斫句迦国斫句迦國
斫句迦國周千餘里。國大都城周十餘里,堅峻險固,編戶殷盛。山阜連屬,礫石彌漫。臨帶兩河,頗以耕植,蒲萄、梨、柰其果寔繁。時風寒,人躁暴。俗唯詭詐,公行劫盜。文字同瞿薩旦那國,言語有異。禮義輕薄,學藝淺近。淳信三寶,好樂福利。伽藍數十,毀壞已多,僧徒百餘人,習學大乘教。
斫句迦国は周り千余里である。国の大都城は周り十余里で、堅く峻しく険しく固く、編戸は殷んに盛んである。山と阜が連なり続き、礫と石が彌り漫っている。二つの河を帯のように臨み、かなり耕し植えており、葡萄・梨・柰のその果が実に繁っている。時に風が寒く、人は躁しく暴しい。風俗はただ詭り詐るばかりで、公然と劫し盗む。文字は瞿薩旦那国と同じで、言語には異なるところがある。礼義は軽く薄く、学芸は浅く近い。三宝を淳く信じ、福と利を好み楽しむ。伽藍は数十あるが、毀れ壊れたものがすでに多く、僧徒は百余人で、大乗教を習い学ぶ。
2国の南の大山 — 大乗の経典が最も盛んなところ
國南境有大山,崖嶺嵯峨,峰巒重疊,草木淩寒,春秋一貫,谿澗浚瀨,飛流四註,崖龕石室,棋布巖林。印度果人,多運神通,輕舉遠遊,棲止於此。諸阿羅漢寂滅者眾,以故多有窣堵波也,今猶現有三阿羅漢居巖穴中,入滅心定,形若羸人,鬚髮恒長,故諸沙門時往為剃。而此國中大乘經典部數尤多,佛法至處,莫斯為盛也。十萬頌為部者,凡有十數。自茲已降,其流寔廣。
国の南の境に大山があり、崖と嶺は嵯しく峨しく、峰と巒は重なり疊なっている。草と木は寒さを淩ぎ、春と秋が一つに貫いている。谿と澗は浚く瀨ぎ、飛ぶような流れが四方に註ぎ、崖の龕や石の室が巖と林に棋のように布かれている。インドで果を得た人たちは、多く神通を運び、軽く挙がって遠く遊び、ここに棲み止まる。諸々の阿羅漢で寂滅した者が衆いので、そのために窣堵波が多くある。今もなお三人の阿羅漢が巖の穴の中に居り、滅心定に入っている。形は羸れた人のようで、鬚と髪が恒に長びるので、諸々の沙門が時おり往って剃ってやる。そしてこの国の中には大乗の経典の部数がとりわけ多く、仏法の至った処で、ここより盛んなところはない。十万頌を一部とするものが、およそ十数ある。これより下っても、その流れは実に広い。
從此而東,逾嶺越谷,行八百餘里,至瞿薩旦那國。
ここから東へ、嶺を踰え谷を越えて八百余里行くと瞿薩旦那国に至る。
夾注 1
唐言地乳,即其俗之雅言也。俗語謂之漢那國,匈奴謂之於遁,諸胡謂之豁旦,印度謂之屈丹。舊曰于闐,訛也。
唐の言葉では地の乳であり、すなわちその土地の雅しい言である。俗の語ではこれを漢那国といい、匈奴はこれを於遁といい、諸々の胡はこれを豁旦といい、インドはこれを屈丹という。旧くは于闐といったが、訛りである。