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阿咤厘国阿咤厘國
大唐西域記(大唐の西域をめぐる記) 第11巻 玄奘が十七年のあいだ西域とインドの百三十八か国を踏んで帰り、唐の太宗に奉った記録。西遊記のもとになった書だが、ここにあるのは妖怪ではなく、国ごとの広さと気候と言葉と信仰である。法顕より二百年後、慧超より八十年前の道である。
阿咤厘國周六千餘里,國大都城周二十餘里。居人殷盛,珍寶盈積,稼穡雖備,興販為業。土地沙鹵,花果稀少。出胡椒樹,樹葉若蜀椒也。出薰陸香樹,樹葉若棠梨也。氣序熱,多風埃。人性澆薄,貴財賤德。文字語言,儀形法則,大同摩臘婆國。多不信福,縱有信者,宗事天神。祠館十餘所,異道雜居。
阿咤厘国は周り六千余里である。国の大都城は周り二十余里である。居る人は殷んに盛んで、珍しい宝が盈ち積もっている。植え収めることは備わっているが、興し販ることを業とする。土地は沙く鹵く、花も果も稀に少ない。胡椒の樹が出る。樹の葉は蜀椒のようである。薰陸香の樹が出る。樹の葉は棠梨のようである。気候は熱く、風も埃も多い。人の性は澆く薄く、財を貴び徳を賤しむ。文字も言葉も、儀も形も法も則りも、大いに摩臘婆国と同じである。多くは福を信じず、信じる者があっても、天の神を宗び事える。祠の館は十余ヶ所、異道の者が雑じり住む。
從摩臘婆國西北行三百里,至契咤國。
摩臘婆国から西北へ三百里行くと、契咤国に至る。
夾注 1
南印度境。
南インドの境である。