いにしえの文 › 大唐西域記(大唐の西域をめぐる記) › 第2巻

インド総説印度總述

大唐西域記(大唐の西域をめぐる記) 大唐西域記 · 玄奘 著 · 辯機 編 · 646年(唐・貞観20年) · 段落 29 · 漢字 4,367字 · 朗読 17.5分

大唐西域記(大唐の西域をめぐる記) 第2巻 玄奘が十七年のあいだ西域とインドの百三十八か国を踏んで帰り、唐の太宗に奉った記録。西遊記のもとになった書だが、ここにあるのは妖怪ではなく、国ごとの広さと気候と言葉と信仰である。法顕より二百年後、慧超より八十年前の道である。

1名

詳夫天竺之稱,異議糾紛,舊云身毒,或曰賢豆,今從正音,宜云印度。印度之人,隨地稱國,殊方異俗,遙舉總名,語其所美,謂之印度。印度者,唐言「月」。月有多名,斯其一稱。言諸群生輪迴不息,無明長夜,莫有司晨,其猶白日既隱,宵月斯繼,雖有星光之照,豈如朗月之明!苟緣斯致,因而譬月。良以其土聖賢繼軌,導凡禦物,如月照臨。由是義故,謂之印度。印度種姓,族類群分,而婆羅門特為清貴,從其雅稱,傳以成俗,無云經界之別,總謂婆羅門國焉。

天竺という称をつまびらかに見れば、異なる議が糾れ紛れている。旧くは身毒といい、あるいは賢豆といったが、いまは正しい音に従って、まさにインド(印度)というべきである。インドの人は地に随って国を称し、方ごとに俗が異なるが、遥かに総名を挙げてその美しさを語るときには、これをインドという。インドとは、唐の言葉で「月」である。月には多くの名があるが、これはその一つの称である。諸々の群生が輪り迴って息まず、無明の長い夜に晨を司る者がないのは、白い日がすでに隠れると、宵の月がこれに継ぐのと同じである。星の光が照らすことはあっても、どうして朗らかな月の明るさに及ぶであろうか。もしこの致しに縁るならば、それによって月に譬えたのである。まことに、その土に聖賢が軌を継いで、凡を導き物を禦めることが、月が照り臨むようであるからである。この義の故に、これをインドという。インドの種と姓は、族と類が群れに分かれているが、婆羅門がとりわけ清く貴い。その雅しい称に従って、伝えられて俗となったので、経と界の別を云わず、総じて婆羅門国というのである。

2疆域

若其封疆之域,可得而言。五印度之境,周九萬餘里,三垂大海,北背雪山。北廣南狹,形如半月。畫野區分,七十餘國。時特暑熱,地多泉濕。北乃山阜隱軫,丘陵舄鹵;東則川野沃潤,疇壠膏腴;南方草木榮茂;西方土地磽确。斯大槩也,可略言焉。

その封じられた疆の域をもって言えば、こうである。五つのインドの境は周り九万余里で、三方は大海、北は雪山を背にする。北が広く南が狭く、形は半月のようである。野を画して区り分けて、七十余国がある。時はとりわけ暑く熱く、地には泉と湿りが多い。北は山と阜が隠々と軫なり、丘と陵は舄く鹵い。東は川と野が沃え潤い、疇と壠が膏え腴えている。南方は草と木が栄え茂り、西方は土地が磽く确い。これがおおよそであり、略して言うことができる。

3長さと数

夫數量之稱,謂踰繕那。踰繕那者,自古聖王一日軍程也。舊傳一踰繕那四十里矣。印度國俗乃三十里,聖教所載唯十六里。窮微之數,分一踰繕那為八拘盧舍。拘盧舍者,謂大牛鳴聲所極聞,稱拘盧舍。分一拘盧舍為五百弓,分一弓為四肘,分一肘為二十四指,分一指節為七宿麥,乃至虱、蟣、隙塵、牛毛、羊毛、兔毫、銅水,次第七分,以至細塵;細塵七分為極細塵。極細塵者,不可復析,析即歸空,故曰極微也。

そもそも数と量の称は、踰繕那という。踰繕那とは、古くから聖王が一日に軍を進める程である。旧く伝えるところでは、一踰繕那は四十里である。インドの国の俗では三十里、聖の教えに載せるところではただ十六里である。微かなものを窮める数としては、一踰繕那を分けて八拘盧舍とする。拘盧舍とは、大きな牛の鳴く声が極まって聞こえるところをいい、拘盧舍と称する。一拘盧舍を分けて五百弓とし、一弓を分けて四肘とし、一肘を分けて二十四指とし、一指の節を分けて七宿麦とし、さらに虱・蟣・隙塵・牛毛・羊毛・兔毫・銅水と、次第に七つに分けて、細塵に至る。細塵を七つに分けたものが極細塵である。極細塵とは、もはや析くことができず、析けばそのまま空に帰するので、それゆえ極微というのである。

夾注 1

舊曰由旬,又曰踰闍那,又曰由延,皆訛略也。

旧くは由旬といい、また踰闍那といい、また由延といったが、みな誤って略したものである。

4時と季節

若乃陰陽曆運,日月次舍,稱謂雖殊,時候無異,隨其星建,以標月名。時極短者,謂剎那也。百二十剎那為一呾刹那,六十呾刹那為一臘縛,三十臘縛為一牟呼栗多,五牟呼栗多為一時,六時合成一日一夜。居俗日夜分為八時。月盈至滿,謂之白分;月虧至晦,謂之黑分。黑分或十四日、十五日,月有小大故也。黑前白後,合為一月。六月合為一行。日遊在內,北行也;日遊在外,南行也。總此二行,合為一歲;又分一歲,以為六時。正月十六日至三月十五日,漸熱也;三月十六日至五月十五日,盛熱也;五月十六日至七月十五日,雨時也;七月十六日至九月十五日,茂時也;九月十六日至十一月十五日,漸寒也;十一月十六日至正月十五日,盛寒也。如來聖教,歲為三時。正月十六日至五月十五日,熱時也;五月十六日至九月十五日,雨時也;九月十六日至正月十五日,寒時也。或為四時,春夏秋冬也。春三月謂制呾羅月、吠舍佉月、逝瑟吒月,當此從正月十六日至四月十五日。夏三月謂頞沙荼月、室羅伐拏月、婆達羅鉢陁月,當此從四月十六日至七月十五日。秋三月謂頞濕縛瘐闍月、迦剌底迦月、末伽始羅月,當此從七月十六日至十月十五日。冬三月謂報沙月、磨祛月、頗勒窶拏月,當此從十月十六日至正月十五日。故印度僧徒,依佛聖教,坐雨安居,或前三月,或後三月。前三月當此從五月十六日至八月十五日,後三月當此從六月十六日至九月十五日。前代譯經律者,或云坐夏,或云坐臘,斯皆邊裔殊俗,不達中國正音,或方言未融,而傳譯有謬。又推如來入胎、初生、出家、成佛、涅槃日月,皆有參差,語在後記。

陰陽の運行と日月の宿る所は、称える名が異なるけれども、季節と時は異ならない。星の宿が立つところに随って月の名をつける。最も短い時を刹那という。百二十刹那が一怛刹那、六十怛刹那が一臘縛、三十臘縛が一牟呼栗多、五牟呼栗多が一時、六時が合わさって一昼一夜となる。俗の人は昼と夜を八つの時に分ける。月が盈ちて十五日に至るあいだを白分といい、月が虧けて晦に至るあいだを黒分という。黒分は十四日のこともあり十五日のこともあるので、月に小と大があるのである。黒分が先立ち白分が後に従って、合わさって一月となる。六月が合わさって一行となる。日が内側を行けば北行、外側を行けば南行である。この二行を合わせて一年となり、さらに一年を分けて六つの季節とする。正月十六日から三月十五日までは漸々に熱くなる時、三月十六日から五月十五日までは盛んに熱い時、五月十六日から七月十五日までは雨の時、七月十六日から九月十五日までは茂る時、九月十六日から十一月十五日までは漸々に寒くなる時、十一月十六日から正月十五日までは盛んに寒い時である。如来の聖なる教えでは、一年を三つの季節とする。正月十六日から五月十五日までは熱い時、五月十六日から九月十五日までは雨の時、九月十六日から正月十五日までは寒い時である。あるいは四つの季節とし、春・夏・秋・冬である。春の三月は制呾邏月・吠舍佉月・逝瑟吒月といい、ここの正月十六日から四月十五日までである。夏の三月は頞沙荼月・室羅伐拏月・婆達羅鉢陀月といい、ここの四月十六日から七月十五日までである。秋の三月は頞濕縛庾闍月・迦剌底迦月・末伽始羅月といい、ここの七月十六日から十月十五日までである。冬の三月は報沙月・磨袪月・頗勒寠拏月といい、ここの十月十六日から正月十五日までである。それゆえインドの僧徒は、仏の聖なる教えに従って雨の季節に安居するが、前の三月とすることもあり、後の三月とすることもある。前の三月はここの五月十六日から八月十五日まで、後の三月はここの六月十六日から九月十五日までである。前の代に経と律を訳した者たちが、あるいは坐夏といい、あるいは坐臘といったが、これはみな辺りの異なる俗であって中国の正しい音に通じなかったか、方言がまだ融け合わず、訳すのに誤りがあったのである。また如来が胎に入られた日、初めて生まれられた日、家を出られた日、仏を成られた日、涅槃に入られた日と月を推し見れば、みな乖くところがあるが、その話は後の記にある。

夾注 2

晝三夜三。

昼が三つ、夜が三つである。

晝四夜四,於一一時各有四分。

昼が四つ、夜が四つであり、一つ一つの時にそれぞれ四つの分がある。

5邑と家

若夫邑里閭閻,方城廣峙;街衢巷陌,曲徑盤迂。闤闠當塗,旗亭夾路。屠、釣、倡、優、魁膾、除糞,旌厥宅居,斥之邑外,行里往來,僻於路左。至於宅居之製,垣郭之作,地熱卑濕,城多疊塼,暨諸牆壁,或編竹木。室宇臺觀,板屋平頭,埿以石灰,覆以甎墼。諸異崇構,制同中夏。苫茅苫草,或塼或板。壁以石灰為飾,地塗牛糞為凈,時花散布,斯其異也。諸僧伽藍,頗極奇制。隅樓四起,重閣三層。榱梠棟樑,奇形雕鏤;戶牖垣牆,圖畫衆綵。黎庶之居,內侈外儉。隩室中堂,高廣有異;層臺重閣,形製不拘。門闢東戶,朝座東面。至於坐止,咸用繩床,王族、大人、士庶、豪右,莊飾有殊,規矩無異。君王朝座,彌復高廣,珠璣間錯,謂師子牀,敷以細氎,蹈以寶机。凡百庶僚,隨其所好,刻雕異類,瑩飾奇珍。

邑と里、閭と閻をもって言えば、方なる城が広く峙ち、街と衢、巷と陌が、曲がった径で盤り迂っている。闤と闠が塗に当たり、旗を立てた亭が路を夾んでいる。屠る者、釣る者、倡、優、魁膾、糞を除く者は、その宅り居るところを旌して邑の外に斥け、里を行き往き来するときには路の左に僻けさせる。宅り居る製りと垣や郭の作りをもって言えば、地が熱く卑しく湿っているので、城は塼を疊んで作ることが多く、諸々の牆と壁は、あるいは竹や木を編む。室と宇、臺と観は板の屋で頭が平らであり、石灰を埿り、甎や墼で覆う。諸々の異なる崇い構えは、制が中夏と同じである。茅を苫き草を苫くこともあり、あるいは塼、あるいは板を用いる。壁は石灰で飾りとし、地は牛の糞を塗って凈らかとし、時の花を散らし布く。これがその異なるところである。諸々の僧伽藍は、かなり奇しい制を極めている。隅の楼が四方に起こり、重なる閣が三層である。榱と梠、棟と樑には奇しい形を雕り鏤み、戸と牖、垣と牆には衆くの綵で図き画いている。黎と庶の居は、内が侈やかで外が儉しい。隩の室と中の堂は、高さと広さに異なりがあり、層の臺と重なる閣は、形と製に拘るところがない。門は東に戸を闢き、朝の座は東に面する。坐り止まるところに至っては、みな縄の床を用いる。王族・大人・士庶・豪右は、荘りと飾りに殊なりがあるが、規と矩には異なりがない。君王の朝の座は、さらにいっそう高く広く、珠と璣を間に錯えており、師子の牀という。細い氎を敷き、宝の机を蹈む。およそ百の庶の僚は、その好むところに随って、異なる類を刻み雕り、奇しい珍で瑩き飾る。

6衣装

衣裳服玩,無所裁製,貴鮮白,輕雜綵。男則繞腰絡腋,橫巾右袒。女乃襜衣下垂,通肩摠覆。頂為小髻,餘髮垂下。或有剪髭,別為詭俗。首冠花鬘,身佩瓔珞。其所服者,謂憍奢耶衣及氎布等。憍奢耶者,野蠶絲也。菆摩衣,麻之類也。顩鉢羅衣,織細羊毛也。褐剌縭衣,織野獸毛也。獸毛細䎡,可得緝績,故以見珍而充服用。其北印度風土寒烈,短製褊衣,頗同胡服。外道服飾,紛雜異製。或衣孔雀羽尾,或飾髑髏瓔珞,或無服露形,或草板掩體,或拔髮斷髭,或蓬鬢椎髻,裳衣無定,赤白不恒。沙門法服,唯有三衣及僧却崎、泥縛些那。三衣裁製,部執不同。或緣有寬狹,或葉有小大。僧却崎覆左肩,掩兩腑,左開右合,長裁過腰。泥縛些那既無帶襻,其將服也,集衣為襵,束帶以縚,襵則諸部各異,色乃黃赤不同。剎帝利、婆羅門,清素居簡,潔白儉約。國王、大臣,服玩良異。花鬘寶冠,以為首飾;環釧瓔珞,而作身佩。其有富商大賈,唯釧而已。人多徒跣,少有所履。染其牙齒,或赤或黑,齊髮穿耳,修鼻大眼,斯其貌也。

衣と裳、服と玩は裁り製る定めがなく、鮮やかに白いものを貴び、雜々の綵を軽んじる。男は腰を繞り腋を絡って、横に巾を巻いて右を袒ぐ。女は襜の衣を下に垂らし、肩を通して摠べて覆う。頂を小さな髻とし、余りの髪は垂らし下ろす。あるいは髭を剪る者があるが、別の詭しい俗である。首に花の鬘を冠り、身に瓔珞を佩びる。その服するものは、憍奢耶の衣と氎の布などという。憍奢耶とは野の蠶の糸である。菆摩の衣は麻の類である。顩鉢羅の衣は細い羊の毛を織ったものである。褐剌縭の衣は野の獣の毛を織ったものである。獣の毛が細く䎡らかで、緝み績ぐことができるので、それゆえ珍しいと見られて服用に充てられる。その北インドは風土が寒く烈しいので、短く製った褊い衣で、かなり胡の服と同じである。外道の服と飾りは、紛れ雜じって製りが異なる。あるいは孔雀の羽と尾を衣、あるいは髑髏の瓔珞を飾り、あるいは服なく形を露し、あるいは草や板で体を掩い、あるいは髪を拔き髭を断ち、あるいは蓬けた鬢に椎の髻として、裳と衣に定まりがなく、赤いのも白いのも恒ではない。沙門の法服は、ただ三衣と僧却崎・泥縛些那だけである。三衣の裁り製りは、部と執によって同じでない。あるいは縁に寛さと狭さがあり、あるいは葉に小さいのと大きいのがある。僧却崎は左の肩を覆い、両の腑を掩い、左を開き右を合わせ、長さは腰を過ぎるように裁る。泥縛些那は帯も襻もないので、それを服するときには、衣を集めて襵とし、縚の帯で束ねる。襵は諸々の部でそれぞれ異なり、色は黄いのと赤いのが同じでない。剎帝利と婆羅門は、清く素やかに簡に居り、潔く白く儉やかに約やかである。国王と大臣は、服と玩がかなり異なる。花の鬘と宝の冠を首の飾りとし、環と釧と瓔珞を身の佩びものとする。富んだ商いや大きな賈があっても、釧だけである。人は多く徒で跣であり、履くものがある者は少ない。その牙と歯を染めて、あるいは赤く、あるいは黒くし、髪を齊え耳を穿ち、鼻が修く眼が大きい。これがその貌である。

夾注 4

墟嚴反。

墟(きょ)と嚴(げん)の反切である。

桑箇反。

桑(そう)と箇(か)の反切である。

唐言掩腋。舊曰僧祇支,訛也。

唐の言葉では腋を掩うである。旧くは僧祇支といったが、誤りである。

唐言裙。舊曰涅槃僧,訛也。

唐の言葉では裙である。旧くは涅槃僧といったが、誤りである。

7清らかにすること

夫其潔清自守,非矯其志。凡有饌食,必先盥洗,殘宿不再,食器不傳。瓦木之器,經用必棄。金銀銅鐵,每加摩瑩。饌食既訖,嚼楊枝而為凈。澡漱未終,無相執觸。每有溲弱,必事澡灌。身塗諸香,所謂旃檀、鬱金也。君王將浴,鼓奏絃歌。祭祀拜祠,沐浴盥洗。

そもそも彼らが潔く清らかに自らを守るのは、その志を矯めてするのではない。およそ饌べる食があれば、必ずまず盥ぎ洗い、残ったものや宿したものは再びせず、食の器は人に伝えない。瓦や木の器は、一度用いれば必ず棄てる。金・銀・銅・鉄は、用いるごとに摩き瑩く。饌べる食が終わると、楊の枝を嚼んで凈らかとする。澡ぎ漱ぐことが終わらないうちは、互いに執り触れることがない。溲り弱るたびに、必ず澡ぎ灌ぐことを事とする。身に諸々の香を塗るが、いわゆる旃檀と鬱金である。君王が浴しようとするときは、鼓を奏し絃を歌う。祭り祀り祠に拝するときも、沐み浴し盥ぎ洗う。

8文字

詳其文字,梵天所製,原始垂則,四十七言。遇物合成,隨事轉用,流演枝派,其源浸廣。因地隨人,微有改變,語其大較,未異本源。而中印度特為詳正,辭調和雅,與天同音,氣韻清亮,為人軌則。鄰境異國,習謬成訓,競趨澆俗,莫守淳風。

その文字をつまびらかに見れば、梵天が製ったもので、原め始めて則を垂れたのが四十七言である。物に遇えば合わせて成し、事に随って転じ用いるので、流れ演べて枝と派に分かれ、その源がだんだんと広がった。地に因り人に随って、わずかに改め変わったところがあるが、その大較を語れば、本の源と異ならない。そして中インドがとりわけ詳しく正しい。辞の調べが和やかに雅しく、天と音を同じくし、気と韻が清く亮らかで、人の軌と則となっている。隣の境の異なる国は、謬ったものを習って訓えとなし、競って澆い俗に趨って、淳い風を守る者がない。

9記録

至於記言書事,各有司存。史誥總稱謂尼羅蔽荼,善惡具舉,災祥備著。

言を記し事を書くことに至っては、それぞれ司り存するところがある。史と誥を総じて称して尼羅蔽荼という。善と悪をつぶさに挙げ、災いと祥しさを備え著す。

夾注 1

唐言青藏。

唐の言葉では青い蔵である。

10学びの次第

而開蒙誘進,先導十二章。七歲之後,漸授五明大論:一曰聲明,釋詁訓字,詮目疏別;二工巧明,伎術機關,陰陽歷數;三醫方明,禁咒閑邪,藥石針艾;四曰因明,考定正邪,研核真偽;五曰內明,究暢五乘因果妙理。

蒙きを開き誘い進めるには、まず十二章を導く。七歳の後には、漸々に五明の大論を授ける。一つは声明といい、詁を釈き字を訓み、目を詮べ別を疏す。二つは工巧明、伎と術、機と関、陰陽と歴数である。三つは医方明、禁と咒で邪を閑め、薬石と針と艾を用いる。四つは因明といい、正と邪を考え定め、真と偽を研き核べる。五つは内明といい、五乗の因果の妙なる理を究め暢べる。

11婆羅門の四吠陀

其婆羅門學四吠陀論:一曰壽,謂養生繕性;二曰祠,謂享祭祈禱;三曰平,謂禮儀、占卜、兵法、軍陣;四曰術,謂異能、伎數、禁咒、醫方。

その婆羅門は四つの吠陀の論を学ぶ。一つは寿といい、生を養い性を繕うことである。二つは祠といい、享け祭り祈り禱ることである。三つは平といい、礼儀・占卜・兵法・軍陣である。四つは術といい、異なる能・伎と数・禁と咒・医の方である。

夾注 1

舊曰毗陀,訛也。

旧くは毗陀といったが、誤りである。

12師と弟子

師必博究精微,貫究玄奧,示之大義,異以微言,提撕善誘,雕朽勵薄。若乃識量通敏,志懷逋逸,則拘縶反關,業成後已。

師は必ず精しく微かなものを博く究め、玄かに奥しいものを貫き究めて、大きな義をこれに示し、微かな言で異を説き、提げ撕って善く誘い、朽ちたものを雕り薄いものを励ます。もし識と量が通じ敏いけれども、志と懐いが逋れ逸れるようなら、拘え縶いで関を反じ、業が成ってから後に已める。

13学びを終えた後

年方三十,志立學成,既居祿位,先酬師德。其有博古好雅,肥遁居貞,沈浮物外,逍遙事表,寵辱不驚,聲問以遠,君王雅尚,莫能屈跡。然而國重聰睿,俗貴高明,褒贊既隆,禮命亦重。故能強誌篤學,忘疲遊藝,訪道依仁,不遠千里。家雖豪富,志均羈旅,口腹之資,巡匄以濟,有貴知道,無恥匱財。娛遊惰業、偷食靡衣,既無令德,又非時習,恥辱俱至,醜聲載揚。

年がまさに三十、志が立ち学が成ると、すでに禄と位に居って、まず師の徳に酬いる。その中には、古を博く知り雅しさを好み、肥え遁れて貞しく居り、物の外に沈み浮き、事の表に逍ぎ遥び、寵も辱も驚かず、声と問が遠くまで及ぶ者がある。君王が雅しく尚んでも、その跡を屈めることができない。しかし国が聡と睿を重んじ、俗が高と明を貴ぶので、褒め賛えることが隆い分だけ、礼し命ずることもまた重い。それゆえ志を強くし学に篤く、疲れを忘れて藝に遊び、道を訪ね仁に依って、千里を遠いとしない。家が豪く富んでいても、志は羈旅と均しく、口と腹の資は巡り匄うて済ますので、道を知ることを貴ぶのみで、財の匱しいことを恥じない。娯しみ遊んで業を惰り、食を偷み衣を靡やかにすれば、令しい徳もなく、また時に習ったものもないので、恥と辱がともに至り、醜い声が載せ揚げられる。

14仏の教えと諸々の部派

如來理教,隨類得解。去聖悠遠,正法醇醨,任其見解之心,俱獲聞知之悟。部執峰峙,諍論波濤,異學專門,殊途同致。十有八部,各擅鋒銳;大小二乘,居止區別。其有宴默思惟,經行住立,定慧悠隔,喧靜良殊,隨其眾居,各制科防。無云律論,絓是佛經,講宣一部,乃免僧知事;二部,加上房資具;三部,差侍者祗承。四部,給凈人役使;五部,則行乘象輿;六部,又導從周衛。道德既高,旌命亦異。時集講論,考其優劣,彰別善惡,黜陟幽明。其有商榷微言,抑揚妙理,雅辭贍美,妙辯敏捷,於是馭乘寶象,導從如林。至乃義門虛辟,辭鋒挫銳,理寡而辭繁,義乖而言順,遂即面塗赭堊,身岔塵土,斥於曠野,棄之溝壑。既旌淑慝,亦表賢愚。人知樂道,家勤誌學。出家歸俗,從其所好。罹咎犯律,僧中科罰,輕則眾命訶責,次又眾不與語,重乃眾不共住。不共住者,斥擯不齒,出一住處,措身無所,羈旅艱辛,或返初服。

如来の理と教えは、類に随って解を得させるものであった。聖を去ってから悠かに遠く、正しい法が醇くなり醨くなったので、その見と解の心に任せながらも、ともに聞き知る悟りを獲る。部と執が峰のように峙ち、諍いの論は波と濤のようであり、異なる学が門を専らにしたが、殊なる途も致すところは同じである。十八の部があって、それぞれ鋒と鋭を擅にし、大小の二乗は、居り止まるところを区り別ける。その中には宴かに默して思い惟う者があり、経り行き住まり立つ者があるので、定と慧が悠かに隔たり、喧かさと静かさがかなり殊なるので、その衆の居るところに随って、それぞれ科と防を制める。律であれ論であれ、仏の経であるものなら、一部を講じ宣べれば僧中の知事を免れ、二部なら上の房と資具を加え、三部なら侍者を差して祗り承けさせ、四部なら凈人を給して役し使わせ、五部ならば象の輿に乗じて行き、六部ならばさらに導き従い周く衛らせる。道と徳が高い分だけ、旌し命ずることもまた異なる。時に集まって講じ論じ、その優と劣を考え、善と悪を彰らかに別け、幽きを黜け明らかなるを陟せる。その中で微かな言を商い榷べ、妙なる理を抑え揚げ、雅しい辞が贍かに美しく、妙なる辯が敏く捷い者があれば、そこで宝の象に馭り乗せ、導き従う者が林のようである。しかし義の門が虚ろに辟き、辞の鋒が鋭を挫かれ、理が寡いのに辞が繁く、義が乖くのに言が順うようであれば、そのまま面に赭と堊を塗り、身に塵と土を岔けて、曠い野に斥け、溝と壑に棄てる。これで淑きと慝きを旌し、また賢と愚を表す。人は道を楽しむことを知り、家は志して学ぶことに勤める。家を出るのも俗に帰るのも、その好むところに従う。咎に罹り律を犯せば、僧の中で科し罰する。軽ければ衆が命じて訶り責め、次には衆が与に語らず、重ければ衆が共に住まない。共に住まないとは、斥け擯けて齒えないことであり、一つの住処を出れば身を措くところがなく、羈旅が艱しく辛いので、あるいは初めの服に返る。

15四つの姓

若夫族姓殊者,有四流焉:一曰婆羅門,凈行也,守道居貞,潔白其操。二曰剎帝利,王種也,奕世君臨,仁恕為志。三曰吠奢,商賈也,貿遷有無,逐利遠近。四曰戍陀羅,農人也,肆力疇隴,勤身稼穡。凡茲四姓,清濁殊流,婚娶通親,飛伏異路,內外宗枝,姻媾不雜。婦人一嫁,終無再醮。自餘雜姓,實繁種族,各隨類聚,難以詳裁。

そもそも族と姓の殊なるものをもって言えば、四つの流れがある。一つは婆羅門といい、凈らかな行である。道を守り貞しく居り、その操を潔く白くする。二つは剎帝利といい、王の種である。奕々と世を重ねて君として臨み、仁と恕を志とする。三つは吠奢といい、商いと賈である。有と無を貿い遷して、遠近に利を逐う。四つは戍陀羅といい、農の人である。疇と隴に力を肆し、身をもって稼え穡ることに勤める。およそこの四つの姓は、清と濁が流れを殊にして、婚ぎ娶り親を通ずるのに、飛ぶものと伏すものが路を異にし、内と外の宗の枝が、姻ぎ媾うのに雜じらない。婦人は一たび嫁げば、ついに再び醮することがない。その余りの雜々の姓は、実に種と族が繁く、それぞれ類に随って聚まるので、つまびらかに裁りがたい。

夾注 3

舊曰剎利,略也。

旧くは剎利といったが、略したものである。

舊曰毗舍,訛也。

旧くは毗舍といったが、誤りである。

舊曰首陀,訛也。

旧くは首陀といったが、誤りである。

16王と兵

君王奕世,惟剎帝利。弒篡時起,異姓稱尊。國之戰士,驍雄畢選,子父傳業,遂窮兵術。居則宮廬周衛,征則奮旅前鋒。凡有四兵,步、馬、車、象。象則被以堅甲,牙施利距,一將安乘,授其節度,兩卒左右,為之駕馭。車乃駕以駟馬,兵帥居乘,列卒周衛,扶輪挾轂。馬軍散禦,逐北奔命。步軍輕捍,敢勇充選,負大櫓,執長戟,或持刀劍,前奮行陣。凡諸戎器,莫不鋒銳,所謂矛、楯、弓、矢、刀、劍、鉞、斧、戈、殳、長槊、輪索之屬,皆世襲矣。

君王は奕々と世を重ねて、ただ剎帝利である。弒し篡うことが時に起こって、異なる姓が尊を称えることもある。国の戦う士は、驍く雄しい者をことごとく選び、子が父の業を伝えて、ついに兵の術を窮める。居るときは宮と廬を周く衛り、征くときは旅を奮って前の鋒となる。およそ四つの兵があり、歩・馬・車・象である。象には堅い甲を被らせ、牙に利い距を施し、将一人が安らかに乗ってその節と度を授かり、卒二人が左右でこれを駕し馭る。車は駟の馬を駕し、兵の帥が居り乗って、卒を列べて周く衛らせ、輪を扶け轂を挾む。馬の軍は散って禦ぎ、北げる者を逐って命に奔る。歩の軍は軽く捍ぎ、敢えて勇ましい者を選に充て、大きな櫓を負い、長い戟を執り、あるいは刀と剣を持って、前に行と陣を奮う。およそ諸々の戎の器は、鋒く鋭くないものがなく、いわゆる矛・楯・弓・矢・刀・剣・鉞・斧・戈・殳・長槊・輪索の属は、みな世々襲いだものである。

17風俗と裁き

夫其俗也,性雖狷急,志甚貞質,於財無茍得,於義有餘讓,懼冥運之罪,輕生事之業,詭譎不行,盟誓為信,政教尚質,風俗猶和。凶悖群小,時虧國憲,謀危君上,事跡彰明,則常幽囹圄,無所刑戮,任其生死,不齒人倫。犯傷禮義,悖逆忠孝,則劓鼻,截耳,斷手,刖足,或驅出國,或放荒裔。自餘咎犯,輸財贖罪。理獄占辭,不加刑樸,隨問款對,據事平科。拒違所犯,恥過飾非,欲究情實,事須案者,凡有四條:水、火、稱、毒。水則罪人與石,盛以連囊,沈之深流,校其真偽,人沈石浮則有犯,人浮石沈則無隱。火乃燒鐵,罪人踞上,復使足蹈,既遣掌案,又令舌舐,虛無所損,實有所傷。懦弱之人不堪炎熾,捧未開花,散之向焰,虛則花發,實則花焦。稱則人石平衡,輕重取驗,虛則人低石舉,實則石重人輕。毒則以一羖羊,剖其右髀,隨被訟人所食之分,雜諸毒藥置右髀中,實則毒發而死,虛則毒歇而蘇。舉四條之例,防百非之路。

そもそもその俗は、性は狷しく急しいけれども、志はきわめて貞しく質朴である。財において苟しく得ることがなく、義において余るほど讓ることがある。冥かな運の罪を懼れ、生きて事とする業を軽んじる。詭り譎ることが行われず、盟い誓うことを信とする。政と教が質朴さを尚び、風俗はかえって和らいでいる。凶く悖った群れの小さな者が、時に国の憲を虧け、君と上を危うくしようと謀って、事と跡が彰らかに明らかであれば、常に囹圄に幽するだけで、刑し戮することはなく、その生と死を任せて、人の倫に齒えない。礼と義を犯し傷つけ、忠と孝に悖り逆らえば、鼻を劓ぎ、耳を截り、手を断ち、足を刖ぎ、あるいは国の外に驅り出し、あるいは荒れた裔に放つ。その余りの咎と犯は、財を輸して罪を贖う。獄を理め辞を占うのに、刑と樸を加えず、問うに随って款しく対えさせ、事に拠って平らかに科する。犯したところを拒み違い、過ちを恥じて非を飾るなら、情の実を究めようとして、事として案べる必要のあるものには、およそ四つの条がある。水・火・称・毒である。水は罪人と石を、連ねた囊に盛って、深い流れに沈め、その真と偽を校べる。人が沈んで石が浮けば犯したところがあり、人が浮いて石が沈めば隠したところがない。火は鉄を焼き、罪人をその上に踞らせ、さらに足で蹈ませ、掌を案てさせ、また舌で舐めさせる。虚であれば損じるところがなく、実であれば傷つくところがある。懦く弱い人が炎え熾るのに堪えないときは、まだ開かない花を捧げて、焰に向けて散らさせる。虚であれば花が発き、実であれば花が焦げる。称は人と石を平らかに衡らせ、軽重で験を取る。虚であれば人が低く石が挙がり、実であれば石が重く人が軽い。毒は一匹の羖羊の右の髀を剖いて、訟えられた人が食べた分に随って、諸々の毒薬を雜えて右の髀の中に置く。実であれば毒が発って死に、虚であれば毒が歇んで蘇る。この四つの条の例を挙げて、百の非の路を防ぐのである。

18敬いを致す九つの等級

致敬之式,其儀九等:一發言慰問,二俯首示敬,三舉手高揖,四合掌平拱,五屈膝,六長跪,七手膝踞地,八五輪俱屈,九五體投地。凡斯九等,極惟一拜。跪而贊德,謂之盡敬。遠則稽顙拜手,近則舐足摩踵。凡其致辭受命,褰裳長跪。尊賢受拜,必有慰辭,或摩其頂,或拊其背,善言誨導,以示親厚。出家沙門,既受禮敬,惟加善願,無止跪拜。隨所宗事,多有旋繞,或唯一周,或復三匝,宿心別請,數則從欲。

敬いを致す式には、その儀が九つの等級ある。一つは言を発して慰め問うこと、二つは首を俯して敬いを示すこと、三つは手を挙げて高く揖すること、四つは掌を合わせて平らかに拱むこと、五つは膝を屈めること、六つは長く跪くこと、七つは手と膝を地に踞えること、八つは五輪をともに屈めること、九つは五体を地に投げることである。およそこの九つの等級のうち、極まったものはただ一拝である。跪いて徳を賛えるのを、敬いを尽くすという。遠ければ顙を稽え手を拝し、近ければ足を舐め踵を摩る。およそ辞を致し命を受けるときは、裳を褰げて長く跪く。尊い賢が拝を受ければ、必ず慰める辞があり、あるいはその頂を摩り、あるいはその背を拊って、善い言で誨え導き、親しく厚いことを示す。家を出た沙門は、礼と敬いを受けても、ただ善い願を加えるだけで、跪き拝することを止めさせる。宗び事とするところに随って、旋り繞ることが多く、あるいはただ一周、あるいはまた三匝し、宿の心で別に請うときは、その数は欲するままにする。

19病

凡遭疾病,絕粒七日,期限之中,多有痊愈。必未瘳差,方乃餌藥。藥之性類,名種不同。醫之工伎,占候有異。

およそ疾や病に遭えば、粒を絶って七日。その期と限の中で、痊え愈えることが多い。どうしても瘳え差らないときに、ようやく薬を餌む。薬の性と類は、名と種が同じでなく、医の工と伎は、占い候うことに異なりがある。

20死と葬り

終沒臨喪,哀號相泣,裂裳拔髮,拍額椎胸。服制無聞,喪期無數。送終殯葬,其儀有三:一曰火葬,積薪焚燎;二曰水葬,沈流飄散;三曰野葬,棄林飼獸。國王殂落,先立嗣君,以主喪祭,以定上下。生立德號,死無議謚。喪禍之家,人莫就食。殯葬之後,復常無諱。諸有送死,以為不潔,咸於郭外浴而後入。至於年耆壽耄,死期將至,嬰累沈痾,生崖恐極,厭離塵俗,願棄人間,輕鄙生死,希遠世路。於是親故知友,奏樂餞會,泛舟鼓棹,濟殑伽河,中流自溺,謂得生天。十有其一,未盡鄙見。出家僧眾,制無號哭,父母亡喪,誦今酬恩,追遠慎終,寔資冥福。

終わり歿して喪に臨めば、哀しみ号び相い泣き、裳を裂き髪を拔き、額を拍ち胸を椎つ。服の制は聞くところがなく、喪の期に定まった数がない。終わりを送り殯め葬るのに、その儀が三つある。一つは火葬といい、薪を積んで焚き燎く。二つは水葬といい、流れに沈めて飄し散らす。三つは野葬といい、林に棄てて獣に飼わせる。国王が殂れ落ちれば、まず嗣ぐ君を立てて、喪と祭を主らせ、上と下を定める。生きて徳の号を立て、死んで謚を議らない。喪と禍の家には、人が就いて食べない。殯め葬った後は、常に復して諱むことがない。およそ死を送ることを、凈らかでないとして、みな郭の外で浴してから入る。年が耆び寿が耄い、死の期がまさに至ろうとし、累いに嬰かれ痾いに沈み、生の崖が恐れ極まるに至れば、塵の俗を厭い離れ、人の間を棄てることを願い、生と死を軽んじ鄙しんで、世の路を希み遠ざける。そこで親しい故と知る友が、楽を奏して餞の会を開き、舟を泛べ棹を鼓して、殑伽河を済り、流れの中でみずから溺れる。天に生まれることを得ると謂うのである。十にその一つは、まだその鄙しい見を尽くしていない。家を出た僧の衆は、号び哭くことを制めて許さず、父母の亡き喪には、いまの経を誦して恩に酬いるので、遠きを追い終わりを慎むことが、実に冥かな福の資けとなる。

21政と税

政教既寬,機務亦簡,戶不籍書,人無徭課。王田之內,大分為四:一充國用,祭祀粢盛;二以封建輔佐宰臣;三賞聰睿碩學高才;四樹福田,給諸異道。所以賦斂輕薄,徭稅儉省,各安世業,俱佃口分。假種王田,六稅其一。商賈逐利,來往貿遷,津路關防,輕稅後過。國家營建,不虛勞役,據其成功,酬之價直。鎮戍征行,宮廬宿衛,量事招募,懸賞待人。宰牧、輔臣、庶官、僚佐,各有分地,自食封邑。

政と教がすでに寛やかなので、機と務もまた簡やかである。戸を籍に書かず、人に徭と課がない。王の田の内を、大きく分けて四つとする。一つは国の用に充て、祭祀の粢と盛とする。二つはこれで輔け佐ける宰と臣を封建する。三つは聡く睿い碩い学と高い才の者に賞する。四つは福の田を樹て、諸々の異なる道の者に給う。それゆえ賦し斂めることが軽く薄く、徭と税が儉やかに省かれて、それぞれ世の業に安んじ、ともに口の分を佃す。仮りて王の田を種えれば、六つにその一つを税とする。商いと賈が利を逐って来り往き貿い遷すときは、津と路の関と防で、軽く税して後に過ぎさせる。国家が営み建てるとき、虚しく労し役することなく、その成った功に拠って、価と直を酬いる。鎮め戍り征き行くことと、宮と廬を宿り衛ることは、事を量って招き募り、賞を懸けて人を待つ。宰と牧、輔ける臣、庶の官、僚の佐は、それぞれ分けられた地があって、みずからその封じられた邑から食べる。

22花と果

風壤既別,地利亦殊。花草果木,雜種異名,所謂庵沒羅果、庵弭羅果、末杜迦果、跋達羅果、劫比他果、阿末羅果、鎮杜迦果、烏曇跋羅果、茂遮果、那利羅果、般娑果。凡厥此類,難以備載,見珍人世者,略舉言焉。至於棗、栗、椑、柿,印度無聞;梨、柰、桃、杏、蒲萄等果,迦濕彌羅國已來,往往間植;石榴、甘桔,諸國皆樹。

風と壤がすでに別であれば、地の利もまた殊なる。花と草、果と木は、種が雜じり名が異なり、いわゆる庵沒羅の果・庵弭羅の果・末杜迦の果・跋達羅の果・劫比他の果・阿末羅の果・鎮杜迦の果・烏曇跋羅の果・茂遮の果・那利羅の果・般娑の果である。およそこれらの類は、備え載せがたいので、人の世で珍しいと見られるものを、略して挙げて言う。棗・栗・椑・柿に至っては、インドでは聞かず、梨・柰・桃・杏・葡萄などの果は、迦濕彌羅国より以来、ところどころ間に植えてある。石榴と甘桔は、諸国がみな樹える。

23農

墾田農務,稼穡耕耘,播植隨時,各從勞逸。土宜所出,稻、麥尤多。

田を墾き農に務めて、稼え穡り耕し耘り、播き植えるのを時に随ってするが、それぞれ労と逸に従う。土地に宜しくて出るものとしては、稲と麦がことに多い。

24蔬菜

蔬菜則有姜、芥、瓜、瓠、葷陁菜等。蔥蒜雖少,啖食亦希,家有食者,驅令出郭。

蔬菜としては姜・芥・瓜・瓠・葷陁菜などがある。蔥と蒜は少なく、啖べることも希で、家に食べる者があれば、駆って郭を出させる。

25食べ物

至於乳酪、膏酥、粆糖、石蜜、芥子油、諸餅麨,常所膳也。魚、羊、獐、鹿,時薦肴胾。牛、驢、象、馬、豕、犬、狐、狼、師子、猴、猿,凡此毛群,例無味啖,啖者鄙恥,眾所穢惡,屏居郭外,希跡人間。

乳と酪、膏と酥、粆糖と石蜜、芥子の油、諸々の餅と麨に至っては、常に膳べるものである。魚・羊・獐・鹿は、時おり肴と胾として薦める。牛・驢・象・馬・豕・犬・狐・狼・師子・猴・猿、およそこれらの毛の群れは、例として啖べて味わうことがなく、啖べる者は鄙しみ恥じ、衆が穢らわしく悪むところなので、郭の外に屏け居らせ、人の間に跡が希である。

26飲み物

若其酒醴之差,滋味流別。蒲萄、甘蔗,剎帝利飲也;曲糵醇醪,吠奢等飲也;沙門、婆羅門飲蒲萄、甘蔗漿,非酒醴之謂也。雜姓卑族,無所流別。

その酒と醴の差、滋りと味の流れ別かれるところをもって言えば、葡萄と甘蔗のものは剎帝利が飲むものであり、曲と糵の醇い醪は吠奢などが飲むものである。沙門と婆羅門は葡萄と甘蔗の漿を飲むが、酒や醴というものではない。雜々の姓の卑しい族は、流れ別かつところがない。

27器

然其資用之器,巧質有殊;什物之具,隨時無闕。雖釜鑊斯用,而炊甑莫知。多器坯土,少用赤銅。食以一器,眾味相調,手指斟酌,略無匙箸,至於老病,乃用銅匙。

しかしその資し用いる器は、巧みさと質朴さに殊なりがあり、什物の具は、時に随って闕けることがない。釜と鑊は用いるけれども、炊く甑を知らない。器は多く坯の土のもので、赤い銅を用いることは少ない。食べるのに一つの器で、衆くの味を相い調え、手の指で斟み酌んで、匙も箸もほとんどなく、老い病んだ者に至ってこそ、銅の匙を用いる。

28宝と貨

若其金、銀、鍮石、白玉、火珠,風土所產,彌復盈積。奇珍雜寶,異類殊名,出自海隅,易以求貿。然其貨用,交遷有無,金錢、銀錢、貝珠、小珠。

その金・銀・鍮石・白玉・火珠は、風土が産するものなので、さらにいっそう盈ち積んでいる。奇しい珍と雜々の宝は、異なる類が名を殊にして、海の隅から出るので、求め貿うのに易い。しかしその貨として用い、有と無を交わし遷すものは、金錢・銀錢・貝の珠・小さな珠である。

印度之境,疆界具舉,風壤之差,大略斯在,同條共貫,粗陳梗概。異政殊俗,據國而敘。

インドの境と疆の界を備え挙げ、風と壤の差のおおよそはこれにある。同じ条を共に貫いて、粗く梗と概を陳べた。異なる政と殊なる俗は、国に拠って敍べる。