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中山経 第十中次十經

山海経(山と海の彼方を記した経) 山海經 · 作者未詳 · 郭璞 注 · 戦国〜前漢(注は4世紀) · 段落 10 · 漢字 308字 · 朗読 1.2分

山海経(山と海の彼方を記した経) 山経・中山経 山の彼方と海の外の国々を記した最も古い地理書であり、神話の蔵である。一人が作ったものではなく、戦国時代から漢まで多くの手を経てできあがり、4世紀に郭璞が注を付けた。九尾の狐、精衛、夸父、刑天、西王母はみなここから出た。「東海の内、北海の隅に国があり、その名を朝鮮という」 — 朝鮮という名が残る最も早い記録の一つがこの書にある。

《中次十經》之首,曰首陽之山,其上多金玉,無草木。

『中次十経』の始まりは首陽山である。その上には金と玉が多く、草木がない。

又西五十里,曰虎尾之山,其木多椒椐,多封石;其陽多赤金,其陰多鐵。

さらに西へ五十里行くと虎尾山である。その木には椒と椐が多く、封石が多い。日の当たる側には赤金が多く、日陰の側には鉄が多い。

又西南五十里,曰繁繢之山,其木多楢杻,其草多枝勾。

さらに西南へ五十里行くと繁繢山である。その木には楢と杻が多く、その草には枝勾が多い。

又西南二十里,曰勇石之山,無草木,多白金,多水。

さらに西南へ二十里行くと勇石山である。草木がなく、白金が多く、水が多い。

又西二十里,曰復州之山,其木多檀,其陽多黃金。有鳥焉,其狀如鴞,而一足彘尾,其名曰跂踵,見則其國大疫。

さらに西へ二十里行くと復州山である。その木には檀が多く、日の当たる側には黄金が多い。ここに鳥がいる。姿は鴞のようで足が一つ、尾が豚である。その名を跂踵といい、これが現れるとその国に大きな疫病が流行る。

又西三十里,曰楮山,多寓木,多椒椐,多柘,多堊。

さらに西へ三十里行くと楮山である。宿り木が多く、椒と椐が多く、山桑が多く、白土が多い。

又西二十里,曰又原之山,其陽多青雘,其陰多鐵,其鳥多鸜鵒。

さらに西へ二十里行くと又原山である。日の当たる側には青雘が多く、日陰の側には鉄が多く、その鳥には九官鳥が多い。

又西五十里,曰涿山,其木多榖柞杻,其陽多㻬琈之玉。

さらに西へ五十里行くと涿山である。その木には楮と柞と杻が多く、日の当たる側には㻬琈の玉が多い。

又西七十里,曰丙山,其木多梓檀,多弞杻。

さらに西へ七十里行くと丙山である。その木には梓と檀が多く、垂れた杻が多い。

凡首陽山之首,自首山至于丙山,凡九山,二百六十七里。其神狀皆龍身而人面。其祠之:毛用一雄雞瘞,糈用五種之糈。堵山,冢也,其祠之:少牢具,羞酒祠,嬰毛一璧瘞。騩山,帝也,其祠︰羞酒,太牢其;合巫祝二人儛,嬰一璧。

およそ首陽山の連なりの始まりは、首山から丙山まで合わせて九つの山、二百六十七里である。その神は姿がみな体が龍で顔が人である。これらを祭るときは、毛の全い雄鶏一羽を埋め、供え米には五種の穀物の米を用いる。堵山は冢であり、その祭りは、少牢を備え酒を供えて祭り、嬰には毛の全い牲と璧一つを埋める。騩山は帝の山であり、その祭りは、酒を供え太牢を備え、巫と祝の二人を集めて舞わせ、璧一つで嬰する。