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安分篇

明心宝鑑(心を明らかにする宝の鏡) 明心寶鑑 · 范立本 編 · 1393年(明・洪武26年) · 段落 29 · 漢字 992字 · 朗読 4.0分

明心宝鑑(心を明らかにする宝の鏡) 本編 心を明らかにする宝の鏡。経典と諸子百家から善く生きる道を抜き出して編んだ箴言集で、朝鮮の書堂では千字文の次に読まれた。八反歌八首と、孫順・印観・洪耆燮といった韓国の話も併せて収められている。

1足るを知れば楽しい

《景行錄》雲:「知足可樂,多貪則憂。」

『景行録』にいう。「足るを知れば楽しむことができ、貪りが多ければ憂える。」

2貧しくても楽しい

知足者貧賤亦樂,不知足者富貴亦憂。

足るを知る者は貧しく賤しくても楽しく、足るを知らない者は富み貴くても憂える。

3終身辱められない

知足常足,終身不辱。知止常止,終身不恥。

足るを知って常に足りていれば、終身辱められない。止まることを知って常に止まれば、終身恥をかかない。

4上に比べれば足りなくても

將上不足,比下有餘。

上に比べれば足りないが、下に比べれば余りがある。

5下に比べれば

若比向下,生無不足者。

下に比べるなら、暮らしに足りないものは何もない。

6分を守れば身に辱めがない

《擊壤詩》雲:「安分身無辱,知機心自閒。雖居人世上,卻是出人間。」

『撃壌詩』にいう。「分を守れば身に辱めがなく、機を知れば心はおのずから閑かである。人の世に住んでいても、かえって人間の世を出ているのだ。」

7分を守るのがよい

《神童詩》雲:「壽夭莫非命,窮通各有時。迷途空役役,安分是便宜。」

『神童詩』にいう。「長命も早世もみな命であり、窮まるも通るもそれぞれ時がある。迷いの道でいたずらにあくせくするばかり、分を守るのがよいのだ。」

8道によらなければ取らない

子曰:「富與貴,是人之所欲也。不以其道得之,不處也。貧與賤,是人之所惡也,不以其道得之,不去也。」

孔子がいった。「富と貴は人の望むものだが、その道によって得たのでなければ、そこに留まらない。貧と賤は人の嫌うものだが、その道によって得たのでなくても、それを捨てない。」

9浮雲のような富貴

不義而富且貴,於我如浮雲。

不義にして富み、しかも貴いのは、私には浮雲のようなものだ。

10栄えを知り辱めを守れ

老子曰:「知其榮,守其辱。」

老子がいった。「その栄えを知りながら、その辱めを守れ。」

11自らを知る者は人を怨まない

荀子曰:「自知者不怨人,知命者不怨天。怨人者窮,怨天者無志。失之己,反之人,豈不亦迂哉!」

荀子がいった。「自らを知る者は人を怨まず、命を知る者は天を怨まない。人を怨む者は窮し、天を怨む者は志がない。自分で失っておいて人に責めを返すとは、なんと愚かではないか。」

12栄えと辱めの大きな分かれ目

榮辱之大分,安危利害之常體,先義而後利者榮,先利而後義者辱。榮者常通,辱者常窮。通者常制人,窮者常制於人,是榮辱之大分也。

栄えと辱めの大きな分かれ目、安危と利害の変わらぬ筋道はこうである。義を先にして利を後にする者は栄え、利を先にして義を後にする者は辱められる。栄える者は常に通り、辱められる者は常に窮する。通る者は常に人を使い、窮する者は常に人に使われる。これが栄えと辱めの大きな分かれ目である。

13命が粗末な飯であるなら

命合吃粗食,莫思重羅麵。

命が粗末な飯を食うようになっているなら、二度篩にかけた細かい粉の麺を思うな。

14入りを量って用を計れ

量其所入,度其所出。

入ってくるものを量って、出ていくものを計れ。

15君子は窮しても固い

子曰:「君子固窮,小人窮斯濫矣。」

孔子がいった。「君子は窮しても固く守るが、小人は窮すればすぐに溢れる。」

16食を節し用を節せよ

省吃省用省求人。

食を節し、用を節すれば、人に求めることが少なくなる。

17菜の根を噛むことができれば

汪信民常言:「人常咬得菜根,則百事可為。」

汪信民は常にいった。「人が常に菜の根を噛むことができれば、百事をなすことができる。」

18置かれたままに行う

《中庸》雲:「素富貴,行乎富貴;素貧賤,行乎貧賤;素夷狄,行乎夷狄;素患難,行乎患難。」

『中庸』にいう。「富貴に居れば富貴のままに行い、貧賤に居れば貧賤のままに行い、夷狄に居れば夷狄のままに行い、患難に居れば患難のままに行う。」

19その位に在らなければ

子曰:「不在其位,不謀其政。」

孔子がいった。「その位に在らなければ、その政を謀らない。」

20自分に及ばない者も多い

先儒曰:「休怨我不如人,不如我者尚眾。休誇我能勝人,勝如我者更多。」

昔の儒者がいった。「自分が人に及ばないと怨むな、自分に及ばない者がなお多い。自分が人に勝てると誇るな、自分より勝る者がもっと多い。」

21人が自分に勝っても害はない

人勝我無害,彼無蓄怨之心。我勝人非福,恐有不測之禍。

人が自分に勝つのは害がない、相手に怨みを溜める心がないからだ。自分が人に勝つのは福ではない、思いがけない禍があるのではないかと恐れる。

22度を過ぎた福求めは禍を招く

過度求福適以速禍,安分遠禍將自得福。

度を過ぎて福を求めるのはかえって禍を早め、分を守って禍を遠ざければおのずから福を得る。

23自分に及ばない者と比べてみよ

人只把不如我者較量,則自知足。

人は自分に及ばない者と比べて量ってみれば、おのずから足るを知る。

24戸を閉じても功徳は大千に及ぶ

二眉曙青朱先生曰:「天下富貴貧賤俱有個真實受用。閉戶心無所營,何事掃除開門?活水青山,見在繁華,凡得天地之正氣者,俱能悅吾之目,盈吾之耳,適吾之口,克吾之腹。動容周旋,莫不為我開設;隨緣取用,何曾有意收放。異乎人者,視聽言動;同乎人者,眼耳口鼻。其心可富,天下貧者終不患貧;此心可壽,天下夭者終不患夭。只管不出戶庭,功德遍及大千。至若妻子田宅,日前安乎本分,身後聽其自然。」

二眉曙青の朱先生がいった。「天下の富貴貧賤には、どれにもそれぞれ真実の受用がある。戸を閉じて心に営むところがなければ、何のために掃き清めて門を開くことがあろうか。流れる水と青い山、目の前の繁華まで、およそ天地の正しい気を得たものはみな、私の目を喜ばせ、私の耳を満たし、私の口に適い、私の腹を満たすことができる。身の構えも立ち居振る舞いも、私のために設けられていないものはない。縁に随って取り用いるだけで、いつ心して収めたり放したりしたことがあろうか。

人と異なるのは見ること聞くこと言うこと動くことであり、人と同じなのは目・耳・口・鼻である。この心が富むことができれば、天下の貧しい者もついに貧しさを憂えない。この心が長生きすることができれば、天下の早世する者もついに早世を憂えない。ただ庭の戸を出ないままで、功徳は大千世界に遍く及ぶ。妻子や田畑家屋のようなものは、目の前では本分に安んじ、身の後は自然に任せるのがよい。」

25欠落

△△△△△△△△△△

(十字が欠けていて△で示されている。)

26みだりな思いは精神を損なうだけ

濫想徒傷神,妄動反致禍。

みだりな思いはいたずらに精神を損ない、みだりな振る舞いはかえって禍を招く。

27満ちれば損を招く

《書》曰:「滿招損,謙受益。」

『書経』にいう。「満ちれば損を招き、謙れば益を受ける。」

28鳶が落とした綿

印觀賣綿於市。有署調者以穀買之而還。有鳶攫其綿墮印觀家。印觀取歸市署調曰:「鳶墮汝綿於吾家,故還汝。」署調曰:「鳶攫綿與汝,天也。吾何為受?」印觀曰:「然還汝谷。」署調曰:「吾與汝者市二日,谷已屬汝矣。」兩人相讓,並棄於市而歸。掌市官以聞王。並賜爵。

印観が市で綿を売った。署調という者が穀物でそれを買って帰ったところ、鳶がその綿をさらって印観の家に落とした。印観は市に持ち帰って署調にいった。「鳶があなたの綿を私の家に落としたので、あなたにお返しします。」署調はいった。「鳶が綿をさらってあなたに与えたのは天の仕業です。私がどうして受け取れましょう。」印観はいった。「それならあなたの穀物をお返しします。」署調はいった。「私があなたに与えてから市が二度立ちました。穀物はもうあなたのものです。」二人は互いに譲り合い、どちらも市に捨てて帰った。市を掌る役人がこれを王に申し上げ、二人ともに爵を賜った。

29釜の中の七両の銭

洪耆燮少貧甚,無料一日早,婢兒踴躍獻七兩錢,曰:「此在鼎中,米可數石,柴可數馱。天賜!天賜!」公驚曰:「是何金?」即書失金人推去等字,付之門楣而待。俄而姓劉者來問書意,公悉言之。劉曰:「理無失金於人之鼎內,果天賜也。盍取之?」公曰:「非吾物何?」劉俯伏曰:「小的昨夜為竊鼎來,還憐家勢蕭條。今感公之廉價,良心自發,誓不更盜,願欲常侍,勿慮取之。」公即還金曰:「汝之為良則善矣。金不可取。」終不受。後公為判書,其子在龍為憲宗舅舅。劉亦見信,身家大昌。

洪耆燮は若いころ非常に貧しく、食べるものも続かなかった。ある日の朝、小さな女の召使が躍り上がって銭七両を差し出していった。「これが釜の中にありました。米なら数石、薪なら数駄の値です。天の賜りもの、天の賜りものです。」公は驚いて「これは何の金だ」といい、すぐに「金を落とした人は取りに来られよ」という字を書いて門の鴨居に貼り、待った。

やがて劉という姓の者が来て書の意味を尋ねたので、公はありのままをすべて話した。劉はいった。「人の釜の中に金を落とす理はありません。まことに天の賜りものです。どうしてお取りにならないのですか。」公はいった。「私の物でないのに、どうして取れようか。」劉は伏していった。「私は昨夜、釜を盗もうとして参りましたが、かえって家のありさまのあまりの寂しさを哀れに思い、これを置いて行きました。いま公の清廉に感じて良心がおのずから起こり、誓って二度と盗みはいたしません。常にお側にお仕えしたいと思います。お気遣いなくお取りください。」公はすぐに金を返して「おまえが善い人になったのはよいことだ。だがこの金は取れない」といい、ついに受け取らなかった。

のちに公は判書となり、その子の在龍は憲宗の舅となった。劉もまた信を得て、身も家も大いに栄えた。