商英注。以道、德、仁、義、禮五者為主旨,取老子之說為註釋。雲:「釋己以教人者逆,正己以教人者順。」
『素書』——兵書の名である。古くから黄石公の著とされ、宋の張商英が注を付けた。道・徳・仁・義・礼の五つを主旨とし、老子の説を取って解釈した——に言う。「自分を放っておいて人を教えるのは逆らいであり、自分を正してから人を教えるのは順(したが)いである。」
7自分のできることで人を責めるな
蘇武曰:「不可以己之所能而責人之所不能,不可以己之所長而責人之所短。」
蘇武が言った。「自分ができるからといって人のできないことを責めてはならず、自分が得意だからといって人の不得手を責めてはならない。」
8貴いからと人を賤しむな
太公曰:「勿以貴己而賤人,勿以自大而蔑小,勿以恃勇而輕敵。」
太公が言った。「自分が貴いからといって人を賤しむな、自ら大きいとして小さい者を侮るな、勇を頼みにして敵を軽んじるな。」
9徳で勝てば強い
魯共公曰:「以德勝人則強,以財勝人則兇,以力勝人則亡。」
魯の共公が言った。「徳で人に勝てば強く、財で人に勝てば凶(わる)く、力で人に勝てば滅びる。」
10教えと諂い
荀子曰:「以善先人者謂之教,以善和人者謂之順。以不善先人者謂之諂,以不善和人者謂之諂。」
荀子が言った。「善をもって人に先立って導くことを教えといい、善をもって人と和(やわら)ぐことを順(したが)いという。善でないものをもって人に先立って導くことを諂(へつらい)といい、善でないものをもって人と和ぐこともまた諂という。」
夾注 1
底本は前後の二句をともに「諂」と書く。通行本は後ろを「諛(へつらう)」と書く。底本のままにした。——訳者
11力で服させたものは
孟子曰:「以力服人者,非心服也。以德服人者,中心悅而誠服也。」
孟子が言った。「力で人を服させるのは心から服するのではない。徳で人を服させれば、心の内が喜んで真に服するのである。」
12善は覚え、悪は覆え
太公曰:「見人善事,即須記之。見人惡事,即須掩之。」
太公が言った。「人の善い事を見たらすぐに覚えておき、人の悪い事を見たらすぐに覆い隠してやれ。」
13人の善を隠せば
孔子曰:「匿人之善,欺謂蔽賢;揚人之惡,欺謂小人。言人之善,若己有之;言人之惡,若己受之。」
孔子が言った。「人の善を隠すのは賢者を覆い隠す偽りであり、人の悪を言い広めるのは小人の偽りである。人の善を言うときは自分にそれがあるかのようにし、人の悪を言うときは自分がそれを受けるかのようにせよ。」
14父母の名を聞いたように
馬援曰:「聞人過失,如聞父母之名,耳可得聞口不可得言也。」
馬援が言った。「人の過ちを聞いたら、父母の名を聞いたかのようにして、耳では聞いても口では言うな。」
15後の災いをどうするつもりか
孟子曰:「言人之不善,當如後患何?」
孟子が言った。「人の善でないところを言って、後の災いをどうするつもりか。」
16蘭を帯びたよう、棘を背負ったよう
康節邵先生曰:「聞人之謗未嘗怒,聞人之譽未嘗喜,聞人言人之惡未嘗和,聞人言人之善則就而和之,又從而喜之。故其詩曰:'樂見善人,樂聞善事,樂行善意。聞人之惡,如負芒刺。聞人之善,如佩蘭蕙。'」
康節邵先生が言った。「人の謗りを聞いても怒ったことがなく、人の誉めを聞いても喜んだことがない。人が人の悪を言うのを聞いても相槌を打ったことがなく、人が人の善を言うのを聞けば進んで相槌を打ち、さらに従って喜んだ。だからその詩に、『善い人を見るのを楽しみ、善い事を聞くのを楽しみ、善い意を行うのを楽しめ。人の悪を聞けば棘を背負ったかのようにし、人の善を聞けば蘭を帯びたかのようにせよ』とある。」
17みだりにするな
《詩》雲:「心無妄思,足無妄走。人無妄交,物無妄受。」
『詩』に言う。「心でみだりに思うな、足でみだりに歩くな。人とみだりに交わるな、物をみだりに受けるな。」
18風のように移り、雷のように改めよ
《近思錄》雲:「遷善當如風之速,改過當如雷之烈。」
『近思録』に言う。「善に移ることは風のように速くし、過ちを改めることは雷のように激しくせよ。」
19君子の過ちは日食のよう
子貢曰:「君子之過也,如日月之食焉。過也,人皆見之。更也,人皆仰之。」
子貢が言った。「君子の過ちは日や月の食(しょく)のようなものである。過ちがあれば人がみな見、改めれば人がみな仰ぎ見る。」
20知ったら必ず改めよ
知過必改,得能莫忘。
過ちを知ったら必ず改め、できるようになったことは忘れるな。
21改めないことが過ちである
子曰:「過而不改,是謂過矣。」
孔子が言った。「過ちがあっても改めない、これを過ちという。」
22愚かな者は鈍い馬のよう
《直言訣》曰:「聞過不改,是謂過矣。愚者若驒馬也。驒馬自受鞭策,愚人終受毀捶,而不漸其駕也。」
『直言訣』に言う。「過ちを聞いても改めないなら、これが過ちである。愚かな者は鈍い馬のようだ。鈍い馬が鞭を受けるように、愚かな人は最後まで打たれながらも、その御(ぎょ)しように少しも進まない。」
23過ちを言ってくれる者が師
道吾惡者是吾師,道吾好是吾賊。
私の悪いところを言ってくれる者は私の師であり、私の良いところばかり言う者は私の賊である。
24三人で行けば師がある
子曰:「三人行,必有我師焉。擇其善者而從之,其不善者而改之。」
孔子が言った。「三人で行けば必ず私の師がある。その善いところを択(えら)んで従い、その善くないところを見て改める。」
25言葉を少なくし交わりを択べ
《景行錄》雲:「寡言擇交,可以無悔吝,可以免憂辱。」
『景行録』に言う。「言葉を少なくし、交わりを択べば、悔いや恥がないようにでき、憂いや恥辱を免れることができる。」
26言葉の多さは身の益にならない
太公曰:「多言不益其體,百藝不忘其身。」
太公が言った。「言葉が多いのは身の益にならないが、百の技(わざ)は身を裏切らない。」
27勤めは値のつけられない宝
太公曰:「勤為無價之寶,慎是護身之符。」
太公が言った。「勤めは値のつけられない宝であり、慎みは身を守る護符である。」
28言葉が少なければ謗りが減る
《景行錄》雲:「寡言則省誹謗,寡欲則保身。」
『景行録』に言う。「言葉が少なければ謗りが減り、欲が少なければ身を保つ。」
29欲がないのはたやすいが
《景行錄》雲:「保生者寡欲,保身者避名。無欲易,無名難。」
『景行録』に言う。「生を保とうとする者は欲を少なくし、身を保とうとする者は名を避ける。欲がないのはたやすいが、名がないのは難しい。」
30名を追えば身を殺す
務名者,殺其身。多財者,殺其後。
名に努める者は自分の身を殺し、財の多い者は自分の後の者を殺す。
31欲は神を傷める
老子曰:「欲多傷神,財多累身。」
老子が言った。「欲が多ければ神(こころ)を傷め、財が多ければ身の累(わずらい)となる。」
32富貴の様子を見せるな
胡文定公曰:「人須是一切世味,淡薄方好,不要有富貴相。」
胡文定公が言った。「人はすべての世の味わいに淡くあってこそよい。富貴の様子を持とうとするな。」
33まず身と心を良くせよ
李端伯師說:「人於外物奉身者,事事要好。只有自家一個身與心,卻不要好。苟得外物好時節,卻不知道自家身與心,已自先不好了也。」
李端伯の師が言った。「人は身を奉(ささ)える外の物については事ごとに良いことを求めるのに、ただ自分一人の身と心だけは良くしようとしない。外の物が良い時節を得たとしても、自分の身と心がすでに先に良くなくなっていることを知らないのである。」
34自分の過ちを攻めよ
《呂氏童蒙訓》曰:「攻其惡,無攻人之惡。蓋自攻其惡,日夜自己點檢,絲毫不盡則憮於心矣,豈有工夫點檢他人耶?」
『呂氏童蒙訓』に言う。「自分の悪を攻め、人の悪を攻めるな。自分の悪を自ら攻めて昼夜自分で点検しても、毛筋ほどでも尽くしきれなければ心に引っかかるのに、どうして人を点検する暇があろうか。」
35君子の三つの戒め
子曰:「君子有三戒:少之時,血氣未定,戒之在色;及其壯也,血氣方剛,戒之在斗;及其老也,血氣既衰,戒之在得。」
孔子が言った。「君子に三つの戒めがある。若いときは血気がまだ定まらないので、戒めは色にあり、壮年になれば血気がまさに剛(つよ)いので、戒めは争いにあり、老いれば血気がすでに衰えるので、戒めは得ようとすることにある。」
36孫真人の養生銘
孫真人《養生銘》:「怒甚偏傷氣,思多大損神。神疲心易役,氣弱病相縈。勿使悲歡極,當令飲食均。再三防夜醉,第一戒晨嗔。」
孫真人の『養生銘』に言う。「怒りがひどければ気を傷め、思いが多ければ神(こころ)を大きく損なう。神が疲れれば心は使われやすく、気が弱れば病が絡みついてくる。悲しみと歓びを極端にするな、飲み食いを均(ひと)しくせよ。かさねて夜の酔いを防ぎ、第一に朝の怒りを戒めよ。」
37食を節し、心を清めよ
《景行錄》雲:「節食養胃,清心養神。口腹不節,致疾之因。念慮不正,殺身之本。」
『景行録』に言う。「食を節して胃を養い、心を清めて神(こころ)を養え。口と腹を節しないのは病を招く因であり、思いが正しくないのは身を殺す本である。」
38満腹を求めるな
子曰:「君子食無求飽,居無求安。」
孔子が言った。「君子は食べるのに満腹を求めず、住まいに安楽を求めない。」
39智者は五臓を調える
《脈訣》曰:「智者能調五臟和。」
『脈訣』に言う。「智者はよく五臓を調えて和(やわら)げる。」
40知られたければ学び、怖ければするな
吃少添鹽醋,不是去處休去。要人知,重勤學。怕人知,己莫作。
少なく食べて塩と酢を添え、行く所でなければ行くな。人に知られたければ学ぶことに努め、人に知られるのが怖いなら自分でするな。
41知られたくなければするな
若慾不知,除非莫為。
知られたくなければ、しないしかない。
42しないに及ぶものはない
老子曰:「欲人不知,莫若無為。欲人不言,莫若不為。」
老子が言った。「人に知られたくなければ、しないに及ぶものはない。人に言われたくなければ、しないに及ぶものはない。」
43淡ければ精神が清い
《景行錄》雲:「食淡精神爽,心清夢寐安。」
『景行録』に言う。「食べるものが淡(あわ)ければ精神が爽やかであり、心が清ければ寝て見る夢も安らかである。」
44常に清く静かであれば
老子曰:「人能常清靜,天地悉皆歸。」
老子が言った。「人がよく常に清く静かであれば、天地がことごとくみな帰ってくる。」
45道が高ければ竜も虎も伏す
道高龍虎伏,德重鬼神欽。
道が高ければ竜も虎も伏し、徳が重ければ鬼神も敬う。
46心を定めれば鬼神も服する
蘇黃門曰:「衣冠佩玉,可以化強暴;深居簡出,可以卻猛獸;定心寡欲,可以服鬼神。」
蘇黄門(蘇轍)が言った。「衣冠を整え佩玉(はいぎょく)を帯びれば、強く乱暴な者を教化することができ、深く住んでまれに出れば、猛(たけ)き獣を退けることができ、心を定めて欲を少なくすれば、鬼神を服させることができる。」
47身を修める要
《性理書》雲:「修身之要:言忠信,行篤敬,懲忿謙欲,遷善改過。」
『性理書』に言う。「身を修める要(かなめ)は、言葉は忠(まこと)あり信(まこと)あるように、行いは篤く敬うようにし、忿(いか)りを懲(おさ)えて欲を防ぎ、善に移り過ちを改めることである。」
48文ではなく平素にある
《景行錄》雲:「凡修身為學,不在文字言語中,只平日待人接物便是。取非其有謂之盜,欲非其有謂之賊。」
『景行録』に言う。「およそ身を修め学をするのは文字や言葉の中にあるのではなく、ただ平素に人を待(もてな)し物事を処することがそれである。自分のものでないものを取るのを盗(ぬすびと)といい、自分のものでないものを欲しがるのを賊(ぞく)という。」
49敬うに及ぶものはない
太公曰:「修身莫若敬,避強莫若慎。」
太公が言った。「身を修めるには敬うに及ぶものがなく、強いものを避けるには慎むに及ぶものがない。」
50心を定めて物に応ずれば
《景行錄》雲:「定心應物,雖不讀書,可以為有德君子。」
『景行録』に言う。「心を定めて物に応ずれば、書を読んでいなくても徳ある君子と言える。」
51姦な声と乱れた色
《禮記》曰:「君子姦聲亂色不留聰明。淫樂匿禮不接心術。惰慢邪闢之氣不設於身體。使耳目鼻口心知百體,皆由順正以行正義。」
『礼記』に言う。「君子は姦(よこしま)な声と乱れた色を聡明にとどめず、淫らな楽(がく)と邪(よこしま)な礼を心に接せず、怠り慢(おご)り邪(よこしま)に偏った気を身体に置かない。耳・目・鼻・口と心の知と全身が、みな順(したが)い正しいことによって正しい義を行うようにさせる。」
52昔の人と今の人
古人克己以避名,今人飾己以要譽。
昔の人は自分に克(か)って名を避けたが、今の人は自分を飾って名誉を求める。
53君子は昔も今も
君子則無古今無治無亂,出則忠,入則孝,用則智,舍則愚。
君子には昔も今もなく、治まっているか乱れているかもない。出れば忠であり、入れば孝であり、用いられれば智であり、捨てられれば愚かであるかのように過ごす。
54身を修めることと口を閉じること
老子曰:「萬般求生,不如修身。千般求生,不如禁口。」
老子が言った。「万(よろず)の手立てで生きる道を求めるのは身を修めるに及ばず、千の手立てで生きる道を求めるのは口を閉じるに及ばない。」
55行いを択び言葉を択べ
太公曰:「身須擇行,口須擇言。」
太公が言った。「身はぜひとも行いを択(えら)び、口はぜひとも言葉を択べ。」
56家を建てるように土台から固めよ
《直言訣》曰:「治家治身者,猶如搆屋者先固基址。立身者先要其德行,成家者先要其產業。治家者須葺其房屋,舍修可以庇人物,立身可以奉神明。全家可以安長幼,治國可以保君子。若基址不實,屋必崩裂。心行若虐,身體危辱,家必喪亡。百姓離亂,國必傾墜,君臣何保?家若喪亡,長幼何托?身若危辱,神明何安?摧崩房屋,人物何庇?成敗如斯,孰可察也?」
『直言訣』に言う。「家を治め身を治めるのは、家を建てる者がまず土台を固めるのと同じである。身を立てようとするならまず徳行を備えなければならず、家を成そうとするならまず生業を備えなければならない。家を治める者はぜひとも家屋を手入れしなければならない。家が修まれば人も物も覆(おお)うことができ、身が立てば神明を奉ることができる。家が全(まっと)うされれば年長者も幼い者も安らかでいられ、国が治まれば君を守ることができる。
土台が実(じつ)でなければ家は必ず崩れ裂け、心と行いが虐(むご)ければ身は危うく恥辱を受け、家は必ず滅びる。民が離れ乱れれば国は必ず傾くのだから、君と臣は何を守ろうか。家が滅びれば年長者も幼い者もどこに託そうか。身が危うく恥辱を受ければ神明はどうして安らかであろうか。家が崩れれば人も物もどこに覆おうか。成ることと壊れることがこのようであるのに、誰が察しないでいられようか。」
57根と葉
《警身錄》雲:「聖世獲生乎,始覺寸陰勝尺璧,豈不去邪從正,惜身重命?如人未歷於事,當明根葉之異,禍福之殊。根葉者,賢良篤行信為本,正直剛毅枝葉也。父母己身性為本,妻子財物枝葉也。一家之內糧為本,不急之物枝葉也。免辱免刑仁為本,倚財靠勢枝葉也。疾病欲痊癒藥為本,信卜巫醫枝葉也。萬事無過實為本,巧言裝飾枝葉也。恩親賢良敬為本,私好之人枝葉也。衣食飽暖業為本,浮蕩之財枝葉也。為官治訟法為本,恣意擬斷枝葉也。是故有根無葉可以待時,有葉無根甘雨所不能滋也。若務本業勤謹儉用,隨時知足,孝養父母,誠於靜閒,守分安身,遠惡近善,知過必改,善調五臟,以避寒暑,不必問命,此真福也。」
『警身録』に言う。「盛んな世に生を得たのだから、一寸の光陰が一尺の玉より勝ることをはじめて悟るのであれば、どうして邪を去り正に従って身を惜しみ命を重んじないでいられようか。人がまだ事を経ていないときは、まさに根と葉の違い、禍と福の分かれを明らかにすべきである。
根と葉とはこうである。賢く良く篤い行いには信が根であり、正直で剛毅であることは枝葉である。父母と自分の身には性が根であり、妻子と財物は枝葉である。一家の内では糧が根であり、急がない物は枝葉である。恥辱と刑を免れるには仁が根であり、財に寄り勢いに頼ることは枝葉である。病が癒えることを願うには薬が根であり、占いや巫(みこ)を信じることは枝葉である。万事には実(じつ)が根であり、巧みな言葉や飾りは枝葉である。親と賢者を恩(いつく)しむには敬が根であり、私(わたくし)に好む人は枝葉である。衣食に飽き暖かであるには生業が根であり、浮いた財は枝葉である。官(つかさ)となって訟(うったえ)を治めるには法が根であり、思うままに裁くことは枝葉である。
それゆえ、根があって葉がなければ時を待つことができるが、葉だけあって根がなければ甘い雨も潤すことができない。もし本業に努めて勤め慎み倹(つま)しく用い、時に従って足るを知り、父母を孝をもって養い、静かなところで誠であり、分を守って身を安んじ、悪を遠ざけ善を近づけ、過ちを知れば必ず改め、五臓をよく調えて寒さと暑さを避けるなら、命(めい)を問うまでもなく、これが真の福である。」
58自分の欲に従うことが最も大きい禍
《景行錄》雲:「禍莫大於從己之欲,惡莫甚於言人之非。」
『景行録』に言う。「禍は自分の欲に従うことより大きいものがなく、悪は人の非を言うことよりひどいものがない。」
59言葉は訥に、行いは敏く
子曰:「君子欲訥於言,而敏於行。」
孔子が言った。「君子は言葉は訥(とつ)に、行いは敏(さと)くありたいと思う。」
60一言の益は千金より重い
蘇武曰:「一言之益,重於千金。一行之虧,毒如蛇蠍。」
蘇武が言った。「一言の益は千金より重く、一つの行いの欠けは蛇や蠍のように毒である。」
61火を消すように、水を塞くように
《近思錄》雲:「懲忿如救火,,如防水。」
『近思録』に言う。「忿(いか)りを懲(おさ)えることは火を消すようにし、欲を防ぐことは水を塞(せ)くようにせよ。」
夾注 1
底本は「如防水」の前の字が空いている。通行本の「窒慾(欲を塞ぐ)」に従って補って読んだ。——訳者
62色を避けるのは仇を避けるように
《夷堅志》雲:「避色如避仇,避風如避箭。莫吃空心茶,少食中夜飯。」
『夷堅志』に言う。「色を避けることは仇を避けるようにし、風を避けることは矢を避けるようにせよ。空腹に茶を飲むな、夜中の飯は少なく食べよ。」
63貪らなければ禍が少ない
利不苟貪終禍少,事能常忍得身安。頻浴身安頻欲病,學道無憂學道難。
利をかりそめに貪らなければ最後まで禍が少なく、事ごとに常に忍ぶことができれば身が安らかである。たびたび浴びれば身は安らかだが欲がたびたびであれば病になるのだから、道を学べば憂いがないが、道を学ぶことは難しい。
64貪る心が自分を害する
太公曰:「貪心害己,利口傷身。」
太公が言った。「貪る心は自分を害し、口さがないことは身を傷める。」
65声と色は徳を崩す
《景行錄》雲:「聲色者,敗德之具。思慮者,殘生之本。」
『景行録』に言う。「声と色は徳を崩す道具であり、思いめぐらしすぎることは生を削る本である。」
66役に立たない弁は捨てておけ
荀子曰:「無用之辨,不急之察,棄而不治。若夫君臣之義,父子之親,夫婦之別,則日切磋而不捨也。」
荀子が言った。「役に立たない弁(あげつらい)と急がない察(せんさく)は、捨てておいて治めるな。しかし君と臣の義、父と子の親しみ、夫と妻の分別は、日々切磋して捨てないことである。」
67多くの人が好んでも察せよ
子曰:「眾好之,必察焉。眾惡之,必察焉。」
孔子が言った。「多くの人が好んでも必ず察し、多くの人が憎んでも必ず察せよ。」
68自分で作った災いは避けられない
太甲商王,成湯孫。曰:「天作孽猶可違,自作孽不可活。此之謂也。」
太甲——商の王、成湯の孫である——が言った。「天が作った災いはなお避けることができるが、自分で作った災いは生きる道がない。これを言うのである。」
69聖賢の気象
《景行錄》雲:「聞善言則拜,告有過則喜,有聖賢氣象。」
『景行録』に言う。「善い言葉を聞けば拝し、過ちがあると告げられれば喜ぶなら、聖賢の気象(きしょう)があるのである。」
70子路と禹王
子路聞過則喜,禹聞善言則拜。
子路は過ちを聞けば喜び、禹王は善い言葉を聞けば拝した。
71どうして君子にならないのか
節孝徐先生訓學者曰:「諸君欲為君子,而使勞己之力,費己之財,如此而不為君子,猶可也。不勞己之力,不費己之財,諸君何不為君子?鄉人賤之,父母惡之,如此而不為君子,猶可也。父母欲之,鄉人榮之,諸君何不為君子?」
節孝徐先生が学ぶ者たちを戒めて言った。「君たちが君子になろうとして、自分の力がかかり自分の財がかかるのなら、それで君子にならないのもまだ分かる。自分の力もかからず自分の財もかからないのに、君たちはどうして君子にならないのか。里の人が賤しみ、父母が憎むのなら、それで君子にならないのもまだ分かる。父母が望み、里の人が誉れとするのに、君たちはどうして君子にならないのか。」
72時に合ってから言え
《論語》曰:「夫子時然後言,人不厭其言;樂然後笑,人不厭其笑;義然後取,人不厭其取。」
『論語』に言う。「先生は時に合ってから言われるので、人はその言葉を厭(いと)わず、楽しんでから笑われるので、人はその笑いを厭わず、義にかなってから取られるので、人はその取ることを厭わない。」
73酒の席で物を言わない者
酒中不語真君子,財上分明大丈夫。
酒の席で物を言わない者が真の君子であり、財において明らかな者が大丈夫である。
74富は家を、徳は身を潤す
《大學》雲:「富潤屋,德潤身。」
『大学』に言う。「富は家を潤し、徳は身を潤す。」
75正しくして足りないほうがよい
寧可正而不足,不可邪而有餘。
むしろ正しくして足りないほうがよく、邪(よこしま)にして余るようであってはならない。
76あまりに刻くふるまえば
《景行錄》雲:「為人要忠厚,若刻悛太甚,不肖之子,應之矣。」
『景行録』に言う。「人となりは忠(まこと)あつくなければならない。刻(むご)さがあまりにひどければ、不肖の子がそれに応じて出てくる。」
77徳と財
德勝財為君子,財勝德為小人。
徳が財に勝てば君子であり、財が徳に勝てば小人である。
78良い薬は口に苦い
子曰:「良藥苦口利於病,忠言逆耳利於行。」
孔子が言った。「良い薬は口に苦いが病に利があり、忠(まこと)の言葉は耳に逆らうが行いに利がある。」
79非を省くことが先である
作福不如避罪,避禍不如省非。
福を作ることは罪を避けるに及ばず、禍を避けることは非を省くに及ばない。
80人になるのは気楽ではない
成人不自在,自在不成人。
人になろうとすれば気ままではいられず、気ままであれば人にならない。
81三つの恕
子貢曰:「君子有三恕。有君不能事,有人而求其使,非恕也;有親不能報,有子而求其孝,非恕也;有兄不能敬,有弟而求其聽令,非恕也。士明於此三恕,則可以端身矣。」
子貢が言った。「君子に三つの恕(ゆるし)がある。君に仕えることができないのに、人に使われることを求めるのは恕ではない。親に報いることができないのに、子に孝を求めるのは恕ではない。兄を敬うことができないのに、弟に言うことを聞くよう求めるのは恕ではない。士(し)がこの三つの恕に明らかであれば、身を正すことができる。」
82自ら現せば明らかでない
老子曰:「自見者不明,自足者不彰,自伐者無功,自務者不長。」
老子が言った。「自ら現す者は明らかでなく、自ら足りるとする者は輝かず、自ら誇る者は功がなく、自ら誇り立てる者は長く続かない。」
83道徳を積む者
劉會曰:「積穀帛者,不憂飢寒;積道德者,不畏兇邪。」
劉会が言った。「穀物と布を積む者は飢えと寒さを憂えず、道徳を積む者は凶(わる)く邪(よこしま)なものを畏れない。」
84血を含んで吹けば自分の口から
太公曰:「欲德量他人,先須自量。傷人之語,還是自傷。含血噴人,先污自口。」
太公が言った。「人を量ろうとするなら、まず自分を量れ。人を傷つける言葉はかえって自分を傷つけるのであり、血を含んで人に吹きかければ、自分の口が先に汚れる。」
85怠けと勤め
太公曰:「貧而雜懶,富而雜力。」
太公が言った。「貧しいのは怠けが混じったためであり、富むのは力を尽くしたことが混じったためである。」
86食べながら物を言わない
孔子食不語,寢不言。
孔子は食べながら語らず、床についてから物を言わなかった。
87寝る姿、居る姿
《論語》曰:「寢不屍,居不容。」
『論語』に言う。「寝られるときは死んだ人のように硬く横たわらず、家に居られるときは身なりを飾られなかった。」
88旱でも田を耕す
荀子曰:「良農不為水旱不耕,良賈不為折閱不市,君子不為貧窮怠乎道體。」
荀子が言った。「良い農夫は水害や旱(ひでり)のために耕すのをやめず、良い商人は損をするからといって市をやめず、君子は貧しく窮しているからといって道に怠らない。」
夾注 1
折閱:減低售價,這裡指虧損。閱:賣。
折閲(せつえつ)とは値を下げて売ること、すなわち損をすることをいう。閲(えつ)は売るという意味である。
89飲み食いばかりする人
孟子曰:「飲食之人,則人賤之矣,為其養小而失大也。」
孟子が言った。「飲み食いばかりする人は、人が賤しむ。小さいものを養って大きいものを失うからである。」
90遊びには益がない
凡戲無益,惟勤有功。
およそ遊びには益がなく、ただ勤めにのみ功がある。
91瓜畑と李の木の下
太公曰:「瓜田不納履,李下不整冠。」
太公が言った。「瓜畑で履物を履き直すな、李(すもも)の木の下で冠を直すな。」
92振り返って自分に求めよ
孟子曰:「愛人不親反其仁,治人不治反其智,禮人不答反其敬。」
孟子が言った。「人を愛しても親しくならないなら自分の仁を振り返り、人を治めても治まらないなら自分の智を振り返り、人に礼を尽くしても答えがないなら自分の敬を振り返れ。」
93自ら満ちたとすれば敗れる
《景行錄》雲:「自滿者敗,自矜者愚,自賊者忍。」
『景行録』に言う。「自ら満ちたとする者は敗れ、自ら誇る者は愚かであり、自分を害する者は刻(むご)い。」
94家の悪は外が先に知る
太公曰:「家中有惡外已知之,身有德行人自稱傳。」
太公が言った。「家の中に悪があれば外がすでに知っており、身に徳行があれば人が自然に称えて伝える。」
95慎めば憂いがない
人非賢莫交,物非義莫取,忿非善莫舉,事非是莫說。謹則無憂,忍則無辱,靜則常安,儉則常足。
人が賢くなければ交わるな、物が義でなければ取るな、忿(いか)りが善でなければ起こすな、事が正しくなければ語るな。慎めば憂いがなく、忍べば恥辱がなく、静かであれば常に安らかであり、倹(つま)しければ常に足りる。
96傲りを育てるな
《曲禮》曰:「傲不可長,慾不可縱,志不可滿,樂不可極。」
『曲礼』に言う。「傲(おご)りを育ててはならず、欲を放っておいてはならず、志を満たしきってはならず、楽しみを極めきってはならない。」
97手本となる行い
《素書》雲:「行足以為儀表,智足以決嫌疑,信可以守約,廉可以分財。」
『素書』に言う。「行いは手本となるに足り、智は疑いを決するに足り、信は約束を守るに足り、廉(いさぎよ)さは財を分けるに足らなければならない。」
98身は労し、心は安んじよ
《景行錄》雲:「心可逸,形不可不勞;道可樂,身不可不憂。形不勞,則怠惰易蔽;身不憂,則荒淫不定。故逸生於勞而常休,樂生於憂而無厭。逸樂者,憂勞其可忘乎?」
『景行録』に言う。「心は安んじてよいが身は労(ろう)さないわけにはいかず、道は楽しんでよいが身は憂えないわけにはいかない。身が労さなければ怠けて崩れやすく、憂えなければ荒れ淫(みだ)れて定まらない。だから安らぎは労から生じてはじめて常の休みとなり、楽しみは憂いから生じてはじめて飽きがない。安らぎ楽しんでいる者が、憂いと労を忘れてよいものか。」
99霹靂と住んでも
心無諂曲,與霹靂同居。
心に諂(へつら)いも曲がりもなければ、霹靂(かみなり)と同じ家に住んでもよい。
100君子に近い
耳不聞人之非,目不視人之短,口不言人之過,庶幾君子。
耳で人の非を聞かず、目で人の短(たら)ぬところを見ず、口で人の過ちを言わないでこそ、君子に近い。
101門の内に君子があれば
門內有君子,門外君子至。門內有小人,門外小人至。
門の内に君子があれば門の外に君子が至り、門の内に小人があれば門の外に小人が至る。
102一つの失りで百が傾く
太公曰:「一行有失,百行俱傾。」
太公が言った。「一つの行いに失(あやま)りがあれば、百の行いがともに傾く。」
103かりそめに得ることより短いものはない
《素書》雲:「短莫短於苟得,孤莫孤於自恃。」
『素書』に言う。「短いことでは、かりそめに得ることより短いものがなく、孤(ひと)りであることでは、自分だけを頼むことより孤りなものがない。」
104鏡が明るければ塵はつかない
老子曰:「鑑明者,塵埃不能污;神清者,嗜欲豈能膠?」
老子が言った。「鏡が明るければ塵や埃は汚すことができず、神(こころ)が清ければ嗜(たしな)みや欲がどうして粘りつこうか。」
105細かな行いを慎め
《書》雲:「不矜細行,終累大德。」
『書経』に言う。「細かな行いを慎まなければ、ついに大きな徳の累(わずらい)となる。」
106星ほどの火が万頃の薪を焼く
一星之火,能燒萬公頃之薪;半句非言,誤損平生之德。
星ほどの火の粉一つが万頃(けい)の薪を焼くことができ、半句の誤った言葉が生涯の徳を損ない崩す。
107泰であって驕らない
子曰:「君子泰而不驕,小人驕而不泰。」
孔子が言った。「君子は泰(ゆたか)であって驕らず、小人は驕って泰でない。」
108できても必ず譲ってこそ
荀子曰:「聰明聖智,不以窮人;濟給速通,不爭先人;剛毅勇敢,不以傷人。不知則問,不能則學。雖能必讓,然後為德。」
荀子が言った。「聡明で聖(きよ)く智があっても、それで人を窮めず、豊かで速く通じていても、人に先んじようと争わず、剛毅で勇敢であっても、それで人を傷つけない。知らなければ問い、できなければ学び、できても必ず譲ってこそ徳となる。」
109染まらなければ汚れるものはない
《賢士傳》曰:「色不染無所穢,財不貪無所害,酒不貪無所觸。不輕他自厚,不屈他自安,心平則無怨惡。」
『賢士伝』に言う。「色に染まらなければ汚れるものがなく、財を貪らなければ害になるものがなく、酒を貪らなければ触れるものがない。人を軽んじなければ自然に厚くなり、人に屈しなければ自然に安らかであり、心が平らかであれば怨みも憎みもない。」
110徳を積んで財を積まない
老子曰:「聖人積德不積財,執道全身,執利招害。」
老子が言った。「聖人は徳を積んで財を積まない。道を執(と)れば身を全うし、利を執れば害を招く。」
111喜びと怒りは心にある
蔡伯皆曰:「喜怒在心,言出於口,不可不慎也。」
蔡伯皆が言った。「喜びと怒りは心にあり、言葉は口から出るのだから、慎まないわけにはいかない。」
112寛やかさは身の持ちかたの土台
衛伯曰:「寬惠博愛,敬身之基;勤學者,立身之本。」
衛伯が言った。「寛(ゆる)やかさと恵みと広い愛は身を敬う土台であり、勤めて学ぶことは身を立てる本である。」
113富貴にありながら下ることができれば
子曰:「身居富貴而能下人者,故何人而不與富貴?身居人上而能愛敬者,何人而敢不愛敬?身居權職所以嚴肅者,何人而敢不畏懼也?發言而古,動止合規,何人敢違命者也?」
孔子が言った。「身が富貴にありながら人に下(くだ)ることができれば、どんな人が富貴をともにしないであろうか。身が人の上にありながら愛し敬うことができれば、どんな人が敢えて愛し敬わないであろうか。身が権のある職にありながら厳かであれば、どんな人が敢えて畏れないであろうか。言葉を出せば古(いにしえ)の法にかない、振る舞いが規(のり)にかなえば、どんな人が敢えて命に背こうか。」
114借りた書物は愛しんで返せ
《顏氏家訓》曰:「借人典籍,不可損壞而不還,皆須愛護,凡有缺壞就為補治,此亦士大夫百行之一也。」
『顔氏家訓』に言う。「人の書物を借りたなら、損なったまま返さないでいてはならない。すべて愛しみ護り、およそ欠けや傷みがあればすぐに補い直してやれ。これもまた士大夫の百の行いの一つである。」
115朽ちた木は彫れない
宰予晝堯。子曰:「朽木不可雕也,糞土之牆不可污也。」
宰予が昼寝をした。孔子が言った。「朽ちた木は彫ることができず、糞土の牆(かき)は塗ることができない。」
夾注 1
底本は「晝堯」であるが、「晝寢(昼寝)」の誤りと見て直して読んだ。——訳者
116紫虚元君の心を戒める文
紫虛元君戒諭心文:「福生於清儉,德生於卑退。道生於安樂,命生於和暢。患生於多欲,禍生於多貪。過生於輕慢,罪生於不仁。戒眼莫視他非,戒口莫談他短,戒心莫恣貪嗔,戒身莫隨惡伴。無益之言莫妄說,不干己事莫妄為。默默默,無限神仙從此得;饒饒饒,千災萬禍一齊消。忍忍忍,債主冤家從此盡;休休休,蓋世功名不自由。尊君王,孝父母,敬尊長,奉有德,別賢愚,恕無識。物順來而勿拒,物既放而勿追。身未遇而勿望,事已過而勿思。聰明多暗昧,算計失便宜。損人終自失,倚勢禍相隨。戒之在心,守之在志。為不節而亡家,因不廉而失位。勸君自警,於平生可懼可驚可畏。上臨之以天神,下察之以地祇。明有王法相繼,暗有鬼神相隨。惟正可守,心不可欺。戒之!戒之!」
紫虚元君の『戒諭心文』に言う。「福は清く倹(つま)しいところから生じ、徳は低く退くところから生じ、道は安く楽しいところから生じ、命は和(やわ)らぎ暢(のびやか)なところから生じる。憂いは欲の多いところから生じ、禍は貪りの多いところから生じ、過ちは軽く慢(おご)るところから生じ、罪は仁でないところから生じる。
目を戒めて人の非を見るな、口を戒めて人の短(たら)ぬところを語るな、心を戒めて貪りと怒りを思うままにするな、身を戒めて悪い伴(とも)に従うな。益のない言葉はみだりに言うな、自分に関わらない事はみだりにするな。
黙し、黙し、黙せ。限りない神仙の境はここから得られる。寛(ゆる)し、寛し、寛せ。千の災い万の禍が一度に消える。忍び、忍び、忍べ。貸主も仇もここから尽きる。休み、休み、休め。世を覆う功名も思うままにはならない。
君王を尊び、父母に孝あり、年長者を敬い、徳ある者を奉り、賢と愚を分け、知識のない者を恕(ゆる)せ。物が順(すなお)に来るなら拒むな、物がすでに去ったなら追うな。身がまだ時に遇わないなら望むな、事がすでに過ぎたなら思うな。
聡明な者にも暗く昧(くら)いところが多く、よく立てた計(はかりごと)も便宜を失う。人を損なえばついに自分を失い、勢いに寄れば禍が従ってくる。戒めは心にあり、守りは志にある。節しないために家を亡ぼし、廉(いさぎよ)くないために位を失う。
君に勧める、自ら警(いさ)めて、生涯において懼(おそ)れ、驚き、畏れよ。上には天の神が臨み、下には地の祇(かみ)が察する。明るいところには王法が相継ぎ、暗いところには鬼神が相従う。ただ正しきものこそ守るべきであり、心は欺いてはならない。戒めよ、戒めよ。」
117五つの不孝
孟子曰:「世俗所謂不孝者五:惰其四肢不顧父母之養,一不孝也;博奕好飲酒,不顧父母之養,二不孝也;好貨財,私妻,不顧父母之養,三不孝也;從耳目之欲,以為父母戮,四不孝也;好勇鬥狠,以危父母,五不孝也。」
孟子が言った。「世俗でいう不孝が五つある。四肢を怠けて父母の養いを顧みないのが第一の不孝、博奕(ばくち)をし酒を飲むのを好んで父母の養いを顧みないのが第二の不孝、財貨を好み妻子ばかりを私(わたくし)して父母の養いを顧みないのが第三の不孝、耳と目の欲に従って父母に恥辱をもたらすのが第四の不孝、勇を好んで荒く争い父母を危うくするのが第五の不孝である。」
118自分を植えることもできないのに
先儒曰:「未能植己,何以耘人?」
昔の儒者が言った。「まだ自分を植えることもできないのに、どうして人の草を取ろうか。」
119あまり明らかにするな
先儒曰:「妍醜不可太明,議論不可務盡。情勢不可殫竭,好惡不可驟施。」
昔の儒者が言った。「美しさと醜さをあまり明らかにするな、議論を尽くしきろうとするな。情勢を底まで使い切るな、好き嫌いを急に表すな。」
120人を責めるより自分を行え
責人之非,不如行己之是。揚己之是,不如克己之非。
人の非を責めるのは自分の是(ただ)しさを行うに及ばず、自分の是しさを誇るのは自分の非に克つに及ばない。