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耽摩栗底国耽摩栗底國

大唐西域記(大唐の西域をめぐる記) 大唐西域記 · 玄奘 著 · 辯機 編 · 646年(唐・貞観20年) · 段落 3 · 漢字 156字 · 朗読 0.6分

大唐西域記(大唐の西域をめぐる記) 第10巻 玄奘が十七年のあいだ西域とインドの百三十八か国を踏んで帰り、唐の太宗に奉った記録。西遊記のもとになった書だが、ここにあるのは妖怪ではなく、国ごとの広さと気候と言葉と信仰である。法顕より二百年後、慧超より八十年前の道である。

耽摩栗底國周千四五百里,國大都城周十餘里。濱近海垂,土地卑濕。稼穡時播,花果茂盛。氣序溫暑,風俗躁烈。人性剛勇,邪正兼信。伽藍十餘所,僧眾千餘人。天祠五十餘所,異道雜居。國濱海隅,水際交會,奇珍異寶,多聚此國,故其國人大抵殷富。

耽摩栗底国は周囲千四、五百里である。国の大都城は周囲十余里である。海辺に近く臨んでいて、土地は低くて湿っている。植えて収めることを時に合わせて行い、花と実が茂って盛んである。気候は温かく暑く、風俗はせっかちで激しい。人の性質は剛く勇ましく、邪なものと正しいものとを兼ねて信じる。伽藍は十余ヶ所、僧徒は千余人である。天の祠は五十余ヶ所あり、異道の者が入り混じって住んでいる。国は海の隅に臨み、水路が行き交うところなので、珍しく貴い宝がこの国に多く集まる。そのためその国の人はおおむね豊かで富んでいる。

2無憂王の塔

城側窣堵波,無憂王所建也。其傍則有過去四佛坐及經行遺跡之所。

城のかたわらの窣堵波は、無憂王が建てたものである。そのかたわらには、過去の四仏が座り、また経行された跡の残るところがある。

自此西北行七百餘里,至羯羅拿蘇伐剌那國。

ここから西北へ七百余里行くと羯羅拿蘇伐剌那国に至る。

夾注 1

東印度境。

東インドの境である。