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瞻波国瞻波國

大唐西域記(大唐の西域をめぐる記) 大唐西域記 · 玄奘 著 · 辯機 編 · 646年(唐・貞観20年) · 段落 5 · 漢字 264字 · 朗読 1.1分

大唐西域記(大唐の西域をめぐる記) 第10巻 玄奘が十七年のあいだ西域とインドの百三十八か国を踏んで帰り、唐の太宗に奉った記録。西遊記のもとになった書だが、ここにあるのは妖怪ではなく、国ごとの広さと気候と言葉と信仰である。法顕より二百年後、慧超より八十年前の道である。

瞻波國周四千餘里,國大都城北背殑伽河,周四十餘里。土地墊濕,稼穡滋盛。氣序溫暑,風俗淳質。伽藍數十所,多有傾毀。僧徒二百餘人,習小乘教。天祠二十餘所,異道雜居。

瞻波国は周囲四千余里である。国の大都城は北に殑伽河を背にして、周囲四十余里である。土地は低くて湿っており、植えて収めるものがよく育って盛んである。気候は温かく暑く、風俗は純朴で質素である。伽藍は数十ヶ所あるが、傾いて壊れたものが多い。僧徒は二百余人で、小乗の教えを学んでいる。天の祠は二十余ヶ所あり、異道の者が入り混じって住んでいる。

2贍部洲で初めて建てられた都

都城壘磚,其高數丈,基址崇峻,卻敵高險。在昔劫初,人物伊始,野居穴處,未知宮室。後有天女,降跡人中,遊殑伽河,濯流自媚,感靈有娠,生四子焉。分贍部洲,各擅區宇,建都築邑,封疆畫界,此則一子之國都,贍部洲諸城之始也。

都城は煉瓦を積み、その高さは数丈で、基礎は高く険しく、敵を退けるのに高く険しい。昔、劫の初め、人と万物が始まったころは、野に住み穴に住んで、まだ家というものを知らなかった。のちに天の女が人の世に跡を降し、殑伽河に遊んで流れに身を洗い、自ら身を飾っていたところ、神霊に感じて身ごもり、四人の子を生んだ。贍部洲を分けてそれぞれ一つの区域を占め、都を建て里を築き、境を封じて境界を画した。ここはすなわちその一人の子の国の都であり、贍部洲の諸城の始まりである。

3水が巡る孤島

城東百四五十里,殑伽河南,水環孤嶼,崖巘崇峻。上有天祠,神多靈感。鑿崖為室,引流成沼,花林奇樹,巨石危峰,仁智所居,觀者忘返。

城の東百四、五十里、殑伽河の南に、水が巡る孤島があり、崖と峰が高く険しい。その上に天の祠があり、神が霊妙に感応することが多い。崖を掘って室とし、流れを引いて沼とし、花の林と珍しい木、巨石と切り立った峰があって、仁者と智者が住むところであるから、見る者は帰るのを忘れる。

4野象と猛獣

國南境山林中。野象猛獸群遊千數。

国の南の境の山と林には、野象や猛獣が群れ遊ぶものが千を数える。

自此東行四百餘里,至羯朱嗢祇羅國。

ここから東へ四百余里行くと羯朱嗢祇羅国に至る。

夾注 1

彼俗或謂羯蠅揭羅國,中印度境。

その地の俗には羯蠅揭羅国ともいう。中インドの境である。