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勧学篇勸學篇

明心宝鑑(心を明らかにする宝の鏡) 明心寶鑑 · 范立本 編 · 1393年(明・洪武26年) · 段落 30 · 漢字 939字 · 朗読 3.8分

明心宝鑑(心を明らかにする宝の鏡) 本編 心を明らかにする宝の鏡。経典と諸子百家から善く生きる道を抜き出して編んだ箴言集で、朝鮮の書堂では千字文の次に読まれた。八反歌八首と、孫順・印観・洪耆燮といった韓国の話も併せて収められている。

1仁はその中にある

子曰:「博學而篤志,切問而近思,仁在其中矣。」

孔子がいった。「広く学んで志を篤くし、切に問うて身近に思えば、仁はその中にある。」

2君子という

《禮記》曰:「博學強識,而讓敦善,行而不怠,謂之君子。」

『礼記』にいう。「広く学んで強く記憶し、譲って善を篤くし、行って怠らないのを君子という。」

3下の者に問うを恥じるな

子曰:「敏而好學,不恥下問。」

孔子がいった。「敏くして学ぶことを好み、下の者に問うことを恥じない。」

4学ぶ順序

《性理書》雲:「為學之序:博學之,審問之,慎思之,明辨之,篤行之。」

『性理書』にいう。「学ぶ順序はこうである。広く学び、詳しく問い、慎んで思い、明らかに弁じ、篤く行うことである。」

5階なしに天に登れるか

莊子曰:「人之不學,若登天而無階。學而智遠,若披祥雲而睹青天,如登高山而望四海。」

荘子がいった。「人が学ばないのは、天に登ろうとして階(はしご)がないようなものだ。学んで知が遠くに及ぶのは、瑞雲を押し開いて青い天を見るようであり、高い山に登って四海を望むようである。」

6険しい嶺に登らなければ

不登峻嶺,不知天高。不履深淵,豈知地厚?人不遊於聖道,焉可謂賢?

険しい嶺に登らなければ天の高さを知らず、深い淵に臨まなければどうして地の厚さを知ろうか。人が聖の道に遊ばなければ、どうして賢といえようか。

7玉は磨かなければ器にならない

《禮記》曰:「玉不琢不成器,人不學不知道。」

『礼記』にいう。「玉は磨かなければ器にならず、人は学ばなければ道を知らない。」

8学ばなければ夜道のよう

太公曰:「人生不學,冥冥如夜行。」

太公がいった。「人が生まれて学ばなければ、暗く暗くて夜道を行くようなものだ。」

9衣を着た馬牛

韓文公曰:「人不通古今,馬牛而襟裾。」

韓文公(韓愈)がいった。「人が古今に通じなければ、馬や牛に衣を着せたようなものだ。」

10学を知らなければ牛羊に同じ

人不知學,譬如牛羊。

人が学ぶことを知らなければ、たとえば牛や羊と同じだ。

11明日があると言うな

朱文公曰:「勿謂今日不學而有來日,勿謂今年不學而有來年。日月逝矣,歲不我延。嗚呼老矣,是誰之愆?」

朱文公がいった。「今日学ばずに明日があると言うな、今年学ばずに来年があると言うな。日も月も去り、年は私のために延びてはくれない。ああ老いてしまった、これは誰の過ちか。」

12貧しくても学を廃するな

朱文公曰:「家若貧,不可因貧而廢學。家若富,不可恃富而怠學。貧若勤學,可以立身。富而勤學,名乃光榮。惟見學者顯達,不見學者無成。學者乃身之寶,學者乃世之珍。是故學者乃為君子,不學則為小人。後之學者,各宜勉之!」

朱文公がいった。「家が貧しくても、貧しさのゆえに学を廃してはならない。家が富んでいても、富を頼んで学に怠ってはならない。貧しくて勤めて学べば、身を立てることができる。富んで勤めて学べば、名はいよいよ輝く。学ぶ者が顕れ達するのは見たが、学ぶ者が成らないのは見たことがない。学ぶ者は身の宝であり、学ぶ者は世の珍である。だから学べば君子となり、学ばなければ小人となる。後に学ぶ者たちは、それぞれ励むべきである。」

13徽宗皇帝の勧学

徽宗皇帝勸學:「學也好,不學也好,學者如禾如稻,不學者如蒿如草。如禾如稻兮,國之精糧,世之大寶。如蒿如草兮,耕者憎嫌,鋤者煩惱,他日面牆,悔之已老。」

徽宗皇帝の勧学である。「学ぶのもよいし、学ばないのもよいのか。学ぶ者は禾のようで稲のようであり、学ばない者は蒿のようで草のようである。禾のようで稲のようなものは、国の精しい糧であり、世の大きな宝である。蒿のようで草のようなものは、耕す者が憎み嫌い、鋤を打つ者が煩わしく思う。他日、壁に向かったように行き詰まって悔いるときには、もう老いている。」

14燭と書

《直言訣》曰;「造燭求明,讀書求理。明以照暗室,理以照人心。」

『直言訣』にいう。「燭を作るのは明るさを求めるためであり、書を読むのは理を求めるためである。明るさで暗い部屋を照らし、理で人の心を照らす。」

15繭と学び

劉通曰:「蠶質合絲,待繅方出。人情懷知,須學乃成。」

劉通がいった。「蚕はもとから糸を備えているが、繰らなければ出てこない。人は心に知を抱いているが、学ばなければ成らない。」

16独り学べば偏り狭い

《禮記》曰:「獨學無友,則孤陋寡聞。」

『礼記』にいう。「独り学んで友がなければ、固く偏って聞くところが少ない。」

17書は身につき従う宝

書是隨身之寶,才是國家之珍。

書は身につき従う宝であり、才は国家の珍である。

18及ばないかのように学べ

《論語》曰:「學如不及,猶恐失之。」

『論語』にいう。「学ぶことは及ばないかのようにし、なお失うことを恐れよ。」

19老いるまで学んでも

學到老,不會到老。

老いるまで学んでも、老いるまでに知り尽くすことはできない。

20学を好まなければ

《論語》曰:「好仁不好學,其蔽也賊;好直不好學,其蔽也絞;好信不好學,其蔽也蕩;好勇不好學,其蔽也亂;好剛不好學,其蔽也狂。」

『論語』にいう。「仁を好んで学を好まなければ、その弊は愚かさである。直を好んで学を好まなければ、その弊は情のないきつさである。信を好んで学を好まなければ、その弊は放埒である。勇を好んで学を好まなければ、その弊は乱れである。剛を好んで学を好まなければ、その弊は荒々しさである。」

21余る力があれば文を学べ

子曰:「弟子入則孝,出則悌,謹而信,泛愛眾而親仁。行有餘力,則以學文。」

孔子がいった。「若い者は、家に入れば孝を尽くし、外に出れば年長者に従い、慎んで信があり、広く衆を愛して仁ある者に親しめ。行って余る力があれば、それで文を学べ。」

22諸葛武侯の誡子書

諸葛武侯誡子弟曰:「君子之行,靜以修身,儉以養德。非澹泊無以明志,非寧靜無以致遠。夫學須靜也,才須學也。非學無以廣才,非靜無以成學。慆慢則不能研精,險躁則不能理性。年與時馳,意與歲去,遂成枯落,悲嘆窮廬,將復何及也?」

諸葛武侯が子弟を戒めていった。「君子の行いは、静かさによって身を修め、倹しさによって徳を養う。淡泊でなければ志を明らかにできず、安らかで静かでなければ遠くに至れない。およそ学は静かでなければならず、才は学ばなければならない。学ばなければ才を広めることができず、静かでなければ学を成すことができない。怠って気ままであれば精しさを研くことができず、険しく焦れば性を治めることができない。年は時とともに走り、志は歳とともに去り、ついに枯れ落ちてしまってから、むさくるしい庵で悲しみ嘆いても、もはや何に及ぶだろうか。」

23書を読んで世の務めに通じよ

先儒曰:「兒曹當以讀書通世務,不可以世務分讀。」

昔の儒者がいった。「子どもたちは書を読むことで世の務めに通じるべきであり、世の務めのために書を読むことを割いてはならない。」

24古人に譲るのは志がない

先儒曰:「讓古人便是無志,不讓今人便是無量。」

昔の儒者がいった。「古人に譲るのは志がないのであり、今の人に譲らないのは度量がないのである。」

25口先だけなら聖人を偽ることだ

二眉曙青朱先生曰:「道非談虛,釋非參禪,儒非文章。若謂有禪可參,是誣釋迦;有虛可談,是誣老子。夫子忠恕一貫,顏子齋坐忘,孟子知言養氣,若謂是文章本頭功名種子,雖能眼到口誦,不識心會方行,是誣孔顏孟氏矣。」

二眉曙青の朱先生がいった。「道は虚を談じることではなく、釈は参禅ばかりではなく、儒は文章ではない。参ずべき禅が別にあるというなら、それは釈迦を偽ることである。談ずべき虚が別にあるというなら、それは老子を偽ることである。孔子の忠恕一貫、顔子の斎坐して忘れること、孟子の言を知り気を養うことを、文章の元手であり功名の種だとして、目で見て口で唱えるだけで、心で会得して行うことを知らないなら、それは孔子と顔子と孟子を偽ることである。」

26勤めて学ぶことは身を立てる本

衛由曰:「寬惠博愛,敬身之基。勤學者,立身之本。」

衛由がいった。「寛やかな恵みと広い愛は身を敬う土台であり、勤めて学ぶことは身を立てる本である。」

27欠落

△△△△△△△△△△

(十字が欠けていて△で示されている。)

28池の堤の春草の夢が覚めぬうちに

少年易老學難成,一寸光陰不可輕。未覺池塘春草夢,階前梧葉已秋聲。

少年は老いやすく学は成り難いのだから、一寸の光陰も軽んじてはならない。池の堤の春草の夢がまだ覚めないうちに、階の前の桐の葉がもう秋の声を立てている。

29歳月は人を待たない

陶淵明詩雲:「盛年不重來,一日難再晨。及時當勉勵,歲月不待人。」

陶淵明の詩にいう。「盛りの年は二度と来ず、一日に朝は二度来ない。時に及んで励むべきである。歳月は人を待たない。」

30半歩を積んで千里を行く

荀子曰:「不積跬步,無以至千里。不積小流,無以成江河。」

荀子がいった。「半歩を積まなければ千里に至ることはできず、小さな流れを集めなければ大河を成すことはできない。」