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北山経 第二北次二經

山海経(山と海の彼方を記した経) 山海經 · 作者未詳 · 郭璞 注 · 戦国〜前漢(注は4世紀) · 段落 17 · 漢字 780字 · 朗読 3.1分

山海経(山と海の彼方を記した経) 山経・北山経 山の彼方と海の外の国々を記した最も古い地理書であり、神話の蔵である。一人が作ったものではなく、戦国時代から漢まで多くの手を経てできあがり、4世紀に郭璞が注を付けた。九尾の狐、精衛、夸父、刑天、西王母はみなここから出た。「東海の内、北海の隅に国があり、その名を朝鮮という」 — 朝鮮という名が残る最も早い記録の一つがこの書にある。

《北次二經》之首,在河之東,其首枕汾,其名曰管涔之山。其上無木而多草,其下多玉。汾水出焉,而西流注于河。

『北次二経』の初めは黄河の東にあり、その頭は汾水を枕としている。その名を管涔山という。その上には木がなく草が多く、その下には玉が多い。汾水がここから出て、西へ流れて黄河に注ぐ。

又西二百五十里,曰少陽之山,其上多玉,其下多赤銀。酸水出焉,而東流注于汾水,其中多美赭。

さらに西へ二百五十里行くと少陽山である。その上には玉が多く、その下には赤い銀が多い。酸水がここから出て、東へ流れて汾水に注ぐ。その水には上質の赤土が多い。

又北五十里,曰縣雍之山,其上多玉,其下多銅,其獸多閭麋,其鳥多白翟白䳑。晋水出焉,而東南流注于汾水。其中多鮆魚,其狀如儵而赤麟,其音如叱,食之不騷。

さらに北へ五十里行くと県雍山である。その上には玉が多く、その下には銅が多い。その獣は山のろばと麋が多く、その鳥は白い翟と白い雉が多い。晋水がここから出て、東南へ流れて汾水に注ぐ。その水には鮆魚が多く、形ははやのようで鱗が赤い。その声は叱る声のようで、これを食べると体が臭くならない。

又北二百里,曰狐岐之山,無草木,多青碧。勝水出焉,而東北流注于汾水,其中多蒼玉。

さらに北へ二百里行くと狐岐山である。草木がなく、青碧が多い。勝水がここから出て、東北へ流れて汾水に注ぐ。その水には青い玉が多い。

又北三百五十里,曰白沙山,廣員三百里,盡沙也,無草木鳥獸。鮪水出于其上,潜于其下,是多白玉。

さらに北へ三百五十里行くと白沙山である。広さが三百里あり、すべて砂で、草木も鳥獣もない。鮪水がその上から出て、その下に潜る。ここには白い玉が多い。

又北四百里,曰爾是之山,無草木,無水。

さらに北へ四百里行くと爾是山である。草木がなく、水がない。

又北三百八十里,曰狂山,無草木,是山也,冬夏有雪。狂水出焉,而西流注于浮水,其中多美玉。

さらに北へ三百八十里行くと狂山である。草木がない。この山は冬も夏も雪がある。狂水がここから出て、西へ流れて浮水に注ぐ。その水には美しい玉が多い。

又北三百八十里,曰諸餘之山,其上多銅玉,其下多松柏。諸餘之水出焉,而東流注于旄水。

さらに北へ三百八十里行くと諸余山である。その上には銅と玉が多く、その下には松と柏が多い。諸余の水がここから出て、東へ流れて旄水に注ぐ。

又北三百五十里,曰敦頭之山,其上多金玉,無草木。旄水出焉,而東流注于印澤。其中多𩣡馬,牛尾而白身,一角,其音如呼。

さらに北へ三百五十里行くと敦頭山である。その上には金と玉が多く、草木がない。旄水がここから出て、東へ流れて印沢に注ぐ。その水には𩣡馬が多く、尾は牛で体が白く、角が一つである。その声は人が呼ぶ声のようである。

又北三百五十里,曰鈎吾之山,其上多玉,其下多銅。有獸焉,其狀如羊身人面,其目在腋下,虎齒人爪,其音如嬰兒,名曰狍鴞,是食人。

さらに北へ三百五十里行くと鈎吾山である。その上には玉が多く、その下には銅が多い。ここに獣がいて、形は体が羊で顔が人であり、その目は脇の下にある。歯は虎、爪は人で、その声は赤子のようである。名を狍鴞といい、人を食う。

又北三百里,曰北嚻之山,無石,其陽多碧,其陰多玉。有獸焉,其狀如虎,而白身犬首,馬尾彘鬛,名曰獨𤞞。有鳥焉,其狀如烏,人面,名曰𪄀𪃑,宵飛而晝伏,食之已暍。涔水出焉,而東流注于邛澤。

さらに北へ三百里行くと北嚻山である。石がなく、その陽には碧が多く、その陰には玉が多い。ここに獣がいて、形は虎のようで体が白く、頭は犬、尾は馬、たてがみは豚である。名を独𤞞という。ここに鳥がいて、形は烏のようで顔が人である。名を𪄀𪃑といい、夜に飛んで昼は伏せている。これを食べると暑気あたりが治る。涔水がここから出て、東へ流れて邛沢に注ぐ。

又北三百五十里,曰梁渠之山,無草木,多金玉。脩水出焉,而東流注于鴈門,其獸多居暨,其狀如彙而赤毛,其音如豚。有鳥焉,其狀如夸父,四翼、一目、犬尾,名曰嚻,其音如鵲,食之已腹痛,可以止衕。

さらに北へ三百五十里行くと梁渠山である。草木がなく、金と玉が多い。脩水がここから出て、東へ流れて鴈門に注ぐ。その獣は居暨が多く、形ははりねずみのようで毛が赤い。その声は豚のようである。ここに鳥がいて、形は夸父のようで翼が四つ、目が一つ、尾が犬である。名を嚻といい、その声はかささぎのようである。これを食べると腹の痛みが治り、下痢を止めることができる。

又北四百里,曰姑灌之山,無草木。是山也,冬夏有雪。

さらに北へ四百里行くと姑灌山である。草木がない。この山は冬も夏も雪がある。

又北三百八十里,曰湖灌之山,其陽多玉,其陰多碧,多馬。湖灌之水出焉,而東流注于海,其中多䱇。有木焉,其葉如柳而赤理。

さらに北へ三百八十里行くと湖灌山である。その陽には玉が多く、その陰には碧が多く、馬が多い。湖灌の水がここから出て、東へ流れて海に注ぐ。その水にはたうなぎが多い。ここに木があって、その葉は柳のようで木目が赤い。

又北水行五百里,流沙三百里,至于洹山,其上多金玉。三桑生之,其樹皆無枝,其高百仞。百果樹生之。其下多怪蛇。

さらに北へ水路を五百里行き、流砂を三百里行くと洹山に至る。その上には金と玉が多い。三本の桑がそこに生えており、その木はみな枝がなく、高さは百仞である。百の果樹がそこに生えている。その下には怪しい蛇が多い。

又北三百里,曰敦題之山,無草木,多金玉。是錞于北海。

さらに北へ三百里行くと敦題山である。草木がなく、金と玉が多い。この山は北の海に据わっている。

凡《北次二經》之首,自管涔之山至于敦題之山,凡十七山,五千六百九十里。其神皆蛇身人面。其祠:毛用一雄雞彘瘞;用一璧一珪,投而不糈。

およそ『北次二経』の初めは管涔山から敦題山まで、全部で十七の山、五千六百九十里である。その神はみな体が蛇で顔が人である。その祭りは、毛の揃った雄鶏と豚を埋め、璧一つと珪一つを投げるが、供えの米は用いない。