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窣禄勤那国窣祿勤那國

大唐西域記(大唐の西域をめぐる記) 大唐西域記 · 玄奘 著 · 辯機 編 · 646年(唐・貞観20年) · 段落 4 · 漢字 575字 · 朗読 2.3分

大唐西域記(大唐の西域をめぐる記) 第4巻 玄奘が十七年のあいだ西域とインドの百三十八か国を踏んで帰り、唐の太宗に奉った記録。西遊記のもとになった書だが、ここにあるのは妖怪ではなく、国ごとの広さと気候と言葉と信仰である。法顕より二百年後、慧超より八十年前の道である。

窣祿勤那國周六千餘里,東臨殑伽河,北背大山,閻牟那河中境而流。國大都城周二十餘里,東臨閻牟那河,荒蕪雖甚,基趾尚固。土地所產,風氣所宜,同薩他泥濕伐羅國。人性淳質,宗信外道。貴藝學,尚福慧。伽藍五所,僧徒千餘人,多學小乘,少習餘部。商榷微言,清論玄奧,異方俊彥,尋論稽疑。天祠百數,異道甚多。

窣禄勤那国は周囲六千余里である。東は殑伽河に臨み、北は大きな山を背にし、閻牟那河が国の境の中を流れている。国の大都城は周囲二十余里で、東は閻牟那河に臨み、荒れ果てることは甚だしいが、土台はなお堅い。土地の産するもの、気候に適するものは薩他泥湿伐羅国と同じである。人の性質は素朴で質素、外道を宗として信じている。技芸と学問を貴び、福と智慧を尊ぶ。伽藍は五か所、僧は千余人で、小乗を学ぶ者が多く、ほかの部を修める者は少ない。微かな言葉をはかり論じ、奥深いものを清らかに論じるので、他の地方の優れた者たちが論を求め疑いを問いに来る。天祠は百を数え、外道がはなはだ多い。

2無憂王の塔と五つの伽藍

大城東南閻牟那河西,大伽藍東門外有窣堵波,無憂王之所建也。如來在昔曾於此說法度人。其側又一窣堵波,中有如來髮、爪也。舍利子、沒特伽羅諸阿羅漢髮、爪窣堵波周其左右,數十餘所。如來寂滅之後,此國為諸外道所詿誤焉,信受邪法,捐廢正見。今有五伽藍者,乃異國論師與諸外道及婆羅門論議勝處,因此建焉。

大城の東南、閻牟那河の西、大きな伽藍の東門の外に窣堵波があり、無憂王が建てたものである。如来は昔、かつてここで法を説いて人を救われた。そのかたわらにまた一つの窣堵波があり、中に如来の髪と爪がある。舎利子・没特伽羅などもろもろの阿羅漢の髪と爪を納めた窣堵波がその左右をめぐって数十余か所ある。如来が寂滅に入られたのち、この国はもろもろの外道に誤らされ、邪な法を信じ受けて正しい見方を捨て去った。いま五つの伽藍があるのは、他国の論師がもろもろの外道や婆羅門と論じて勝った所であり、それによって建てられたものである。

3殑伽河と提婆菩薩

閻牟那河東行八百餘里,至殑伽河河源,廣三四里,東南流入海處廣十餘里。水色滄浪,波濤浩汗,靈怪雖多,不為物害。其味甘美,細沙隨流。彼俗書記,謂之福水。罪咎雖積,沐浴便除;輕命自沈,生天受福;死而投骸,不墮惡趣;揚波激流,亡魂獲濟。時執師子國提婆菩薩深達實相,得諸法性,湣諸愚夫,來此導誘。當是時也,士女咸會,少長畢萃,於河之濱,揚波激流。提婆菩薩和光汲引,俯首反激,狀異眾人。有外道曰:「吾子何其異乎?」提婆菩薩曰:「吾父母親宗在執師子國,恐苦饑渴,冀斯遠濟。」諸外道曰:「吾子謬矣!曾不再思,妄行此事。家國綿邈,山川遼敻,激揚此水,給濟彼饑,其猶卻行以求前及,非所聞也。」提婆菩薩曰:「幽途罪累,尚蒙此水;山川雖阻,如何不濟?」時諸外道知難謝屈,舍邪見,受正法,改過自新,願奉教誨。

閻牟那河から東へ八百余里行くと、殑伽河の河源に至る。幅は三、四里で、東南に流れて海に入る所では幅十余里である。水の色は青く、波は広々として、霊しく怪しいものは多いが、人を害することはない。その味は甘く美しく、細かい砂が流れに従って流れる。その地の書物では、これを福の水という。罪や咎が積もっていても、浴びればすぐに消え、命を軽んじてみずから沈めば天に生まれて福を受け、死んで骨を投げ入れれば悪趣に落ちず、波を立てて流れを打てば亡き魂が救われる、という。そのとき執師子国の提婆菩薩は実相に深く通じ、もろもろの法の性を得ていたが、愚かな者たちを哀れんでここに来て導いた。そのとき、男も女もみな集まり、若い者も年長の者もことごとく集まって、河のほとりで波を立てて流れを打っていた。提婆菩薩は光を和らげて導こうと、首をうつむけて逆に水を打ち、そのさまは人々と違っていた。ある外道が「あなたはどうしてそんなに違うのか」と言うと、提婆菩薩は「私の父母や親族は執師子国にいる。飢えや渇きに苦しむのではないかと思い、こうして遠くから救おうとしているのだ」と言った。もろもろの外道は言った。「あなたは誤っている。二度も考えもせず、みだりにこんなことをしている。家も国も遠く隔たり、山も川もはるかに広いのに、この水を跳ね上げてあちらの飢えを救うというのは、後ろ歩きをして前に進もうとするようなもので、聞いたこともないことだ。」提婆菩薩は言った。「冥い道の罪や咎までもなおこの水の恵みを受けるというのに、山や川が隔てているとしても、どうして救えないことがあろうか。」そのとき、もろもろの外道は答えがたいことを知って屈したことを謝し、邪な見方を捨てて正しい法を受け、過ちを改めてみずから新たになり、教えを奉じたいと願った。

渡河東岸至秣底補羅國。

河を渡って東の岸に至ると、秣底補羅国に至る。

夾注 1

中印度境。

中インドの境である。