闍婆婆達国と師子国闍婆婆達國
1闍婆婆達国
元嘉十二年,國王師黎婆達陁阿羅跋摩遣使奉表曰:
元嘉十二年、国王の師黎婆達陁阿羅跋摩が使者を遣わして上表を奉った。
夾注 2
文帝紀作「闍婆娑達國」。南史作「闍婆達國」。
文帝紀には「闍婆娑達国」とあり、南史には「闍婆達国」とある。
國王師黎婆達陁阿羅跋摩遣使奉表曰 「師黎婆達陁阿羅跋摩」南史作「師黎婆達呵陁羅跋摩」。
「国王の師黎婆達陁阿羅跋摩が使者を遣わして上表を奉った」の「師黎婆達陁阿羅跋摩」は、南史には「師黎婆達呵陁羅跋摩」とある。
2闍婆婆達の上表
:宋國大主大吉天子足下:敬禮一切種智安隱,天人師降伏四魔,成等正覺,轉尊法輪,度脫眾生,教化已周,入于湼槃,舍利流布,起旡量塔,眾寶莊嚴,如須彌山,經法流布,如日照明,無量淨僧,猶如列宿。國界廣大,民人眾多,宮殿城郭,如忉利天宮。名大宋揚州大國大吉天子,安處其中,紹繼先聖,王有四海,閻浮提內,莫不來服。悉以茲水,普飲一切,我雖在遠,亦霑靈潤,是以雖隔巨海,常遙臣屬,願照至誠,垂哀納受。若蒙聽許,當年遣信,若有所須,惟命是獻,伏願信受,不生異想。今遣使主佛大陁婆、副使葛抵奉宣微誠,稽首敬禮大吉天子足下,陁婆所啟,願見信受,諸有所請,唯願賜聽。今奉微物,以表微心。
「宋国の大主、大吉天子足下へ。一切種智をそなえて安らかにおられる方に、敬って礼拝します。天人の師として四つの魔を降伏させ、等正覚を成し、尊い法輪を転じて衆生を度し脱れさせ、教化をすでにあまねく行って涅槃に入られると、舎利が流れ広まって限りない塔が建てられ、もろもろの宝で荘厳するさまは須弥山のようであり、経法の流れ広まるさまは日が照らし明らむようであり、限りない清らかな僧たちは立ち並ぶ星のようです。国の境は広く大きく人民は多く、宮殿と城郭は忉利天の宮のようで、その名は大宋揚州の大国の大吉天子、そのうちに安らかにおられ、先の聖人を受け継いで四海に王たるので、閻浮提のうちに来て服さぬものがありません。ことごとくこの水をもって一切にあまねく飲ませてくださるので、わたくしは遠くにありながら、やはり霊妙な潤いを受けております。それゆえ大海に隔てられていても、常に遠くから臣として属してまいりました。願わくは至誠を照らしご覧になり、あわれんでお納めくださいますように。お聞き入れをいただけるなら、年ごとに使いを遣わしましょう。お要りのものがあれば、ただ命のままに献じます。伏して願いますに、信じてお受けになり、ほかの思いをお起こしになりませんように。いま使主の仏大陁婆と副使の葛抵を遣わしてささやかな誠を申し述べさせ、頭を垂れて大吉天子足下に敬って礼拝します。陁婆が申し上げることを信じてお受けくださり、もろもろ願い出ることを、どうぞお聞き入れくださいますように。いまささやかな品を奉って、ささやかな心を表します。」
3師子国
師子國,元嘉五年,國王剎利摩訶南奉表曰:
師子国は、元嘉五年、国王の刹利摩訶南が上表を奉った。
夾注 1
元嘉五年 按文帝紀元嘉七年七月,有師子國遣使獻方物之記載,元嘉五年無。
「元嘉五年」 — 文帝紀を見ると、元嘉七年七月に師子国が使者を遣わして方物を献じたという記載があり、元嘉五年にはない。
4師子国王の書
:謹白大宋明主,雖山海殊隔,而音信時通。伏承皇帝道德高遠,覆載同於天地,明照齊乎日月,四海之外,無往不伏,方國諸王,莫不遣信奉獻,以表歸德之誠,或泛海三年,陸行千日,畏威懷德,無遠不至。我先王以來,唯以修德為正,不嚴而治,奉事三寶,道濟天下,欣人為善,慶若在己,欲與天子共弘正法,以度難化。故託四道人遣二白衣送牙臺像以為信誓,信還,願垂音告。
「謹んで大宋の明主に申し上げます。山と海で遠く隔たっていても、音信は時に通じます。伏して承りますに、皇帝の道徳は高く遠く、覆い載せることは天地と同じ、明るく照らすことは日月と等しく、四海の外まで行って服さぬところがなく、諸方の国の王たちは使いを遣わして献じ、徳に帰する誠を表さぬ者がないとのこと。あるいは海に浮かんで三年、陸を行って千日かかっても、威を畏れ徳を慕って、どれほど遠くとも至らぬことがないと申します。わたくしどもの先王以来、ただ徳を修めることを正しい道とし、厳しくせずとも治まり、三宝を奉じ仕え、道は天下を救い、人の善を喜ぶこと自らのめでたごとのようにしてまいりました。天子とともに正法を広め、教化しがたい者たちを救いたいと思います。そこで四人の道人に託し、二人の白衣を遣わして、牙の台の仏像を送って誓いの証しとします。使いが帰るとき、お言葉を賜りますよう願います。」
5ふたたび献じる
至十二年,又復遣使奉獻。
十二年に至って、またふたたび使者を遣わして献じた。