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小松
奥の細道(奥州へ向かう細道の記) 全一巻 「月日は百代の過客であり、行き交う年もまた旅人です」 — 芭蕉が四十六歳で江戸を離れ、奥州と北陸を五か月かけて歩いた紀行文。夏草に武士たちの夢を見、岩にしみ入る蝉の声を聞き、一つ屋根の下に眠る遊女を萩と月に見立てる。散文が終わるところごとに俳句が一句置かれる。法顕・玄奘・慧超の求法記と並ぶ、この書斎のもう一つの道である。
1小松という所で
小松といふ所にて しほらしき名や小松吹萩薄
小松という所で
かわいらしい名よ / 小松に吹く萩と薄
2実盛の甲 — なんとも痛ましい
此所太田の神社に詣づさねもりが甲錦の切あり徃昔源氏に屬せし時義朝公よりたまはらせ給ふとかやけにも平氏の物にあらず目庇より吹返しまで菊唐草のほりもの金をちりばめ龍頭に鍬形打たり貞盛討死の後木曾義仲願狀にそへて此社にこめられ侍るよし樋口の次郞が使せし事共まのあたり緣起に見へたり むさんやな甲の下のきり〴〵す
この所の太田の神社に参詣しました。実盛の甲と錦の切れがあります。昔、源氏に属していたとき、義朝公からいただかれたとかいうことです。なるほど並の平氏の物ではありません。目庇から吹返しまで菊唐草の彫り物に金をちりばめ、龍頭に鍬形を打ってあります。
貞盛が討死した後、木曾義仲が願状に添えてこの社に納められたということ、樋口の次郎が使いをした事などが、目の当たりに見えるように縁起に記されています。
なんとも痛ましい / 甲の下のきりぎりす