いにしえの文 › 奥の細道(奥州へ向かう細道の記) › 全一巻

須賀川

奥の細道(奥州へ向かう細道の記) 奥の細道 · 松尾芭蕉 · 元禄15年(1702年)刊 · 1689年の旅 · 段落 4 · 漢字 316字 · 朗読 0.8分

奥の細道(奥州へ向かう細道の記) 全一巻 「月日は百代の過客であり、行き交う年もまた旅人です」 — 芭蕉が四十六歳で江戸を離れ、奥州と北陸を五か月かけて歩いた紀行文。夏草に武士たちの夢を見、岩にしみ入る蝉の声を聞き、一つ屋根の下に眠る遊女を萩と月に見立てる。散文が終わるところごとに俳句が一句置かれる。法顕・玄奘・慧超の求法記と並ぶ、この書斎のもう一つの道である。

1須賀川 — 関をどのように越えられましたか

とかくして越行くまゝにあふくま川をわたる左に會津根高く右に岩城相馬三春の庄ひたち下野の地をさかひて山つらなるかげ沼といふ所を行にけふは空くもりて影うつらずすか川の驛に等窮といふものを尋て四五日とゝめらる先白河のせきいかに越つるやと問ふ長途の勞身心くるしく風景に魂うばはれ懷舊に腸を斷てはか〳〵しうおもひめくらさず 風流のはしめやおくの田植うた

あれこれしながら越えていくうちに阿武隈川を渡りました。左に会津根が高く、右に岩城・相馬・三春の庄があって、常陸と下野の地を境として山が連なっています。影沼という所を通りましたが、今日は空が曇って影が映りませんでした。

須賀川の駅で等窮という人を訪ね、四、五日とどめられました。まず「白河の関をどのように越えられましたか」と問われます。長い道の疲れで身も心も苦しく、風景に魂を奪われ、懐旧に腸を断たれて、思うように考えをめぐらせられませんでした。

風流の始めですね / 奥州の田植え歌

2三巻となる

無下に越えんもさすがにと語れは脇第三とつゞけて三卷となしぬ

何もなしに越えるのもさすがにと語ると、脇、第三と続いて、三巻となりました。

夾注 1

一本とはトアリ

異本には「とは」とあります。

3栗の木陰の僧

此宿の傍に大なる栗の木蔭をたのみて世をいとふ僧ありとちひろふ深山もかくやと閒に覺えられてものにかきつけ侍る 栗といふ文字は西の木とかきて西方淨土に便ありと

この宿場の傍らに、大きな栗の木陰を頼みにして世を避けている僧がいます。橡(とち)を拾う深山もこのようであろうかと静かに思われて、物に書きつけておきました。

栗という文字は西の木と書くので、西方浄土に縁があるということで

4栗という文字

行基ぼさつ一生杖にもはしらにも此木を用ひ給ふとかや 世の人のみつけぬ花や軒の栗

行基菩薩が一生、杖にも柱にもこの木をお用いになったとかいうことです。

世の人が目を留めない花よ / 軒の栗

夾注 1

一本ぼさつのトアリ

異本には「ぼさつの」とあります。