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西天竺国西天國

往五天竺国伝(五天竺めぐりの記) 往五天竺國傳 · 慧超(ヘチョ) · 727年(新羅・聖徳王26年) · 段落 1 · 漢字 189字 · 朗読 0.8分

往五天竺国伝(五天竺めぐりの記) 全一巻 新羅の僧・慧超が二十歳の頃にインドと西域の四十か国を自ら歩いて書いた旅行記。千年以上失われていたが、1908年に敦煌の石窟で巻物の残本として見つかった。故郷を思う五言詩五首が併せて収められている。

1歌の上手な西天竺

又從南天北行兩月。至西天國王住城。此西天王亦五六百頭象。土地所出㲲布及銀象馬羊牛。多出大小二麥及諸荳等。稻𮂐全少。食多餅麨乳酪蘇油。市買用銀錢㲲布之屬。王及首領百姓等。極敬信三寶。足寺足僧。大小乘俱行。土地甚寬。西至西海。國人多善唱歌。餘四天國不如此國。又無枷棒牢獄形戮等事。見今被大𥦽來侵半國已損。又五天法。出外去者。不將糧食。到處即便乞得食也。唯王首領等出。自齎糧不食百姓□□。

また南天竺から北へ二か月行って、西天竺国の王が住む城に至った。この西天竺の王も象五、六百頭を持っている。土地から出るものは毛織りの布と銀と象と馬と羊と牛で、大麦と小麦やさまざまな豆が多く取れ、稲はごく少ない。食べ物は餅と麦粉と乳と酪と蘇と油が多い。市では銀の銭や毛織りの布などで売り買いする。

王と首領と民たちは三宝をこの上なく敬い信じて、寺も多く僧も多く、大乗と小乗がともに行われている。土地はきわめて広く、西は西海に至る。国の人は歌をよく歌い、ほかの四つの天竺の国はこの国に及ばない。また首枷も棒も牢獄も死刑もない。

今は大寔(アラビア)の侵入を受けて、国の半ばがすでに損なわれている。

また五天竺の法では、旅に出る者が食糧を持たなくても、至る所でただちに乞うて食べることができる。ただ王や首領が出るときだけは自ら食糧を携えて行き、民の□□を食べない。

夾注 2

⿱殸示

「殸」の下に「示」を書いた字である。

⿱穴是

「穴」の下に「是」を書いた字である。