いにしえの文 › 大唐西域記(大唐の西域をめぐる記) › 第11巻
契咤国契咤國
大唐西域記(大唐の西域をめぐる記) 第11巻 玄奘が十七年のあいだ西域とインドの百三十八か国を踏んで帰り、唐の太宗に奉った記録。西遊記のもとになった書だが、ここにあるのは妖怪ではなく、国ごとの広さと気候と言葉と信仰である。法顕より二百年後、慧超より八十年前の道である。
契咤國周三千餘里,國大都城周二十餘里。人戶殷盛,家室富饒。無大君長,役屬摩臘婆國,風土物產,遂同其俗。伽藍十餘所,僧徒千餘人,大小二乘,兼功習學。天祠數十,外道眾多。
契咤国は周り三千余里である。国の大都城は周り二十余里である。人の戸は殷んに盛んで、家も室も富み饒かである。大きな君長がなく、摩臘婆国に役われ属していて、風土も物産も、そのままその俗と同じである。伽藍は十余ヶ所、僧徒は千余人で、大小二乗を兼ね功めて習い学ぶ。天祠は数十、外道が衆く多い。
從此北行千餘里,至伐臘毗國。
ここから北へ千余里行くと、伐臘毗国に至る。
夾注 1
即北羅羅國,南印度境。
すなわち北羅羅国である。南インドの境である。