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中山経 第十二中次十二經

山海経(山と海の彼方を記した経) 山海經 · 作者未詳 · 郭璞 注 · 戦国〜前漢(注は4世紀) · 段落 18 · 漢字 786字 · 朗読 3.1分

山海経(山と海の彼方を記した経) 山経・中山経 山の彼方と海の外の国々を記した最も古い地理書であり、神話の蔵である。一人が作ったものではなく、戦国時代から漢まで多くの手を経てできあがり、4世紀に郭璞が注を付けた。九尾の狐、精衛、夸父、刑天、西王母はみなここから出た。「東海の内、北海の隅に国があり、その名を朝鮮という」 — 朝鮮という名が残る最も早い記録の一つがこの書にある。

《中次十二經》洞庭山之首,曰篇遇之山,無草木,多黃金。

『中次十二経』。洞庭山の連なりの始まりは篇遇山である。草木がなく、黄金が多い。

又東南五十里,曰雲山,無草木。有桂竹,甚毒,傷人必死。其上多黃金,其下多㻬琈之玉。

さらに東南へ五十里行くと雲山である。草木がない。桂竹があり、ひどく毒があって、人を傷つけると必ず死ぬ。その上には黄金が多く、その下には㻬琈の玉が多い。

又東南一百三十里,曰龜山,其木多榖柞椆椐,其上多黃金,其下多青雄黃,多扶竹。

さらに東南へ百三十里行くと亀山である。その木には楮・柞・椆・椐が多く、その上には黄金が多く、その下には青雄黄が多く、扶竹が多い。

又東七十里,曰丙山,多筀竹,多黃金銅鐵,無木。

さらに東へ七十里行くと丙山である。筀竹が多く、黄金と銅と鉄が多く、木がない。

又東南五十里,曰風伯之山,其上多金玉,其下多痠石、文石,多鐵,其木多柳杻檀楮。其東有林焉,名曰莽浮之林,多美木鳥獸。

さらに東南へ五十里行くと風伯山である。その上には金と玉が多く、その下には痠石と紋のある石が多く、鉄が多い。その木には柳・杻・檀・楮が多い。その東に林があり、名を莽浮の林という。美しい木と鳥と獣が多い。

又東一百五十里,曰夫夫之山,其上多黃金,其下多青雄黃,其木多桑楮,其草多竹、雞鼓。神于兒居之,其狀人身而身操兩蛇,常遊于江淵,出入有光。

さらに東へ百五十里行くと夫夫山である。その上には黄金が多く、その下には青雄黄が多く、その木には桑と楮が多く、その草には竹と雞鼓が多い。神の于兒がそこに住み、その姿は体が人で、二匹の蛇を手にしている。常に江の淵で遊び、出入りするときに光を放つ。

又東南一百二十里,曰洞庭之山。其上多黃金,其下多銀鐵,其木多柤棃橘櫾,其草多葌、蘼蕪、芍藥、芎藭。帝之二女居之,是常遊于江淵。澧沅之風,交瀟湘之淵,是在九江之閒,出入必以飄風暴雨。是多怪神,狀如人而載蛇,左右手操蛇。多怪鳥。

さらに東南へ百二十里行くと洞庭山である。その上には黄金が多く、その下には銀と鉄が多く、その木には柤・梨・橘・柚が多く、その草には葌草・蘼蕪・芍薬・芎藭が多い。帝の二人の娘がそこに住み、常に江の淵で遊ぶ。澧水と沅水の風が瀟水と湘水の淵で交わり、ここは九江の間にある。出入りするときには必ず旋風と激しい雨が起こる。ここには怪しい神が多く、姿は人のようで蛇を頭に載せ、左右の手に蛇を握っている。怪しい鳥が多い。

又東南一百八十里,曰暴山。其木多椶枏荊𦬊竹箭䉋箘,其是多黃金玉,其下多文石鐵,其獸多麋鹿𪊨就。

さらに東南へ百八十里行くと暴山である。その木には棕櫚・楠・荊・𦬊・矢竹・䉋竹・箘竹が多く、その上には黄金と玉が多く、その下には紋のある石と鉄が多い。その獣には麋・鹿・𪊨・就が多い。

又東南二百里,曰即公之山,其上多黃金,其下多㻬琈之玉,其木多柳杻檀桑。有獸焉,其狀如龜,而白身赤首,名曰蛫,是可以禦火。

さらに東南へ二百里行くと即公山である。その上には黄金が多く、その下には㻬琈の玉が多く、その木には柳・杻・檀・桑が多い。ここに獣がいる。姿は亀のようで体が白く頭が赤い。名を蛫といい、火を防ぐことができる。

又東南一百五十九里,有堯山,其陰多黃堊,其陽多黃金,其木多荊𦬊柳檀,其草多藷藇𦬸。

さらに東南へ百五十九里行くと尭山がある。日陰の側には黄堊が多く、日の当たる側には黄金が多い。その木には荊・𦬊・柳・檀が多く、その草には山芋と大根が多い。

又東南一百里,曰江浮之山,其上多銀砥礪,無草木,其獸多豕鹿。

さらに東南へ百里行くと江浮山である。その上には銀と砥石が多く、草木がなく、その獣には猪と鹿が多い。

又東二百里,曰真陵之山,其上多黃金,其下多玉,其木多榖柞柳杻,其草多榮草。

さらに東へ二百里行くと真陵山である。その上には黄金が多く、その下には玉が多く、その木には楮・柞・柳・杻が多く、その草には栄草が多い。

又東南一百二十里,曰陽帝之山,多美銅,其木多橿杻檿楮,其獸多麢麝。

さらに東南へ百二十里行くと陽帝山である。良い銅が多く、その木には橿・杻・檿・楮が多く、その獣には麢と麝香鹿が多い。

又南九十里,曰柴桑之山,其上多銀,其下多碧,多泠石、赭,其木多柳𦬊楮桑,其獸多麋鹿,多白蛇飛蛇。

さらに南へ九十里行くと柴桑山である。その上には銀が多く、その下には碧が多く、泠石と赭土が多い。その木には柳・𦬊・楮・桑が多く、その獣には麋と鹿が多く、白い蛇と飛ぶ蛇が多い。

又東二百三十里,曰榮余之山,其上多銅;其下多銀,其木多柳𦬊,其蟲多怪蛇怪蟲。

さらに東へ二百三十里行くと栄余山である。その上には銅が多く、その下には銀が多く、その木には柳と𦬊が多く、その虫には怪しい蛇と怪しい虫が多い。

凡洞庭山之首,自篇遇之山至于榮余之山,凡十五山,二千八百里。其神狀皆鳥身而龍首。其祠:毛用一雄雞、一牝豚刏,糈用稌。凡夫夫之山、即公之山、堯山、陽帝之山皆冢也,其祠:皆肆瘞,祈用酒,毛用少牢,嬰毛一吉玉。洞庭、榮余山神也,其祠:皆肆瘞,祈酒太牢祠,嬰用圭璧十五,五采惠之。

およそ洞庭山の連なりの始まりは、篇遇山から栄余山まで合わせて十五の山、二千八百里である。その神は姿がみな体が鳥で頭が龍である。その祭りは、毛の全い雄鶏一羽と牝豚一頭を割いて血を献じ、供え米には糯米を用いる。およそ夫夫山・即公山・尭山・陽帝山はみな冢であり、その祭りは、いずれも供え物を並べて埋め、祈るときには酒を用い、毛の全い少牢を用い、嬰には毛の全い牲と吉玉一つを用いる。洞庭山と栄余山は神の宿る所であり、その祭りは、いずれも供え物を並べて埋め、酒を献じて太牢で祭り、嬰には圭と璧十五を用い、五色で飾る。

右中經之山,大凡百九十七山,二萬一千三百七十一里。

以上は中経の山々で、合わせて百九十七の山、二万一千三百七十一里である。

大凡天下名山五千三百七十,居地,大凡六萬四千五十六里。

およそ天下の名高い山は五千三百七十で、それが占める土地は合わせて六万四千五十六里である。