いにしえの文 › 奥の細道(奥州へ向かう細道の記) › 全一巻

尾花沢尾花澤

奥の細道(奥州へ向かう細道の記) 奥の細道 · 松尾芭蕉 · 元禄15年(1702年)刊 · 1689年の旅 · 段落 2 · 漢字 395字 · 朗読 1.0分

奥の細道(奥州へ向かう細道の記) 全一巻 「月日は百代の過客であり、行き交う年もまた旅人です」 — 芭蕉が四十六歳で江戸を離れ、奥州と北陸を五か月かけて歩いた紀行文。夏草に武士たちの夢を見、岩にしみ入る蝉の声を聞き、一つ屋根の下に眠る遊女を萩と月に見立てる。散文が終わるところごとに俳句が一句置かれる。法顕・玄奘・慧超の求法記と並ぶ、この書斎のもう一つの道である。

1道案内を先に立てて山を越える

主の云く是より出羽國に大山を隔てゝ道さだかならざれば道しるべの人を賴みて越べきよしを申すさらばと云て人を賴侍れば究竟の若者反脇差をよこたへ樫の材を携へて我らか先に立て行くけふこそ心危きめにも逢へき日なれと辛き思ひをなして後について行く主のいふにたがはず高山森々として一鳥聲きかず木の下やみしげりあひて夜行かごとし雲端に土ふる心地して篠の中ふみ分〳〵水をわたり岩に蹶て肌につめたき汗を流して最上の庄に出づかの案內せしおのこ云やう此道必不用の事あり恙なう送まいらせて仕合したりと悅び別れぬあとに聞て申す人むねとごろくのみ也

主人が言うには、「ここから出羽の国へは大山を隔てて道がはっきりしませんので、道案内の人を頼んで越えられるのがよいでしょう」とのことです。それならと言って人を頼みましたら、たいそう頑丈な若者が反脇差を横たえ、樫の杖を持って、私たちの先に立って行きます。

今日こそ危ない目に遭う日だろうと、辛い思いをしながら後について行きました。主人の言葉と違わず、高い山は森々として鳥の声一つ聞こえず、木の下闇が茂り合って、夜道を行くようです。雲の端から土が降る心地で、篠の中を踏み分け踏み分け、水を渡り、岩につまずいて、肌に冷たい汗を流しながら最上の庄に出ました。

あの案内をした男が言うには、「この道では必ずよくないことが起こるものですが、恙なくお送りできて幸いでした」と喜んで、別れました。後から聞いても、胸がどきどきするばかりでした。

夾注 1

一本聞きさへトアリテ申す人ノ三字ナシ

異本には「聞きさへ」とあり、「申す人」の三字がありません。

2尾花沢の清風

尾花澤にて淸風と云者をたづぬかれは富める者なれ共志いやしからず都にも數〳〵かよひてさすがにたびの情をも知りたれは日頃とゝめて長途のいたはりさま〴〵にもてなし侍る 凉しさを我宿にしてねまる也 這出よかひやか下の蟾の聲 まゆはきを俤にしてべにの花 蠶飼する人は古代の姿かな曾良

尾花沢で清風という人を訪ねました。彼は富んだ人ですが、志は卑しくありません。都にも何度も通って、さすがに旅の事情も知っているので、幾日もとどめて、長い道の労をいろいろにもてなしてくれます。

涼しさを / 我が宿としてくつろぎます

這い出ておいで / 蚕部屋の下の蟾の声

眉掃きを / 面影にさせる紅の花

蚕を飼う人は古代のままの姿ですね — 曾良