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佐藤庄司が旧跡佐藤庄司が舊蹟

奥の細道(奥州へ向かう細道の記) 奥の細道 · 松尾芭蕉 · 元禄15年(1702年)刊 · 1689年の旅 · 段落 1 · 漢字 206字 · 朗読 0.5分

奥の細道(奥州へ向かう細道の記) 全一巻 「月日は百代の過客であり、行き交う年もまた旅人です」 — 芭蕉が四十六歳で江戸を離れ、奥州と北陸を五か月かけて歩いた紀行文。夏草に武士たちの夢を見、岩にしみ入る蝉の声を聞き、一つ屋根の下に眠る遊女を萩と月に見立てる。散文が終わるところごとに俳句が一句置かれる。法顕・玄奘・慧超の求法記と並ぶ、この書斎のもう一つの道である。

1佐藤庄司の旧跡 — 二人の嫁の碑

月の輪の渡しを越て瀨の上といふ宿に出づ佐藤庄司が舊蹟は左の山ぎは一里半ばかりに有飯塚の里鯖野と聞て尋ね〳〵行くに丸山といふに大手の跡など尋ねあたる是庄司か舊舘なり人のおしゆるに任せて泪をおとし又かたはらの古寺に一家の碑を殘す中にも二人が嫁のしるし先哀なり女なれどもかひ〳〵しき名の世に聞へつるものかな墮淚の石碑も遠きにあらず寺に入て茶を乞へばこゝに義經の太刀辨慶が笈をとゞめて什物とす 笈も太刀も五月にかされ紙幟

月の輪の渡しを越えて、瀬の上という宿場に出ました。佐藤庄司の旧跡は左の山際、一里半ほどの所にあります。飯塚の里の鯖野と聞いて尋ね尋ね行くと、丸山という所で大手の跡などを探し当てました。これが庄司の旧館です。

人が教えてくれるのに任せて見ながら、涙を落としました。また傍らの古寺に一家の碑が残っていますが、なかでも二人の嫁の印がまず哀れです。女ではあっても甲斐甲斐しい名が世に聞こえたものだと思うと、堕涙の石碑も遠い所にあるのではないと感じました。

寺に入って茶を乞うと、ここに義経の太刀と弁慶の笈を納めて、什物としています。

笈も太刀も / 五月に飾りなさい 紙幟よ

夾注 2

一本り字アリ

異本には「り」の字がもう一つあります。

一本石ノ字ナシ

異本には「石」の字がありません。