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中山経 第八中次八經

山海経(山と海の彼方を記した経) 山海經 · 作者未詳 · 郭璞 注 · 戦国〜前漢(注は4世紀) · 段落 24 · 漢字 862字 · 朗読 3.4分

山海経(山と海の彼方を記した経) 山経・中山経 山の彼方と海の外の国々を記した最も古い地理書であり、神話の蔵である。一人が作ったものではなく、戦国時代から漢まで多くの手を経てできあがり、4世紀に郭璞が注を付けた。九尾の狐、精衛、夸父、刑天、西王母はみなここから出た。「東海の内、北海の隅に国があり、その名を朝鮮という」 — 朝鮮という名が残る最も早い記録の一つがこの書にある。

《中次八經》荊山之首,曰景山,其上多金玉,其木多杼、檀。雎水出焉,東南流注于江,其中多丹粟,多文魚。

『中次八経』。荊山の連なりの始まりは景山である。その上には金と玉が多く、その木には櫟と檀が多い。雎水がここから出て、東南へ流れて江に入る。その水には粟のような丹砂が多く、紋のある魚が多い。

東北百里,曰荊山,其陰多鐵,其陽多赤金,其中多犛牛,多豹虎,其木多松柏,其草多竹,多橘櫾。漳水出焉,而東南流注于雎,其中多黃金,多鮫魚,其獸多閭麋。

東北へ百里行くと荊山である。日陰の側には鉄が多く、日の当たる側には赤金が多い。その中には犛牛が多く、豹と虎が多い。その木には松と柏が多く、その草には竹が多く、橘と柚が多い。漳水がここから出て、東南へ流れて雎水に入る。その水には黄金が多く、鮫が多く、その獣には閭や麋が多い。

又東北百五十里,曰驕山,其上多玉,其下多青雘,其木多松柏,多桃枝鉤端。神𧕛圍處之,其狀如人面。羊角虎爪,恒遊于雎漳之淵,出入有光。

さらに東北へ百五十里行くと驕山である。その上には玉が多く、その下には青雘が多い。その木には松と柏が多く、桃枝や鉤端が多い。神の𧕛囲がそこにおり、その姿は顔が人で角が羊、爪が虎である。常に雎水と漳水の淵で遊び、出入りするときに光を放つ。

又東北百二十里,曰女几之山,其上多玉,其下多黃金,其獸多豹虎,多閭麋麖麂,其鳥多白鷮,多翟,多鴆。

さらに東北へ百二十里行くと女几山である。その上には玉が多く、その下には黄金が多い。その獣には豹と虎が多く、閭・麋・麖・麂が多く、その鳥には白い鷮が多く、翟が多く、鴆が多い。

又東北二百里,曰宜諸之山,其上多金玉,其下多青雘。洈水出焉,而南流注于漳,其中多白玉。

さらに東北へ二百里行くと宜諸山である。その上には金と玉が多く、その下には青雘が多い。洈水がここから出て、南へ流れて漳水に入る。その水には白い玉が多い。

又東北三百五十里,曰綸山,其木多梓枏,多桃枝,多柤粟橘櫾,其獸多閭麈麢㚟。

さらに東北へ三百五十里行くと綸山である。その木には梓と楠が多く、桃枝が多く、柤・栗・橘・柚が多い。その獣には閭・麈・麢・㚟が多い。

又東二百里,曰陸䣀之山,其上多㻬琈之玉,其下多堊,其木多杻橿。

さらに東へ二百里行くと陸䣀山である。その上には㻬琈の玉が多く、その下には白土が多く、その木には杻と橿が多い。

又東百三十里,曰光山,其上多碧,其下多木。神計蒙處之,其狀人身而龍首,恒遊于漳淵,出入必有飄風暴雨。

さらに東へ百三十里行くと光山である。その上には碧が多く、その下には木が多い。神の計蒙がそこにおり、その姿は体が人で頭が龍である。常に漳水の淵で遊び、出入りするときには必ず旋風と激しい雨が起こる。

又東百五十里,曰岐山,其陽多赤金,其陰多白瑉,其上多金玉,其下多青雘,其林多樗。神涉𧕛處之,其狀人身而方面三足。

さらに東へ百五十里行くと岐山である。日の当たる側には赤金が多く、日陰の側には白い瑉が多い。その上には金と玉が多く、その下には青雘が多く、その林には樗が多い。神の渉𧕛がそこにおり、その姿は体が人で顔が四角く足が三つである。

又東百三十里,曰銅山,其上多金銀鐵,其木多榖柞柤栗橘櫾,其獸多犳。

さらに東へ百三十里行くと銅山である。その上には金と銀と鉄が多く、その木には楮・柞・柤・栗・橘・柚が多く、その獣には犳が多い。

又東北一百里,曰美山,其獸多兕牛,多閭麈,多豕鹿,其上多金,其下多青雘。

さらに東北へ百里行くと美山である。その獣には兕と牛が多く、閭と麈が多く、猪と鹿が多い。その上には金が多く、その下には青雘が多い。

又東北百里,曰大堯之山,其木多松柏,多梓桑,多机,其草多竹,其獸多豹虎麢㚟。

さらに東北へ百里行くと大尭山である。その木には松と柏が多く、梓と桑が多く、机の木が多い。その草には竹が多く、その獣には豹・虎・麢・㚟が多い。

又東北三百里,曰靈山,其上多金玉,其下多青雘,其木多桃李梅杏。

さらに東北へ三百里行くと霊山である。その上には金と玉が多く、その下には青雘が多く、その木には桃・李・梅・杏が多い。

又東北七十里,曰龍山,上多寓木,其上多碧,其下多赤錫,其草多桃枝鉤端。

さらに東北へ七十里行くと龍山である。上には宿り木が多く、その上には碧が多く、その下には赤い錫が多い。その草には桃枝と鉤端が多い。

又東南五十里,曰衡山,上多寓木榖柞,多黃堊白堊。

さらに東南へ五十里行くと衡山である。上には宿り木と楮と柞が多く、黄堊と白堊が多い。

又東南七十里,曰石山,其上多金,其下多青雘,多寓木。

さらに東南へ七十里行くと石山である。その上には金が多く、その下には青雘が多く、宿り木が多い。

又南百二十里,曰若山,其上多㻬琈玉,多赭,多邽石,多寓木,多柘。

さらに南へ百二十里行くと若山である。その上には㻬琈の玉が多く、赭土が多く、邽石が多く、宿り木が多く、山桑が多い。

又東南一百二十里,曰彘山,多美石,多柘。

さらに東南へ百二十里行くと彘山である。美しい石が多く、山桑が多い。

又東南一百五十里,曰玉山,其上多金玉,其下多碧、鐵,其木多柏。

さらに東南へ百五十里行くと玉山である。その上には金と玉が多く、その下には碧と鉄が多く、その木には柏が多い。

又東南七十里,曰讙山,其木多檀,多封石,多白錫。郁水出于其上,潛于其下,其中多砥礪。

さらに東南へ七十里行くと讙山である。その木には檀が多く、封石が多く、白い錫が多い。郁水がその上から出て、その下に潜る。その水には砥石が多い。

又東北百五十里,曰仁舉之山,其木多榖柞,其陽多赤金,其陰多赭。

さらに東北へ百五十里行くと仁挙山である。その木には楮と柞が多く、日の当たる側には赤金が多く、日陰の側には赭土が多い。

又東五十里,曰師每之山,其陽多砥礪,其陰多青雘,其木多柏,多檀,多柘,其草多竹。

さらに東へ五十里行くと師毎山である。日の当たる側には砥石が多く、日陰の側には青雘が多い。その木には柏が多く、檀が多く、山桑が多く、その草には竹が多い。

又東南二百里,曰琴鼓之山,其木多榖柞椒柘,其上多白瑉,其下多洗石,其獸多豕鹿,多白犀,其鳥多鴆。

さらに東南へ二百里行くと琴鼓山である。その木には楮・柞・椒・山桑が多く、その上には白い瑉が多く、その下には洗石が多い。その獣には猪と鹿が多く、白い犀が多く、その鳥には鴆が多い。

凡荊山之首,自景山至琴鼓之山,凡二十三山,二千八百九十里。其神狀皆鳥身而人面。其祠:用一雄雞祈瘞,用一藻圭,糈用稌。驕山,冢也,其祠:用羞酒少牢祈瘞,嬰毛一璧。

およそ荊山の連なりの始まりは、景山から琴鼓山まで合わせて二十三の山、二千八百九十里である。その神は姿がみな体が鳥で顔が人である。その祭りは、雄鶏一羽で祈って埋め、藻圭一つを用い、供え米には糯米を用いる。驕山は冢であり、その祭りは、酒を供え少牢で祈って埋め、嬰には毛の全い牲と璧一つを用いる。