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中天竺国中天竺國

往五天竺国伝(五天竺めぐりの記) 往五天竺國傳 · 慧超(ヘチョ) · 727年(新羅・聖徳王26年) · 段落 5 · 漢字 860字 · 朗読 3.4分

往五天竺国伝(五天竺めぐりの記) 全一巻 新羅の僧・慧超が二十歳の頃にインドと西域の四十か国を自ら歩いて書いた旅行記。千年以上失われていたが、1908年に敦煌の石窟で巻物の残本として見つかった。故郷を思う五言詩五首が併せて収められている。

1五天竺は互いに似ている

又即從此彼羅痆斯國。□□月至中天竺國王住城。名葛那。及自此中天王境界極寬。百姓繁閑。王有九百頭象餘大首領各有三二百頭。其王每自領兵馬鬪戰。常與餘□天戰也。天中王常勝。彼國法。自知象少兵少。即請和。每年輸稅。不交陣相殺也。衣著言音。人風法用。五天相似。唯南天村草百姓。語□差別。仕□之類。中天不殊。

またこの彼羅痆斯国から□□月で中天竺国の王が住む城に至った。名は葛那及である。この中天竺の王の境界はきわめて広く、民はにぎわっている。

王は象九百頭を持ち、ほかの大首領たちもそれぞれ二、三百頭を持っている。王はいつも自ら兵馬を率いて戦い、常にほかの四つの天竺(□天)と戦うが、中天の王がいつも勝つ。その国の法では、象が少なく兵が少ないと自ら知れば、すぐに和を請い、毎年税を納め、陣を交えて殺し合うことはない。

衣装と言葉、風俗と法度は五天竺が互いに似ているが、ただ南天竺の村里の民の言葉だけが□異なる。役人の類は中天竺と変わらない。

2牢獄のない国

五天國法。無有枷棒牢獄。有罪之者。據輕重罰錢。亦無刑戮上至國王。下及黎庶。不見遊獵放鷹走犬等事。道路雖有足賊取物即放。亦不殤殺。如若情物。即有損也。土地甚暖。百卉恒青。無有霜雪。食唯粳糧餅麨蘇乳酪等。無醬有鹽。總用土鍋煮飯而食。無鐵釜等也。百姓無別庸稅。但抽田子五石與王。王自遣人運將田主□不為送也。彼土百姓。貧多富少。王官屋裏。及富有者。著㲲一雙。自□一隻。貧者半片。女人亦然。

五天竺の法には、首枷も棒も牢獄もない。罪を犯した者には軽重によって罰金を課し、刑罰で殺すこともない。上は国王から下は民衆まで、狩りに出て鷹を放ち犬を走らせるようなことは見られない。

道には盗賊が多いが、物だけを奪ってすぐに放し、傷つけたり殺したりしない。ただ物を惜しんで渋れば、身を損なうことがある。

土地はたいへん暖かく、さまざまな草がいつも青く、霜も雪もない。食べ物はうるち米と餅と麦粉と蘇(煮つめた乳)と乳と酪などだけで、醬はなく塩はある。みな土鍋で飯を炊いて食べ、鉄の釜などはない。

民には別の賦役や税がなく、ただ畑から取れたものを五石だけ王に納めるが、王が自ら人を遣わして運ばせ、畑の主が送り届けることはない。

その土地の民は貧しい者が多く、豊かな者が少ない。王や役人、富める者は毛織りの布(㲲)を一揃い着て、それに次ぐ者は□一枚、貧しい者は半枚を着る。女もそうである。

3王の一言で訴えが終わる

其王每坐衙處。首領百姓。總來遶王四面而坐。各諍道理。訴訟紛紜。非常亂鬧。王聽不嗔。緩緩報云。汝是汝不是。彼百姓等。取王一口語為定。更不再言。其王首領等。甚敬信三寶。若對師僧前。王及首領等。在地而坐不肯坐床。王及首領。行坐來去處。自將床子隨身。到處即坐。他床不坐。寺及王宅。竝皆三重作樓從下第一重作庫。上二重人住。諸大首領等亦然。屋皆平頭。塼木所造。自外□竝皆草屋似於漠屋雨下作也。又是一重。

王が役所に座るときは、首領も民もみな来て王を四方から囲んで座り、それぞれ理を言い争って訴えが入り乱れ、ひどく騒がしい。それでも王は聞いて怒らず、ゆっくりと「お前は正しい、お前は正しくない」と告げるだけである。民はその王の一言を決まりとして、二度と言い返さない。

王と首領たちは三宝をたいへん敬い信じている。師である僧の前では、王でも首領でも地に座り、腰掛けに座ろうとしない。王と首領は行き来し座る所ごとに自分の腰掛けを身に携えて行き、至る所で自分のそれに座り、他人の腰掛けには座らない。

寺と王の家はみな三階に建て、下の一階は蔵に使い、上の二階に人が住む。大首領たちもそうである。屋根はみな平らで、煉瓦と木で造る。そのほかは□みな草屋で、漢の家のように雨が流れ落ちるように造り、やはり一階である。

4白い牛だけを飼う土地

土地所出。唯有㲲布象馬萬物。當土不出金銀。竝從外國來也。亦不養駝騾驢猪等畜。其牛總白。萬頭之內。希有一頭赤黑之者。羊馬全少。唯王有三二百口六七十匹。自外首領百姓。總不養畜。唯愛養牛。取乳酪蘇也。土地人善。不多愛殺□市店間。不見有屠行賣肉之處。

土地から出るものは、毛織りの布と象と馬などだけである。この土地では金と銀が出ないので、みな外国から来る。駱駝・騾馬・驢馬・豚などの家畜も飼わない。

牛はみな白く、一万頭のうちに赤いものや黒いものが一頭あるかないかである。羊と馬はごく少なく、王だけが羊二、三百頭と馬六、七十匹を持ち、そのほかの首領や民は家畜を飼わず、ただ牛だけを好んで飼って乳と酪と蘇を取る。

この土地の人は善良で、殺すことをあまり好まないので、□市の店先でも獣を屠って肉を売る所を見ることがない。

5四つの大塔

此中天大小乘俱行。即此中天界內有四大塔。恒河在北岸有三大塔。一舍衛國給孤薗中。見有寺有僧。二。毘耶離城菴羅薗中。有塔見在。其寺荒廢無僧。三。迦毘耶羅國。即佛本生城。無憂樹見在。彼城已廢。有塔無僧。亦無百姓。此城最居比。林木荒多。道路足賊。往彼禮拜者。甚難方迷。四。三道寶階塔。在中天王住城西七日程。在兩恒河間。佛當從刀利天變成三道寶階。下閻浮提地處。左金右銀。中吠瑠璃佛於中道梵王左路。帝釋右階侍佛下來。即於此處置塔。見有寺僧有。

この中天竺は大乗と小乗がともに行われている。この中天竺の境界の内に四つの大塔があり、そのうち三つはガンジス川の北岸にある。

第一は舎衛国の給孤薗にあり、今も寺があり僧もいる。

第二は毘耶離城の菴羅薗にあり、塔は今もあるが、寺は荒れ果てて僧がいない。

第三は迦毘耶羅国、すなわち仏がお生まれになった城である。無憂樹が今もあるが、その城はすでに廃れて、塔はあるが僧もなく民もいない。この城は最も北にあって林木が荒れ、道に盗賊が多いので、礼拝に行く者は道に迷いやすい。

第四は三道宝階塔で、中天竺の王が住む城から西へ七日の道、二つのガンジス川の間にある。仏が刀利天から三筋の宝の階段を造って閻浮提の地に降りられた所である。左は金、右は銀、中は吠瑠璃であった。仏は中の道を、梵王は左の道を、帝釈は右の階段を通り、仏に従って降りてきた。すなわちこの所に塔を建てたが、寺もあり僧もいる。