拘屍那揭羅国拘屍那揭羅國
拘屍那揭羅國城郭頹毀,邑里蕭條。故城磚基,周十餘里。居人稀曠,閭巷荒蕪。
拘屍那揭羅国は城郭が崩れ壊れ、邑も里も寂しく衰えている。古い城の煉瓦の基は周囲十余里である。住む人はまれで疎らであり、里の巷は荒れ果てている。
2準陀の古い宅
城內東北隅有窣堵波,無憂王所建,準陁之故宅也。宅中有井,將營獻供,方乃鑿焉。歲月雖淹,水猶清美。
城の中の東北の隅に塔があり、無憂王が建てたもので、準陀の古い宅である。宅の中に井戸があり、献じる供養を整えようとして、まさにそのとき掘ったものである。歳月は久しく経ったが、水はなお清く旨い。
夾注 1
舊曰純陁,訛也。
旧くは純陀といったが、誤りである。
3娑羅の林 — 如来が寂滅された所
城西北三四里,渡阿恃多伐底河,西岸不遠,至娑羅林。其樹類槲,而皮青白,葉甚光潤。四樹特高,如來寂滅之所也。其大磚精舍中作如來涅槃之像,北首而臥。傍有窣堵波,無憂王所建,基雖傾陷,尚高二百餘尺。前建石柱,以記如來寂滅之事,雖有文記,不書日月。聞諸先記曰:「佛以生年八十,吠舍佉月後半十五日入般涅槃,當此三月十五日也。說一切有部則佛以迦賴底迦月後半八日入般涅槃,當此九月八日也。自佛涅槃,諸部異議,或云千二百餘年,或云千三百餘年,或云千五百餘年,或云已過九百,未滿千年。
城の西北三、四里で阿恃多伐底河を渡り、西の岸の遠くないところで娑羅の林に至る。その樹は槲の類で、皮は青白く、葉はたいへん光り潤っている。四本の樹がとりわけ高く、如来が寂滅された所である。その大きな煉瓦の精舎の中に如来が涅槃される像を造っており、頭を北に向けて臥せておられる。傍らに塔があり、無憂王が建てたもので、基は傾き落ちくぼんでいるが、なお高さは二百余尺ある。前に石の柱を建てて如来が寂滅された事を記しているが、文に記したものはあっても、日と月は書かれていない。先の記に聞くところでは、「仏は生まれてから八十年の年、吠舎佉月の後半十五日に般涅槃に入られた」といい、それはこの地の三月十五日に当たる。説一切有部は、仏は迦頼底迦月の後半八日に般涅槃に入られたといい、それはこの地の九月八日に当たる。仏が涅槃されてからの年数については、諸部の議論が分かれ、あるものは千二百余年といい、あるものは千三百余年といい、あるものは千五百余年といい、あるものはすでに九百を過ぎたが千年には満たないという。
夾注 1
唐言無勝,此世共稱耳。舊云阿利羅跋提河,訛也。典謂言之屍賴拿伐底河,譯曰有金河。
唐の言葉では勝つことができないという意味で、これは世でともに称えている名にすぎない。旧くは阿利羅跋提河といったが、誤りである。書物では屍頼拿伐底河といい、訳すと金のある河である。
4雉が火を救った所
精舍側不遠,有窣堵波,是如來修菩薩行時,為群雉王救火之處。昔於此地有大茂林,毛群羽族巢居穴處。驚風四起,猛焰飆急。時有一雉,有懷傷湣,鼓濯清流,飛空奮灑。時天帝釋俯而告曰:「汝何守愚,虛勞羽翮?大火方起,焚燎林野,豈汝微軀所能撲滅?」雉曰:「說者為誰?」曰:「我天帝釋耳。」雉曰:「今天帝釋有大福力,無欲不遂,救災拯難,若指諸掌,反誥無功,其咎安在?猛火方熾,無得多言!」尋復奮飛,往趣流水。天帝遂以掬水泛灑其林,火滅煙消,生類全命,故今謂之救火窣堵波也。
精舎の傍らの遠くないところに塔があり、これは如来が菩薩の行を修められたとき、雉の王となって火を救われた所である。昔この地に大きく茂った林があり、毛のある群れや羽のある類が巣を作り穴に住んでいた。驚くような風が四方から起こり、猛る炎がつむじ風のように急であった。そのとき一羽の雉がいて、傷み憐れむ心を懐き、清い流れに羽を濯して、空を飛びながら振り灑いだ。そのとき天帝釈が見下ろして告げた。「お前はなぜ愚かさを守って、むなしく羽と翼を労するのか。大きな火がまさに起こって林と野を焼いているのに、どうしてお前の小さな体で消すことができようか。」雉は言った。「言っているのは誰か。」答えた。「私は天帝釈である。」雉は言った。「今、天帝釈には大きな福の力があって、望んで遂げられないことはなく、災いを救い難を拯うことは掌を指すようであろうに、かえって功がないと言うのは、その咎がどこにあるのか。猛る火がまさに盛んである。多くを言うな。」そしてまた振るって飛び、流れる水へ向かった。天帝はついに水を掬ってその林にあまねく灑ぎ、火は滅し煙は消えて、生きるものたちは命を全うした。それゆえ今これを火を救った塔という。
5鹿が命を救った所
雉救火側不遠,有窣堵波,是如來修菩薩行時,為鹿救生之處。及往古昔,此有大林,火炎中野,飛走窮窘,前有駃流之厄,後困猛火之難,莫不沈溺,喪棄身命。其鹿惻隱,身據橫流,穿皮斷骨,自強拯溺。蹇兔後至,忍疲苦而濟之。筋力既竭,溺水而死。諸天收骸,起窣堵波。
雉が火を救った所の傍らの遠くないところに塔があり、これは如来が菩薩の行を修められたとき、鹿となって命を救われた所である。遠い昔、ここに大きな林があったが、火の炎が野の中を焼いたので、飛ぶものも走るものも窮まり追い詰められ、前には速い流れの危うさがあり、後ろには猛る火の難に苦しめられて、沈み溺れて身も命も失わないものはなかった。その鹿は憐れんで、身で横ぎる流れを受けとめ、皮が破れ骨が砕けるまで、みずから力を尽くして溺れるものを拯った。足の悪い兎が遅れて至ったが、疲れと苦しみを忍んでこれを渡した。筋も力も尽きて、水に溺れて死んだ。諸天がその骸を収めて塔を建てた。
6善賢 — 如来の最後の弟子
鹿拯溺西不遠,有窣堵波,是蘇跋陁羅入寂滅之處。善賢者,本梵志師也,年百二十,耆舊多智。聞佛寂滅,至雙樹間,問阿難曰:「佛世尊將寂滅,我懷疑滯,願欲請問。」阿難曰:「佛將涅槃,幸無擾也。」曰:「吾聞佛世難遇,正法難聞,我有深疑,恐無所請。」善賢遂入,先問佛言:「有諸別眾,自稱為師,各有異法,垂訓導俗,喬答摩能盡知耶?」佛言:「吾悉深究。」乃為演說。善賢聞已,心凈信解,求入法中,受具足戒。如來告曰:「汝豈能耶?外道異學修梵行者,當試四歲,觀其行,察其性,威儀寂靜,辭語誠實,則可於我法中凈修梵行。在人行耳,斯何難哉!」善賢曰:「世尊悲湣,含濟無私,四歲試學,三業方順。」佛言:「我先已說,在人行耳!」於是善賢出家,即受具戒,勤勵修習,身心勇猛。已而於法無疑,自身作證。夜分未久,果證羅漢,諸漏已盡,梵行已立。不忍見佛入大涅槃,即於眾中入火界定,現神通事,而先寂滅。是為如來最後弟子,乃先滅度,即昔後渡蹇兔是也。
鹿が溺れるものを拯った所の西の遠くないところに塔があり、これは蘇跋陀羅が寂滅に入った所である。善賢はもと梵志の師であり、年は百二十、老いて久しく、知るところが多かった。仏が寂滅されると聞いて二本の樹の間に至り、阿難に問うた。「仏世尊がまさに寂滅されようとしている。私には疑って滞るところがあり、お尋ねしたい。」阿難は言った。「仏がまさに涅槃されようとしている。どうか騒がせないでほしい。」善賢は言った。「私が聞くところでは、仏のおられる世は遭いがたく、正しい法は聞きがたいという。私には深い疑いがあるのに、尋ねる所がなくなるのを懼れる。」善賢はついに入り、まず仏に問うた。「さまざまな別の衆があって、みずから師と称し、それぞれ異なる法があって、教えを垂れて俗を導いていますが、喬答摩はそれをすべて知ることができるのですか。」仏は言われた。「私はみな深く究めた。」そして彼のために説き述べられた。善賢は聞き終えると、心が清らかになって信じ解し、法の中に入ることを求めて具足の戒を受けようとした。如来は告げられた。「お前にできるだろうか。外道の異なる学びで梵行を修める者は、四年のあいだ試し、その行を観、その性を察して、威儀が寂かで静かであり、言葉が誠で実であるなら、はじめて私の法の中で梵行を清らかに修めることができる。人が行うかどうかにかかっているだけで、これが何の難しいことがあろうか。」善賢は言った。「世尊は憐れんで、含み救うことに私がありません。四年のあいだ試して学べば、三つの業がまさに順うでしょう。」仏は言われた。「私はすでに先に言った。人が行うかどうかにかかっているだけである。」そこで善賢は出家し、すぐ具足の戒を受け、勤めて励み修め習い、身も心も勇ましく猛々しかった。やがて法に疑いがなく、みずからの身で証した。夜が更けてほどなく、はたして羅漢を証し、もろもろの漏はすでに尽き、梵行はすでに立った。仏が大涅槃に入られるのを見るに忍びず、そこで衆の中で火界の定に入り、神通の事を現して、先に寂滅した。これが如来の最後の弟子であって、先に滅度したのである。すなわち昔、後から渡った足の悪い兎がこれである。
夾注 2
唐言善賢。舊曰須跋陁羅,訛也。
唐の言葉では善賢である。旧くは須跋陀羅といったが、誤りである。
舊曰瞿曇,訛略也。
旧くは瞿曇といったが、誤って略したものである。
7執金剛が地に倒れ伏した所
善賢寂滅側,有窣堵波,是執金剛躄地之處。大悲世尊隨機利見,化功已畢,入寂滅樂,於雙樹間北首而臥。執金剛神密跡力士見佛滅度,悲慟唱言:「如來舍我入大涅槃,無歸依,無覆護。」毒箭深入,愁火熾盛,舍金剛杵,悶絕躄地。久而又起,悲哀戀慕,互相謂曰:「生死大海,誰作舟楫?無明長夜,誰為燈炬?」
善賢が寂滅した所の傍らに塔があり、これは執金剛が地に倒れ伏した所である。大いなる慈悲の世尊は機に随って利して現れ、教化の功がすでに終わると、寂滅の楽しみに入り、二本の樹の間で頭を北に向けて臥せられた。執金剛神の密跡力士は仏が滅度されたのを見て、悲しみ慟いて唱えた。「如来が私を捨てて大涅槃に入られる。帰り依るところもなく、覆い護ってくださる方もない。」毒の矢が深く入り、愁いの火が盛んに燃えて、金剛の杵を捨て、悶え絶えて地に倒れ伏した。久しくしてまた起き、悲しみ哀しみ慕って、互いに言い合った。「生と死の大海に、誰が舟と櫂となるのか。無明の長い夜に、誰が灯火となるのか。」
8七日のあいだ供養した所
金剛躄地側,有窣堵波,是如來寂滅已七日供養之處。如來之將寂滅也,光明普照,人天畢會,莫不悲感,更相謂曰:「大覺世尊今將寂滅,眾生福盡,世間無依。」如來右脅臥師子床,告諸大眾:「勿謂如來畢竟寂滅,法身常住,離諸變易,當棄懈怠,早求解脫。」諸苾芻等噓唏悲慟。時阿泥𢫫陁告諸苾芻:「止,止,勿悲!諸天譏怪。」時末羅眾供養已訖,欲舉金棺,詣涅疊般那所。時阿泥𢫫陁告言:「且止!諸天欲留七日供養。」於是天眾持妙天花,遊虛空,贊聖德,各竭誠心,共興供養。
金剛が地に倒れ伏した所の傍らに塔があり、これは如来が寂滅された後、七日のあいだ供養した所である。如来がまさに寂滅されようとしたとき、明るい光があまねく照って、人も天もみな集まり、悲しみ感じない者はなく、互いに言い合った。「大覚の世尊が今まさに寂滅される。生きとしいけるものの福が尽き、世間に依るところがなくなる。」如来は右の脇を下にして師子の床に臥し、多くの衆に告げられた。「如来がついに寂滅するとは言うな。法の身は常に住まい、もろもろの移り変わりを離れている。まさに怠りを棄てて、早く解脱を求めよ。」比丘たちはむせび泣いて悲しみ慟いた。そのとき阿泥律陀が比丘たちに告げた。「止めよ、止めよ、悲しむな。諸天が譏り怪しむ。」そのとき末羅の衆は供養を終えて、金の棺を挙げ、涅疊般那の所へ行こうとした。そのとき阿泥律陀は告げて言った。「しばらく止めよ。諸天が七日のあいだ供養することを願っている。」そこで天の衆は妙なる天の花を持って虚空に遊び、聖なる徳を讃え、それぞれ誠の心を尽くして、ともに供養を興した。
夾注 2
戶骨反。
戸と骨の反切で読む。
舊曰阿那律,訛也。
旧くは阿那律といったが、誤りである。
9摩耶夫人が仏を哭した所
停棺側有窣堵波,是摩訶摩耶夫人哭佛之處。如來寂滅,棺殮已畢,時阿泥𢫫陁上升天宮,告摩耶夫人曰:「大聖法王今已寂滅。」摩耶聞已,悲哽悶絕,與諸天眾至雙樹間,見僧伽胝、缽及錫杖,拊之號慟,絕而復聲曰:「人天福盡,世間眼滅!今此諸物,空無有主。」如來聖力,金棺自開,放光明,合掌坐,慰問慈母:「遠來下降,諸行法爾,願勿深悲。」阿難銜哀而請佛曰:「後世問我,將何以對?」曰:「佛已涅槃,慈母摩耶自天宮降,至雙樹間,如來為諸不孝眾生,從金棺起,合掌說法。」
棺をとどめた所の傍らに塔があり、これは摩訶摩耶夫人が仏を哭した所である。如来が寂滅され、棺に納めることが終わると、そのとき阿泥律陀は天宮に上り、摩耶夫人に告げた。「大いなる聖の法王が、今すでに寂滅されました。」摩耶は聞いて悲しみに咽び悶え絶え、諸天の衆とともに二本の樹の間に至り、僧伽胝と鉢と錫杖を見て、それを撫でて号き慟き、絶えてはまた声を上げて言った。「人と天の福が尽き、世間の眼が滅びた。今このもろもろの物は、空しく主を失っている。」如来の聖なる力によって金の棺はおのずから開き、明るい光を放って、掌を合わせて座り、慈しみ深い母を慰めて問われた。「遠くから降りて来られた。もろもろの行の法はこのようなものです。どうか深く悲しまないでください。」阿難は哀しみを含んで仏に請うて言った。「後の世の人が私に問うたら、何と答えればよいでしょうか。」言われた。「仏がすでに涅槃され、慈しみ深い母の摩耶が天宮から降りて二本の樹の間に至ると、如来は孝ならぬ生きとしいけるもののために、金の棺から起きて掌を合わせ、法を説かれた、と言え。」
10身を焼いた所
城北渡河三百餘步,有窣堵波,是如來焚身之處。地今黃黑,土雜灰炭,至誠求請,或得舍利。如來寂滅,人天悲感,七寶為棺,千氎纏身,設香花,建幡蓋,末羅之眾奉輿發引,前後導從,北渡金河,盛滿香油,積多香木,縱火以焚,二氎不燒,一極襯身,一最覆外。為諸眾生分散舍利,惟有髮、爪儼然無損。
城の北で河を渡って三百余歩のところに塔があり、これは如来の身を焼いた所である。地は今も黄く黒く、土に灰と炭が混じっていて、至誠をもって求め請えば、ときに舎利を得ることがある。如来が寂滅されると、人も天も悲しみ感じ、七つの宝で棺を造り、千重の木綿で身を纏い、香と花を設け、幡と蓋を立てた。末羅の衆が輿を奉って引き出し、前後に導き従って、北へ金の河を渡った。香ばしい油を満たし、香木を多く積んで火を放って焼いたが、二枚の木綿は焼けなかった。一枚は最も身に近く当てたもので、一枚は最も外を覆ったものである。もろもろの生きとしいけるもののために舎利を分け散らしたが、ただ髪と爪だけは厳かにあって損じることがなかった。
11大迦葉波に二つの足を示された所
焚身側有窣堵波,如來為大迦葉波現雙足處。如來金棺已下,香木已積,火燒不然,眾咸驚駭,阿泥𢫫陁言:「待迦葉波耳。」時大迦葉波與五百弟子自山林來,至拘屍城,問阿難曰:「世尊之身,可得見耶?」阿難曰:「千氎纏絡,重棺周殮,香木已積,即事焚燒。」是時佛於棺內為出雙足,輪相之上,見有異色。問阿難曰:「何以有此?」曰:「佛初涅槃,人天悲慟,眾淚迸染,致斯異色。」迦葉波作禮,旋繞興贊,香木自然,大火熾盛。故如來寂滅,三從棺出:初出臂,問阿難治路;次起坐,為母說法;後現雙足,示大迦葉波。
身を焼いた所の傍らに塔があり、如来が大迦葉波のために二つの足を現された所である。如来の金の棺をすでに下ろし、香木もすでに積んだのに、火で焼いても燃えなかったので、衆はみな驚き怖れた。阿泥律陀は言った。「迦葉波を待っているだけだ。」そのとき大迦葉波が五百人の弟子とともに山と林から来て、拘屍の城に至り、阿難に問うた。「世尊の身を見ることができるだろうか。」阿難は言った。「千重の木綿で纏い絡め、重ねた棺であまねく納め、香木もすでに積んで、今まさに焼こうとしている。」このとき仏は棺の内から二つの足を出された。輪の相の上に、違った色があるのが見えた。阿難に問うた。「どうしてこれがあるのか。」答えた。「仏が初めて涅槃されたとき、人も天も悲しみ慟き、多くの涙がほとばしって染めたので、この違った色が生じたのです。」迦葉波は礼をし、めぐって讃えると、香木はおのずから燃え、大きな火が盛んに起こった。それゆえ如来が寂滅されるとき、三度棺から出られた。初めは臂を出して阿難に道を整えることを問われ、次は起きて座って母のために法を説かれ、後には二つの足を現して大迦葉波に示された。
12八人の王が舎利を分けた所
現足側有窣堵波,無憂王所建也,是八王分舍利處。前建石柱,刻記其事。佛入涅槃後,涅疊般那已,諸八國王備四兵至,遣直性婆羅門謂拘屍力士曰:「天人導師,此國寂滅,故自遠來,請分舍利。」力士曰:「如來降尊,即斯下土,滅世間明導,喪眾生慈父。如來舍利,自當供養,徒疲道路,終無得獲。」時諸大王遜辭以求,既不相允,重謂之曰:「禮請不從,兵威非遠。」直性婆羅門揚言曰:「念哉!大悲世尊忍修福善,彌歷曠劫,想所具聞。今欲相淩,此非宜也。今舍利在此,當均八分,各得供養,何至興兵?」諸力士依其言,即時均量,欲作八分。帝釋謂諸王曰:「天當有分,勿持力競。」阿那婆答多龍王、文鄰龍王、醫那缽呾羅龍王復作是議:「無遺我曹,若以力者,眾非敵矣。」直性婆羅門曰:「勿喧諍也,宜共分之。」即作三分,一諸天,二龍眾,三留人間,八國重分。天、龍、人王,莫不悲感。
足を現された所の傍らに塔があり、無憂王が建てたもので、これは八人の王が舎利を分けた所である。前に石の柱を建てて、その事を刻み記している。仏が涅槃に入られた後、涅疊般那が終わると、八つの国の王たちが四つの兵を備えて至り、直性の婆羅門を遣わして拘屍の力士に言わせた。「天と人の導師が、この国で寂滅された。それゆえわざわざ遠くから来たので、舎利を分けていただきたい。」力士は言った。「如来は尊きを降して、この下の土に来られ、世間の明るい導き手が滅び、生きとしいけるものの慈しみ深い父を失った。如来の舎利は、当然われらが供養するものである。むなしく道に疲れるだけで、ついに得るものはあるまい。」そのとき王たちは言葉を低くして求めたが、聞き入れられなかったので、重ねて言った。「礼をもって請いても従わないのなら、兵の威は遠くない。」直性の婆羅門は声を揚げて言った。「よくお考えなさい。大いなる慈悲の世尊が忍んで福と善を修められたことは、遥かな劫にわたることで、みなよく聞いておられるはずだ。今互いに凌ごうとするのは、よろしくない。いま舎利はここにあるのだから、八つに均しく分けてそれぞれ供養すればよいのに、どうして兵を興すことになろうか。」力士たちはその言葉に従い、すぐに均しく量って八つに分けようとした。帝釈は王たちに言った。「天にも分があるべきである。力をもって競うな。」阿那婆答多龍王と文鄰龍王と医那缽呾羅龍王もまたこう議した。「われらを遺すな。もし力によるなら、お前たちは敵ではない。」直性の婆羅門は言った。「喧しく争うな。ともに分けるのがよい。」そこで三つに分け、一つは諸天に、二つは龍の衆に、三つは人の世に留めて、八つの国が重ねて分けることにした。天も龍も人の王も、悲しみ感じない者はなかった。
13羅怙羅に会った婆羅門
分舍利窣堵波西南行二百餘里,至大邑聚。有婆羅門,豪右巨富,確乎不雜,學究五明,崇敬三寶。接其居側,建立僧坊,窮諸資用,備盡珍飾。或有眾僧往來中路。殷勤請留,罄心供養,或止一宿,乃至七日。其後設賞迦王毀壞佛法,眾僧絕侶,歲月驟淹,而婆羅門每懷懇惻。經行之次,見一沙門,龐眉皓髮,杖錫而來。婆羅門馳往迎逆,問所從至,請入僧坊,備諸供養,旦以淳乳,煮粥進焉。沙門受已,才一嚌齒,便即置缽,沈吟長息。婆羅門持食,跪而問曰:「大德惠利隨緣,幸見臨顧,為夕不安耶?為粥不味乎?」沙門湣然告曰:「吾悲眾生福祐漸薄,斯言且置,食已方說。」沙門食訖,攝衣即路。婆羅門曰:「向許有說,今何無言?」沙門告曰:「吾非忘也,談不容易,事或致疑。必欲得聞,今當略說。吾向所嘆,非薄汝粥。自數百年,不嘗此味。昔如來在世,我時預從,在王舍城竹林精舍,俯清流而滌器,或以澡嗽,或以盥沐。嗟乎!今之純乳,不及古之淡水,此乃人天福減使之然也。」婆羅門曰:「然則大德乃親見佛耶?」沙門曰:「然。汝豈不聞佛子羅怙羅者,我身是也。為護正法,未入寂滅。」說是語已,忽然不見。婆羅門遂以所宿之房,塗香灑掃,像設肅然,其敬如在。
舎利を分けた塔から西南へ二百余里行くと、大きな邑の集まりに至る。ある婆羅門があり、勢力のある家で大きな富をもち、固く守って雑じらず、学は五明を究め、三宝を崇め敬っていた。その住まいの傍らに続けて僧坊を建て、あらゆる資用を尽くし、珍しい飾りを備え尽くした。僧たちが道の途中を行き来することがあれば、ねんごろにとどまることを請い、心を尽くして供養し、一夜とどめることもあり、七日に及ぶこともあった。その後、設賞迦王が仏法を毀し壊したので、僧たちの連れは絶え、歳月は急に過ぎたが、婆羅門はいつも切なく痛む心を懐いていた。歩いているときに一人の沙門を見た。眉は豊かに乱れ髪は白く、錫杖をついて来た。婆羅門は走り寄って迎え、どこから来たのかを問い、僧坊に入ることを請うて、もろもろの供養を備え、朝には純な乳で粥を煮て差し上げた。沙門は受け取ったが、わずかに一口歯に当てただけで、すぐ鉢を置き、沈み考えて長く息をついた。婆羅門は食を持って跪いて問うた。「大徳は縁に随って恵み利し、幸いにもお越しくださいましたのに、夜が安らかでなかったのですか。それとも粥が味わえないのですか。」沙門は憐れんで告げた。「私は生きとしいけるものの福と加護がしだいに薄くなるのを悲しんだのだ。この話はしばらく置いて、食べ終えてから話そう。」沙門は食べ終えると、衣を整えてすぐ路に出ようとした。婆羅門は言った。「さきほど話があると許されましたのに、今なぜ何も言われないのですか。」沙門は告げた。「私は忘れたのではない。話は容易ではなく、事が疑いを招くかもしれないからだ。どうしても聞きたいのなら、今その大略を話そう。私がさきほど嘆いたのは、お前の粥を軽んじたのではない。数百年のあいだ、この味を味わっていないのだ。昔、如来が世におられたとき、私はそのとき付き従って、王舎城の竹林精舎にいたが、清い流れを見下ろして器を洗い、あるいは口をすすぎ、あるいは身を洗った。ああ、今の純な乳は、昔の淡い水に及ばない。これはすなわち人と天の福が減ったために、そうなったのである。」婆羅門は言った。「それでは大徳は、仏を親しくお見になったのですか。」沙門は言った。「そうだ。お前は仏の子の羅怙羅という者のことを聞いていないのか。私の身がそれである。正しい法を護るために、まだ寂滅に入っていないのだ。」こう言い終えると、ふと見えなくなった。婆羅門はついに彼が宿った房に香を塗り、水を灑いで掃き、像を厳かに設けて、その敬いはまるで在すかのようであった。
復大林中行五百餘里,至婆羅痆斯國。
さらに大きな林の中を五百余里行くと、婆羅痆斯国に至る。
夾注 2
女黠反。
女と黠の反切で読む。
舊曰波羅奈國,訛也。中印度境
旧くは波羅奈国といったが、誤りである。中印度の境である。