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謝䫻国謝䫻國
往五天竺国伝(五天竺めぐりの記) 全一巻 新羅の僧・慧超が二十歳の頃にインドと西域の四十か国を自ら歩いて書いた旅行記。千年以上失われていたが、1908年に敦煌の石窟で巻物の残本として見つかった。故郷を思う五言詩五首が併せて収められている。
1叔父にも属さない王
又從此罽賓國西行至七日謝䫻國。彼自呼云社護羅薩他那。土人是胡。王及兵馬。即是突厥。其王即是罽賓王姪兒。自把部落兵馬住此於國。不屬餘國。亦不屬阿叔。此王及首領。雖是突厥。極敬三寶。足寺足僧。行大乘法。有一大突厥首領。名娑鐸幹。每年一迴。設金銀無數。多於彼王。衣著人風。土地所出。與罽賓王相似。言音各別
またこの罽賓国から西へ七日行くと謝䫻国に至る。彼らは自ら社護羅薩他那と呼ぶ。土地の者は胡で、王と兵馬は突厥である。その王は罽賓の王の甥だが、自ら部落の兵馬を率いてこの国に住み、ほかの国に属さず、叔父にも属さない。
この王と首領は突厥だが、三宝をこの上なく敬って、寺も多く僧も多く、大乗の法を行う。娑鐸幹という大きな突厥の首領がひとりいて、毎年一度、金と銀を数えきれず布施するが、その王よりも多く出す。
衣装と風俗、土地から出るものは罽賓の王と似ているが、言葉はそれぞれ異なる。