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那須
奥の細道(奥州へ向かう細道の記) 全一巻 「月日は百代の過客であり、行き交う年もまた旅人です」 — 芭蕉が四十六歳で江戸を離れ、奥州と北陸を五か月かけて歩いた紀行文。夏草に武士たちの夢を見、岩にしみ入る蝉の声を聞き、一つ屋根の下に眠る遊女を萩と月に見立てる。散文が終わるところごとに俳句が一句置かれる。法顕・玄奘・慧超の求法記と並ぶ、この書斎のもう一つの道である。
1野の馬と、かさねという子
那須の黑羽といふ所にしる人あればこれより野越にかゝりて直路を行んとす遙かに一村を見かけて行に雨ふり日くるゝ農夫の家に一夜をかりて明れば又野中を行そこに野飼の馬あり艸刈おのこに歎ぎよれば野夫といへどもさすがに情しらぬにはあらずいかゞすへきやされども此野は縱橫にわかれてうね〳〵敷旅人の道ふみたかへんあやしう侍れは此馬のとゞまる所にて馬をかへし給へとかし侍りぬちひさきものふたり馬の跡をしたひてはしる獨は小姬にて名をかさねと云聞なれぬ名のやさしかりければ かさねとは八重撫子の名なるべし
那須の黒羽という所に知人がいるので、ここから野を越えて近道を行こうとしました。遥かに一つの村を目当てに歩いていると雨が降り、日も暮れたので、農夫の家に一夜を借り、明けてからまた野の中を進みました。
そこに放し飼いの馬がいました。草刈りの男に困りごとを訴えると、野の人とはいえ、さすがに人情を知らないわけではありません。「どうしたものでしょう。けれどもこの野は縦横に分かれて道が曲がりくねっていますから、旅人が道を踏み違えるのではないかと心配です。この馬が止まる所から馬を返してください」と言って、貸してくれました。
小さな子が二人、馬の跡を慕って走ってきます。一人は女の子で、名を「かさね」と言いました。聞き慣れない名がやさしく思われたので。
かさねとは / 八重撫子の名なのでしょう
夾注 4
一本黑羽根トアリ
異本には「黒羽根」とあります。
一本コノるナシ
異本にはこの「る」がありません。
一本うい〳〵トアリ
異本には「うい〳〵」とあります。
一本かりノ二字ナシ
異本には「かり」の二字がありません。